第42話 おじさんと女戦士、子供達の相談に乗る

「そっか……じゃあ、ユーリィさんは幼馴染のオリガさんとケンカしちゃったんですね」

「う~ん、ケンカ? っていうかぁ、こう、なんだろ~、嘘をつかれていたことへの失望っていうんですかね~、だってもうAランク昇格目前って言ってたんですよ? それが実はCランク止まりで、旅芸人一座の護衛なんて、ちょっとがっかり~っていうか」

「なるほどー、がっかりしたんだねー、カレン、それ分かるー」


 心配するチヅルさんとグチグチと続けるユーリィの横で、うんうんと頷くカレン。

 ……うん。まあ色々と言いたいことはあるけど。


(友達の悩み相談に乗ってあげるなんて……また少し大人になったんだね、カレン)


 僕は一人で頷く。

 娘の成長はいつでも嬉しい。

 あと教え子チヅルさんの成長も。


 ……子供っぽい後輩には、ちょっと悲しくなるけど。


(一応、これからチヅルさんとカレンの訓練の予定だったんだけど……まあ、いいか)


 大地に描き終えたばかりの訓練用魔法陣を確かめながら、僕は頭を切り替える。


 残念だけど、今の僕にはユーリィ達の面倒を見ている余裕はない。

 学校の仕事に加えてチヅルさんとカレンの訓練、更には村の夏祭りの準備もしなきゃいけないんだ。


 チヅルさんとカレンがユーリィの相談相手になってくれると言うなら、この際、彼女達を見守る立場に徹するのが良いだろう。


(とにかく祭りを成功させなきゃ。二人のためにも)


 ついつい忘れそうになるけど――チヅルさんが来年もここにいるかどうかは分からない。


 今は、彼女自身の意思でここにいる。

 けれど、もしも気が変わったら――彼女がもっと広い世界を見たいと思ったなら、僕達が引き止めることは出来ない。


 だから、一つ一つのイベントを大切にしてあげなきゃいけない。

 カレンの思い出になるように。

 そして、チヅルさんがこの世界で生きていくための糧になるように。


 ……僕は、三人から少し離れたところにある岩に腰掛けると、荷物に挟んであった祭りの作業リストを広げた。

 アガタ司祭にもグロリアにも頼めない仕事は、こうして隙間の時間に片付けていくしかない。


「あのね。ユーリィおねーちゃん。カレン、よく分かんないんだけど……オリガおねーちゃんは、なんで怒ってるの?」

「なんで、って……ええっと、それはぁ……えええ、あの、ちょっとチヅルさん? こういう話、カレンちゃんにしてもいいと思います?」

「えっ、わたし? ていうか、こういう話って、その……ゆ、ユーリィさんが、アルフレッドさんを好き……って話ですか?」


 集中しよう。時間は限られてる。


「好きだなんても~★ ユーリィの気持ちはもっとこう、プラトニック? っていうか、崇高? みたいな、その、あれですよぅ、チヅルさんだってそうでしょっ?」

「なっ、あっ、違っ、ちが、わた、しは、その……か、カレンちゃん? ええとね、好きって言っても、その、色んな形の好きがあって、それでね、その」

「うんと……ユーリィおねえちゃんも、チヅルおねえちゃんも、おとーさんのこと好きなの?」


 ……ええっと。集中、集中。


「えっ……は、はいぃ」

「そ、うん、そうだよ、カレンちゃん」

「じゃあカレンと同じだねぇ。カレンも、おとーさん、だいすき!」


 ……うっ、どうしよう、涙でインクが滲む。


「あれ? じゃあ……オリガおねえちゃんは、おとーさんのこと、嫌いなのかな? だから、怒ってるの? おとーさんの馬鹿ー! ってなってるの?」

「ううん、どうでしょう……アルフレッドさんがどうこうっていうよりは、ユーリィさんが誰かを好き、っていうのが気になる、のかな」


 カレンはハッとした顔で、


「それ知ってる! 『あの子と仲良くしちゃダメ!』って、この前マリクとナットが喧嘩してたの! なんていうんだっけ、えっと……しっと? 自分と仲良しの子が、他の子と仲良くしてると、モヤモヤ~ってするんでしょ?」


