第82話 おじさん、黒歴史を掘り返される
王立大図書館は、その名の通り巨大な建物だ――そして複雑な構造でもある。
古代の書簡や行政の記録を含む蔵書は七十万を有に超え、その管理と維持のために多くの財と人手が費やされている。
一説には、この図書館を築いたのもまた、女神ムール・ムースの思し召しによって現れた
(重要なことは一つ。この図書館には、王国で発行された全ての文書が保管されている、ということだ)
僕が行ってきた研究――
王権によって禁忌とされた研究資料。
普通なら、目にするだけでも処罰の対象とされかねない。
しかし。
宮廷魔法士に、その論理は通用しない。
(宮廷魔法士は、あらゆる魔法の行使と研究の遂行を許された存在だ――王国に利するのであれば)
すなわち。過ちを正し、新たな可能性を生むためならば。
例え禁忌であろうと、災禍であろうと。
骨の髄まで、砂粒の一つまで拾い上げて調べ尽くす――それが宮廷魔法士だ。
「……まあ、ホンマはちゃんと手続きせんとあかんのやけど」
「それは……本当に申し訳ないと思ってる」
「言ったやろ。ウチはウチで、あのバカ親父とハナシつけなあかんねん」
そうは言ってくれるが、僕を連れてきたことはフレデリカにとって大きなリスクになる。
だから。
もしも万が一、この再研究で
僕は、その情報を全てフレデリカに託すつもりだ。
(巻き込んでしまったことへ、せめてもの礼になればいいんだけど)
彼女の研究として公表すれば技術は王国の資産となるし、こんな不法侵入や盗み見もすべて不問にできる――多分。後追いで手続きすれば。きっと。
「いやしかし、禁忌の間に行くのなんて初めてやで。どんな感じなん? やっぱ邪神とか封印されとるん?」
「ロックが厳重なだけで、普通の保管庫だよ。禁忌って響きは良いけど、大体は可能性なんて毛筋ほども見出だせない割に、迷惑ばかり被るような研究がほとんどだからね」
あるいは、王家に関わるスキャンダルの証拠なんかも埋もれているのかもしれないけど。
残念ながら、そちらは門外漢だ。
あらゆる壁面が本棚で覆い尽くされ、人が通る最低限のスペース以外は全て本棚で埋め尽くされた、文書保存のためだけに造られた建物。
その最奥、地下へと続く長い螺旋階段を降りて。
ようやく辿り着いたのが、禁忌の間だった。
屋内用の
換気も最低限しか行われておらず、当然ながら強力な守護者――人工精霊によって守られている。宮廷魔法士の紋章か、それに並ぶ権限を示せなければ、凶悪なまでの雷電によって意識を奪われ即座に収監という憂き目に合う。
「それで、アル兄さん。どこから手をつけ――って早っ! それ探してたヤツ? どうやって見つけたん!?」
「何度か来たことがあるからね。僕が最後に来てから増えた資料は、そんなに多くないよ」
僕は引っ張り出してきた
箱には【
鎖で繋がれたプレートには「
自分の研究がここまでの危険物扱いされていると、いっそ感動すら覚える。
「もしかして資料の位置、全部憶えとるん……?」
「そりゃ、まあ……憶えておいた方が便利だし」
フレデリカは信じられないものを見るような目で、
「ははあ、なるほど。その基準で人に物を教えるから、あの鬼畜みたいな宿題の量になる訳やね」
「君もちゃんとこなせてたじゃないか、フレデリカ」
「ウチがどんだけ苦しんだと思ってんねん……未だに夢に見るんやで、宿題が全然終わっとらんのにアル兄さんが来てまう、ガッカリされてまう、って」
ああ、分かる分かる。
全然研究内容知らないのに評議会向けにプレゼン作らなきゃいけない夢とか、僕もたまに見るよ。
「嘘や、ウチは認めへんで! アンタみたいな鬼畜がそんな普通の夢見るなんて!」
「鬼畜って……人を何だと思ってるんだ、君は」
「勉強の鬼、テストの悪魔、研究の権化、それから、それから――」
指折り数え始めるフレデリカ。
特別かわいがっていた生徒からそんな風に思われていたとは、心外だ。
「……まあいいや。それじゃ、開けるよ」
僕は気を取り直して、保管箱の封印を解いていく。
いつか【
まずは【
護符をほどき終わったら、次は錠前の解除。
これはそんなに難しくない――内部の構造が分かっていれば、【
カチャン、と音を立てて錠が落ちた。
「アル兄さん、そういうスキル、ホンマにどこで身につけたん? 候補生のカリキュラムに鍵開けは無かったやろ」
「こういうのに詳しい友達がいてね」
何年か前、王都に怪盗を名乗る魔法使いが現れ、貴族達の私財が次々盗まれた事件があった。
専門家として衛兵隊に協力することになった僕は、なんとか彼の犯行を阻止したのだけど。
紆余曲折があって、その自称怪盗とは何度か個人的に協力することになった。
その時に教わったのが、この解錠術だ。
「――これでよし、と」
僕は全ての防御魔法と警報魔法を解除したことを確認すると、保管箱の蓋を持ち上げた。
蝶番が微かに軋んだ以外は、特に異常はなく。
「……これは」
否。
異常はあった。
「どういうことや――アル兄さん?」
保管箱の中には、何も入っていなかった。
僕が残した記録も、サンプルも、一枚のメモすらなく。
箱の中には、ただ空漠だけがあった。
(……何故?)
禁忌指定を受けた研究は、全て厳密な監視のもとで禁忌の間に収められるはずだ。
いくら危険でも、即座に処分されることはない。
しかし事実として、ここには何の資料もない。
(まさか、誰かが研究資料を盗んだのか?)
保管箱は敢えて空のまま封印されたのか。
あるいは、保管されていた資料を誰かが奪い去ったのか――僕が忍び込むよりも前に。
(問題なのは――誰が、何の目的で持ち去ったのか、ということだ)
すべて処分したと言うなら、まだいい。
もしも、あの研究を何かに利用するつもりなら――絶対に止めなければいけない。
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