第98話 JK、おじさんを追う
「……『
激しく狼狽する男――“
なんというか……口は悪いけど気の良いおじさん、というか。
ついさっきまで、エレナさんとユーリィさんの二人を相手に互角の戦いを繰り広げていたのが、まるで嘘のようだった。
刀身が穴だらけになってしまった剣を地面に突き立て、エレナさんが溜息をつく。
「知ってて、攻めてきたんじゃないのか」
「ワシぁ約束は守る男じゃ! 待つというたら待つ! それはそれとして、久々に一杯やろうかと思ったんじゃい」
「冗談でしょう、マスター・ヴィゴ! この状況で、どうしてそんなトボけた発想が出てくるんですっ!?」
マーティン・ヴィゴが放ったありとあらゆる攻撃魔法を防ぎ続けた結果、ユーリィさんの頬はすっかり煤けていた。
わたし達が暮らす村がまるごと吹き飛びそうなほどの攻撃――嵐、落雷、大爆発、猛吹雪、地震、などなど――を受けて、その程度で済んでいるのもすごいことだと思うけれど。
「力づくで嬢ちゃん達をいただく気なら
「やかましいぞジジイ、先にケンカを売ってきたのは貴様だろうがッ」
火を吐きそうな勢いで、エレナさんが叫ぶ。
マーティン・ヴィゴも負けじと唸る。
というか、エレナさんと体格で負けていない男性、初めて見たかもしれない。
「まったく、あんな危なっかしい男をどうして野放しにしたんじゃ、オノレら! ドミニクの坊主がのさばっとる王都だけでもアカンのに、禁忌指定地区なんぞに乗り込ませたら、あっという間に王権反逆者のできあがりじゃぞ!」
「先輩を侮らないでくださいっ、マスター・ヴィゴ! あの人は、自分の過去にケリをつけるために」
「挙げ句、中央広場でギロチンにかけられるのが贖罪か!? オノレ、アルフレっちゃんの為なら何でもする言うたじゃろが! ぶん殴ってでも止めんかい、ユーリィ!!」
……ユーリィさんを口喧嘩で黙らせた人も、初めて見た気がする。
「ヤツぁ所帯持ってすっかり丸くなったようなツラしとるがの、もとは目的のためなら禁忌もルールもない筋金入りの
マーティン・ヴィゴは勢いのままに喋り続け、
「ユーリィも、そこの
節くれだった指で、まっすぐわたしを示した。
……えっ。
「わ、わ、わたしですか!? わた、わたしは別にそういう気は全然何も」
「っかー! ヤツに惚れた連中はみんなそう言うんじゃ! ウチの娘達も! まったく、アカン言うとるのに全然聞きゃせん、あのアホ娘どもが……」
そのままマーティン・ヴィゴは、一人でブツブツと愚痴をこぼし始める。
(……この人にも、娘がいるんだ)
それを知ると、ますます悪い人に思えなくなってくる。
アルフレッドさんのことだって、一見ひどく貶しているけれど、結局は彼の身を案じているだけだ。
マーティン・ヴィゴの独り言は、いつの間にか娘の愚痴から今後の作戦プランへ切り替わっていた。
「クソ、どうにか先回りしてアルフレっちゃんを止めなアカン。オイ、ユーリィ、オノレ手ェ貸せ。今から【
「ふざけるな、信用できるか! あたし達を引き離して、チヅルとカレンをさらうつもりだろう!」
エレナさんは、襲撃に備えて辺りに突き刺しておいた剣の中から、一番トゲトゲしたものと一番ウネウネしたものを引き抜く。アレ、どうやって鞘に納めるんだろう。
「エエ加減にせい! だったら二人も連れて来りゃエエじゃろうが!」
わたしとカレンちゃんが、一緒に?
でも、アルフレッドさんがわたし達を残していったのは移動の邪魔になるからで、ユーリィさんとエレナさんが残ったのは、闇ギルドの刺客からわたし達を守るためで……
「無茶です、マスター・ヴィゴ! エレナさんはともかく、チヅルさん達は連続【
「そんなもんは気合で――いや七歳か。流石にそれはアカンな。うん。子供は大切にせなアカン。宝じゃからな」
あっさり引き下がるマーティン・ヴィゴ。
主張したユーリィさんも思わずつんのめる。
(……本当に、アルフレッドさんは、危ないことになっているの?)