 うんうん、流石はカレン。鋭い意見だね。


「いやいや、べっつにぃ、ユーリィが誰のこと好きでも良くないです? そんなことまでオリガにど~こ~言われたくないっていうか~」

「あああ、まぁそうですよね、ユーリィさんの気持ちも確かに分かります……」


 これは話がややこしくなってきたなぁ。

 うーん……でもとりあえず、僕は僕で作業リストを片付けないと……


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……で? じゃあお前は、ユーリィのヤツがアルフレッドとイチャついてたのが、そんなに気に食わないのか?」

「むしろ想像してみてください、“剣聖ソードマスター”殿ッ! 共に求道を誓った友が、すっかり腑抜けて研究も忘れ、こんな辺境でオッ、オトコの……オトコの尻を追いかけ回しているなどッ! 腹を立てるなという方が無理でしょうッ」


 何やら気炎を吐きながら、オリガの奴は踏み込んだ。


 足場は、等間隔に打ち込んだ丸太の上。

 普通なら立ち上がるのも躊躇するぐらい小さな足場だ――あたしなんか、師匠の稽古場で初めて見たときは曲芸の練習でもさせられるのかと思ったぐらい。


 だが、オリガの動きは揺らがない。

 使い慣れたロングソードを両手で構え、仮想敵との打ち合いを演じてみせる。


(……素材は悪くないな)


 村外れに立てたあたし専用の訓練場。

 まずは実力の程を見てやろうと、オリガを連れてきたが。


 C級に居着いて三年だという割には、体幹のブレも少ないし、動きのキレも悪くない。

 これだけの素質を持っていて昇格出来ないというのは……もしかすると、単純な戦闘スキルだけではなくて、何か他の理由があるのかもしれない。


「……まあ、どうでもいいんじゃないか。他人は他人、自分は自分だ」

「ではッ、“剣聖ソードマスター”殿はッ、あのアルフレッドとかいう御仁がッ、よそのオンナとイチャついていても構わないとッ!?」


 ……こいつめ。

 無邪気に人のトラウマをえぐってきやがる。


(S級ライセンスを手に入れて、真っ先にアルフレッドに報告しようと王都に向かって……チトセの存在を知った時、あたしがどんなだったか)


 正直、今でも思い出したくない。

 あの頃のあたしの荒れっぷりと言ったら。


 喧嘩、酒、ドラゴン退治、喧嘩、酒、デーモン討伐……

 自分が飲んでるのが赤ワインなのか相手の血なのか分からないぐらいだった。

 “鬼神デモン”なんて酷い渾名がついたのも、アレが理由だろう。


 当時はまだ爵位を継いでいなかったマリーアンお嬢様・・・にも、何度喧嘩の後始末をさせたか分からない。

 アイツだって『憧れのアルフレッド先生』が、よく分からん来訪者ビジターに横からかっさらわれて、色々思うところがあっただろうに。


「あたしとアルはそういう関係じゃない。誤解するな」

「そッ、そうなのですかッ!? それがし、てっきり恋人かご夫婦なのだとばかり! お宅でもごく自然な感じでしたし……」

「ちっ、ちちちちち、違うと言ってるだろう」


 解せない表情で首をひねるオリガ。


(まったく……二十歳ぐらいのヤツは、すぐ好きだの嫌いだのと白黒つけたがる。だから面倒くさいんだ)


