第80話 おじさん、ギャングを恫喝する
「……な、な、あ、え、お――あ、アル兄さんッ!? 何やっとるん!?」
「人的被害はないよ、どこに人がいるかは把握してる」
混乱はあっという間に街へと広がっていく。
戸惑い叫ぶギャング達、何故か自宅に被害がないことに安心する市民、警笛を吹き鳴らす衛兵達――
「これだけ騒がしくなれば、研究所にも忍び込みやすくなるかな。フレデリカ、【
「待った、待って、待ちいや、ちょっとアル兄さん!」
僕は【
予想通り、最上階の執務室――ギリギリで爆発半径の外側にあった結果、壁が消滅してすっかり風通しが良くなった部屋に、グリザム一家のボスと側近達が立ち尽くしていた。
ペレグリン・グリザム。
つるりと剃り上げた頭に岩のような体格の持ち主。立派な身体を貴族風のファッションに押し込み、手にはゴツい指輪がいくつも嵌められている。
呆然とした顔に、威厳は少しもなかったけれど。
「――騒がしくしてすみません。ギャングと話をするときは第一印象が大切だって聞いたから」
「だ、誰だ、テメェッ! どこの殺し屋だッ!?」
側近のギャング達は机の下に隠してあった武器を掴み、ボスをかばうように陣形を組む。
僕は微笑みながら右手を差し向けた。
「違います。でも、似たようなことはできますよ」
「い――一体、誰に頼まれたんだッ! ウチ、ウチ、ウチにはデカいバックがついてるんだ、こんなことしてタダで済むと――」
【
まだ無事だった作り付けの飾り棚が、派手な音を立てて粗大ゴミになる。
「お願いは一つだけです。十三区にある色街での嫌がらせをやめてもらえますか?」
「十三区だと? オマエ、まさか、
二度目の【
「
「クソ、イカれてやがる、この女! ボーッとしてんじゃねェ、潰せ、テメェら!」
一口にギャングと言っても、身上は様々だ。
ただ単に貧民街に生まれた者もいれば戦争孤児もいるし、冒険者としてのキャリアを失ったもの、戦争が終わって食い詰めてしまった傭兵、などなど。
当然、武器の趣味も戦いの技術もまちまちだ。
まあボスの側近ともなれば、みんな腕には覚えがあるのだろうが。
「ドゥラァァァッ、イイ度胸じゃクソアマァァァァァァァッ」
「キェェェェェイッ」
そんなことを考えながら、僕は真っ先に飛びかかってきた二人――ハリネズミ頭のナイフ使いと五分刈りのブラスナックル使いを、両掌で発動させた【
ぐるん、と見事に空中で三回転したあと、二人が床に叩きつけられる。
「相手にとって不足なしッ! やってやるぜェッ」
「動きを止めろ、一瞬でいい!」
勇ましく斬りかかってきたバンダナ男を【
(あとはまとめて――飛んでけッ)
気合とともに放った【
「ぎゃああああああああああッ」
床、壁、天井、それぞれにまんべんなく叩きつけられた彼らは、呻き声を漏らしながら動かなくなった。
(脅かすには、これぐらいで充分かな)
力をアピールする為には一人ずつ叩きのめしていくのも有効だけど、あまり長引かせると不意打ちで生まれた動揺が薄れてしまう。
それに、最初に【
(というかもう時間ないんだよな、ホントに)
遠く、アパートメントの屋根の上で懐中時計をブンブン振り回し、何かを訴えているフレデリカの存在を背後に感じつつ。
僕は、折り重なった男達の山から、ペレグリンの巨体を引きずり出した。
完全に気絶している。
仕方ないので【
「ゲ――ゲッホゲッホ、お、う、うおえ、げふげふげふ」
分かる。気管に水が入ってもなかなか出てこなくなるんだよね。
こういう時、自分が老化したなって思うんだよ。
多分、ペレグリンは僕より一回りぐらい年上だけど。