あの人は、わたしよりずっと大人で、冷静で、分別のある人で。
何よりもカレンちゃんとチトセおばさんを大切に思っていて。
だから、危険な真似なんてしない。
必ず約束を守って、無事に帰ってくるはず。
(わたしはそう信じてる。だから、ここで待っていなきゃ)
本当に? 本当にそれが正しいこと?
ふと思い出したのは、あの日の涙。
自分がチトセおばさんを殺したんだと、子供のように泣きじゃくるアルフレッドさんの姿。
「――いきます」
口走ってから、自分でも驚く。
「わたしも、いきます。アルフレッドさんのもとに」
どうしてそうしようと思ったのか、自分でもうまく説明できなかった。
ただ、やるべきだと思ったのだ。
辛い過去と向き合っているあの人のそばに、誰かがいるべきだと。
慰めになることで、少しでも恩返しができるなら。
……そんなのは建前だと、自分でも分かっていたけれど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……分かった。あたしは残ってカレンのそばにいる。行ってこい、チヅル」
「い、いいんですか? エレナさん」
「ダメに決まってるだろうが。あたしはアルに、お前のことも頼まれてるんだぞ」
エレナさんは深々と溜息をついて、それからわたしの頭をポンポンと叩いた。
「でも、どうせ止めても聞かないんだろ。『ここに残る』って決めたときと同じ顔してるからな」
いつかと同じ、とびっきりのウインク。
……わたし、どうしてエレナさんに恋してないんだろ?
――少ない荷物をまとめたら、出発はすぐだった。
「マテ! マーティン! 耳、削ぐ! オマエ、耳、よこセェェェェェ」って叫ぶデズデラさんを、エレナさんが羽交い締めにしてるうちに。
正直に言って、連続【
悲鳴をあげる三半規管をなだめながら、同行を決めたことを何度か後悔した。
それでもくじける訳には行かなかった。
ユーリィさんとマーティンさんの魔法を見ているうちに、自分でも【
「チヅルさんは本当に優秀ですね、このユーリィ・カレラの次ぐらいにっ」
「アルフレっちゃんが入れ込むはずじゃ。嬢ちゃんは
地図を見る限り、わたし達は自動車以上のスピードで順調に移動しているみたいだった。
幸い、凶悪なモンスターや盗賊なんかに出会うことも、ほとんどなく。
道中で警戒すべきなのは、マーティンさんだけだった。
彼は予想よりもずっと親切な人だった。
ちょっと大雑把で、口が悪くて、デリカシーに欠けていたけれど。
元々知り合いだったユーリィさんは、彼との距離感をすぐに思い出したみたいで、出くわしたモンスターを追い払うときは、宮廷魔法士流の見事なコンビネーションを見せてくれた。
食事の時はわたしとユーリィさんに柔らかい部位の塩漬け肉を譲ってくれたし、見張りも夜通し一人でやってくれた。
「嬢ちゃんみたいな子供の面倒は、よう見とるからの。暗いのが怖いと泣き出さん分、楽なもんじゃ」
ユーリィさん曰く、マーティンさんは宮廷魔法士としての職務のかたわら、孤児院を経営しているそうだ。
「ホラ、マスター・ヴィゴは、昔の戦争ですごい武勲を立てた英雄なんですけどね、そのときに助けられなかった同僚の子供を世話し始めたのがきっかけだそうですよ。フレデリカさん――ヴィゴ孤児院出身の宮廷魔法士から聞いたんですけど」
そんな話を知ってしまうと、ますます分からなくなる。
(どうしてそんな人が、闇ギルドに協力してるんだろう)
思い切って質問してみると、マーティンさんは軽く笑いながら答えてくれた。
「まあ、半分は義理じゃ。残りの半分は、ワシが魔法使いだからじゃな」
魔法使いなら、宮廷魔法士としての立場を大切にするべきなのでは?
と、質問を重ねると、
「まだまだ半人前じゃのう、嬢ちゃん。魔法使いっちゅうのは、求めるものの為なら何でもやらなイカンのじゃ」
「ちょっと、マスター・ヴィゴ! チヅルさんに変なこと吹き込むのやめてくださいよっ」
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