 そんなもの、時と場合によってすぐ変わるし、十年も経てばまったく予想もつかなかったような形に落ち着いたりするもんだ。


 あの頃のあたしに、十年ぐらい経ったらアルフレッドとチトセの間にできた子供カレンの面倒を見ることになる、なんて言ったらどんな顔をするか――


「――おいオリガ。お前、注意散漫だってよく言われるだろ」

「は、はいッ! どうして分かったんでしょうかッ、“剣聖ソードマスター”殿ッ」


 剣技のテスト中に、ユーリィが誰とイチャついてるとか、そんな話ばっかりしてるからだ。

 ……とは言わずに。


「そっちの方向、もう丸太無いぞ」

「えッ――ひぎゃッ!!」


 どべしゃぐちゃ。

 文字にすればそんな音を立てて、オリガは顔から地面に落ちた。


「これで分かったろ。自分の面倒も見られないようなヤツに、他人の人間関係に口を出す資格なんざ無いんだよ」

「し、し、しかしッ! それがし、友として、ユーリィのことを――」


 泥で真っ黒になったオリガの顔に、手拭いを叩きつけてやる。


「いいから顔を拭いて、立て。次はあっちの振り子だ、さっさとしろ。お前の実力の程が分からなけりゃ、あたしも何を教えたら良いか分からん」

「は、はいッ! “剣聖ソードマスター”殿ッ」


 次のテストは、破城槌用の丸太と大岩が襲ってくる振り子相手の演舞。

 見た目は子供向け遊戯の巨大版だが、破壊力は比じゃない。うっかりすれば全身の骨を砕かれる。


「フンッ、はッ、セイッ――で、だ、ぎゃあああああッ」

「ふむ、上等だ。次行くか」


 地獄の山中行程、筋トレ付き。

 暗闇戦闘。

 弩相手の中距離戦。

 辺境名物高レベルモンスターの討伐。

 などなどなど……


 そうしてテストを開始してから、三日が経った。


「か、か、か……軽い、テストだって……言ったじゃないです、か……」

「実戦に比べたら全然軽いだろ」


 血と汗と涙と、その他の口に出すのも憚られるような汚物にまみれたオリガは、ほとんどゾンビみたいな有様だった。

 肩でも叩いてやろうと思ったが、正直、臭うのであまり近寄りたくない。


 まあ超危険なモンスターがうようよしている辺境の山中を三日も彷徨ったのだから、生きているだけでも幸運だ。


 久々の野宿で固くなった背中を伸ばしながら、あたしは大きな欠伸をした。

 やっぱり現役時代に比べると身体が鈍った気がする。


「まあでも、大体分かったぞ。お前のことは」

「は……さ、左様ですか……ッ」


 体力も反射神経も悪くない。

 根は真面目なようだし、根性もあるようだ。


「お前は……なんだろう、アレだな。ドジっ子だな」

「はッ……ドジっ子――ですか?」


 他にどう表現すればいいだろう?

 ちょっと気を逸らせば容易くトラップにかかり、少しでもあたしが気配を消せば後頭部に泥団子を食らうまで気付かず、うっかり滑らせた剣であたしの鼻を切り落とそうとする。


 もしかしたらわざとやっているのかと――特に最後のは、あたしのやり方に殺意を覚えたのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 洞察力の欠如というか、危機意識の低さというか。


「技を磨くのも大事だが、そのドジ力をなんとかしないとな」

「は、はいッ! ど、どうすればよいでしょうかッ――ぶぎゅ」


 言ったそばから、泥に足を取られて転ぶ。


「げっほげほ……どうすれば、よいのでしょう……」

「どうすればいいんだろうな?」


 これは中々骨が折れそうだ。

 何しろあたしが教えられるのは戦う為の方法であって、うっかりを防止する方法じゃない。


 というか普通、こんな不注意なやつは真っ先に実戦で死んでいそうなものだが。

 一周回って逆にすごいんじゃないか、コイツ?


 ……ふと思い立って、口を開く。


「そうか。危機意識を持たせれば良いのか」

「き、危機意識……ですか」


 現状を把握したら、次は目標の確認だ。

 手本となる戦士を確かめることで、自分には何が足りないのか――何を鍛えなければいけないのかが分かる。


 自分のどこがマズイのか、という意識が生まれれば、何かが変わるかもしれない。


「よし。帰るぞ、オリガ。着いたら良いものを見せてやる」

「はッ、はい……一体、何を見せていただけるのですか?」


 あたしは笑った。

 久々に――血が滾ってくる。


「元宮廷魔法士と“剣聖ソードマスター”、世紀の一戦だ」

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