「それで、ペレグリンさん。わたしの話はご理解いただけましたか?」
「げっほ……クソ、テメェ、本当に、なんなんだ……こんなことして、テメェに、何の得が、ある?」
得などない。
敢えて言うなら、
それとも、あるいは。
「……レディ・シモーヌはベンジャミンさんを――あなたの父を愛していたそうですよ。多分、同じように、あなたのことも」
「……うるせェぞ。ババアが何をしてきたかも知らねェヤツに、何が分かる。商売女を母親に持ったおかげでギャングにしかなれなかった人間に、道徳を説くんじゃねェよ」
僕は溜め息をついた。
こんな所まで来て、教師ぶるつもりはない。
大体、いい歳して深刻に揉めている二人に、赤の他人が「仲良くしろ」なんて言っても意味はないだろう。
ここまで積み重ねてきた歴史が、レディとペレグリンの間に溝を生んでいるのだから。
「親を愛せとは言いませんよ。ただ、暴力はやめろと言っているだけです」
「だからそれが余計なお世話だっつってんだ、クソアマ――!」
――不意に。
鼻先で生まれた小さな【
「ひっ――ぅ熱ぃッ」
「分かりますか? わたしがあなたを焼いてしまえば、後には何も残らない。これが暴力です。なんて理不尽なんでしょうね。……あなたがレディに、
「は、あ、ハァッ!? だから、なんだっつうんだ、クソ、イカレ女めッ」
……そろそろ出立しなければ、王立魔法研究所で調べ物をする時間が無くなってしまう。
僕はペレグリンに背を向ける。
「いくら母親を憎んでいるからって、
「い、意味が分からねェ……テメェ、何がしたいんだよ……ッ」
「お願いは一つだけ。十三区には手を出すな、です。もし何かあれば、次は屋敷の全部を灰にします。それでは」
【
と見せかけて、死角からフレデリカのもとに戻る。
「さあ、寄り道は終わりだ。行こう、フレデリカ」
「時間ピッタリ。ホンマ、帳尻合わせんのは上手いよねぇ、アル兄さん」
何やらぼやく彼女とともに。
僕らは改めて、王立魔法研究所を目指して飛んだ。
(……説教しないなんて言って、結局、えらそうなことを言ってしまった)
なんだかんだと言いながらレディ・シモーヌに肩入れしてしまうのは、僕もまた親だからだろう。
僕も、子供に恨まれても仕方がない親だ。
(カレン、元気かな。ちゃんとお腹に布団かけて寝てるかな)
辺境を離れてからまだ丸一日しか経っていないのに、もうあの子のことを思い出してしまう。
ル・シエラがいるし、チヅルさんやエレナもいてくれるんだから、きっと大丈夫だと分かっているのに。
(……僕もいつか、カレンに憎まれるんだろうな)
大切な母親を奪ったのが父親自身だと、理解できる歳になれば。
あの子はきっと僕の行いを恥じ、憎んで去っていくだろう。
いいんだ。
それは仕方のないことだ――僕が、最後に引き受けなければいけない罪なのだから。
(でも、せめて、その日が来るまでは)
いつか必ず別れてしまうなら、それまでは一緒にいてほしいと。
そんな僕の願望を、ただペレグリンにぶつけただけなのかもしれない。
「どしたの、アル兄さん? 寝てる? まさか、空飛びながら?」
「ああ、うん。ちょっとね」
……余計なことをつらつらと考える余裕があるくらい、王都の夜空は快適だった。
障害物はなく風もない。飛行魔法にはこれ以上ないぐらい最適な夜。
「嘘やろ、こわ。むしろ引くわ。【
「無意識下での魔法の制御は不可能じゃないよ。逆に精度が高まるって研究もあるぐらいで」
「【
――やがて僕らは、王立魔法研究所に辿り着いたのだった。
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