第41話 女戦士、恋愛脳と再会する

「おかえり、ユーリィ」

「や~んアル先輩っ★ ユーリィ、会えない間もずっとアル先輩のこと考えてましたよっ」

「あたし達はちょうど、お前がいないと静かでいいな、って話してたところだ」

「ちょっとエレナさん、またそんなこと言って~。ユーリィがいなくて寂しかったくせにっ★」


 このウザい女は、ユーリィ・カレラ。

 自称『王立魔法研究所で二番目に優秀な魔法使い』(一番目はアルフレッド、だそうだ)。


 研究所内での序列はともかく、コイツが本物の宮廷魔法士であることは間違いない。

 アルが創った工房アトリエで助手をしていたというんだから、まあ実際に優秀なんだろう。ウザいが。


「で? あのピンクの魔法使い……カザモリ・ミヅキとやらはどうなったんだ?」

「もっちろん、王立魔法研究所の最厳重警備エリアに禁錮刑を決めてやりましたよっ★ あたしのパーフェクトな証言と証拠のおかげですねっ」

「あと、デズデラの証言でしょ」


 先日首を突っ込んだ――もちろん突っ込んだのはアルのヤツだ――貴族の跡継ぎ問題で、成り行きとはいえ闇ギルドに潜り込んでいた来訪者ビジターを見つけてしまったせいで、面倒な後処理が発生したのだ。


 アルは本来そこにいてはならない立場だったし、あたしもそういう面倒なのは苦手だ。

 そこで全部をユーリィに押し付けた。


 というかコイツは、自分から手を上げたのだ。


「だって、アル先輩のお役に立ちたいですし~、久しぶりに王都にも行きたいし~、あと出世ポイントも稼げそうだしっ★」


 そう言って、ミスリル製の魔封錠でがんじがらめにしたカザモリ・ミヅキと黒幕の耳削ぎに情熱を燃やすデズデラを連れて、王都へと旅立ったのだ。

 本当にバイタリティ旺盛というか、ハングリーな奴だ。


「デズデラの奴はどうした? 裁判は終わったんだろ?」

「あー、あのエルフ、滞在申請してなかったのバレて、今外務省で手続きさせられてますよ。司法協力の実績があるから、投獄まではされてませんけどっ」


 是非そのまま大森林に強制送還されてくれればいいんだが。

 万が一、あの色ボケダークエルフが村に来たら、カレンに良くない影響を与えそうだし。


「あ、そうだユーリィ、カザモリ、凍傷と高山病の予後は? 後遺症はなかった?」

「アル先輩は優しいですねえ。あの女も腐っても戦術魔法士ですから~、自力で治療したみたいですっ★ まあなんか『アタシが魔法をしくじるはずないってッ! あの魔法使いが何かやらかしたんだよぉッ』って怒ってましたけど、『魔法の暴走に伴う精神錯乱』で処理されてくれましたよぉ」


 カザモリ・ミヅキも不運なことだ。

 アルと戦って、真っ当な負け方・・・・・・・ができるはずないのに。


 あたしの知る限り、無謀にもアルと対立した連中の八割は、致命傷を負う前に、底意地の悪い戦術と説得でメンタルも社会的な立場もバキバキに折られて屈服させられる。


 残りの二割? もちろん死ぬ。

 大規模魔法に巻き込まれて、死んだ自覚すらないままあの世行きだ。


(コイツほど魔王キング・ウィザードの渾名が似合うヤツもいないだろ)


 本人は死ぬほど嫌がっているが、少しは我が身を振り返れと言いたい。


「それよりそれより、アル先輩っ★ ごほーびくださいっ」

「はいクッキー。アガタ司祭のお手製、美味しいよ」

「はむはむはむ、本当だっ、おいしいです★ ってそーじゃなくって!」


 それよりも相変わらず鬱陶しいテンションだな、ユーリィは。

 ちょっと黙らせるか。


「ほら~、先輩っ★ そろそろいいんじゃないですか~? ユーリィのこと、好きになってきたでしょ~? ぎゅってしたいでしょ~?」

「……近い。近いよユーリィ、あのね、ホント、小さな子供みたいなこと言わないで、ちゃんとしっかりして、ね?」


 両手を広げて、ぐりぐりと薄い胸板を押し付けようとするユーリィ。

 アルは困った顔でユーリィの肩を押しやっている。


 ……こういうイチャイチャしたやり取りも、流石に三ヶ月近く見ていると、腹が立たなくなってきたな。

 というか、むしろあたしも見習うべきか? ユーリィの鉄壁メンタリティ。


「――師匠ッ! オリガ・シギナ、ただいま身支度を整えて参りましたッ!」


 そうこうしているうちに、もう一人の騒々しいヤツが戻ってきた。


 ていうかオリガ、お前、頭から水かぶっただけだろ、服がビチャビチャで――あああああ、バカ、絨毯が濡れる、ちゃんと拭いてからにしろ、ここはアルの家であたしの家じゃないんだからな――


「――オリガ!? なっ、えっ、なあ、な、なんでここにっ!?」

「ゆ……ユ、ユーリィ……?」


 ……騒がしい奴らが、揃って動きを止めた。

 お互いの顔を指差したまま、口をパクパクとさせている。


「お前ら、知り合いだったのか?」


 あたしの疑問にうんうんと頷いたのは、アルだった。


「そうじゃないかと思ってたよ。オリガと同年代で宮廷魔法士っていうと、今はユーリィぐらいだし」


 そういえば、宮廷魔法士は十数人しかいないって言ってたな。

 しかも通常は王立魔法学校を卒業して十年近く実務と研究をこなさないと、入所資格すら得られないとか。


 十代で特例入所したのはアルとユーリィぐらいだって、ユーリィの奴も胸を張ってたな。


「ど、どういうことなんだッ、ユーリィ! 君は、王都で研究をしているはずじゃ――いや、まず、そ、そちらの御仁とはどういう関係だッ! そんなッ、こ、恋人みたいなくっつき方をッ」

「べっ、別にオリガには関係ないでしょ~っ!? ていうかオリガこそ、ドラゴン討伐隊に加わったから、しばらくは国を離れるって――」


 なんだなんだ、何を揉めてるんだ。

 お互い危ない仕事に就いてるんだから、無事を喜び合ってもいいだろうに。


「……ええっと……あの、おかえりなさい、ユーリィさん?」


 オリガのために紅茶を淹れ直していたチヅルが、リビングに顔を出すなり目を白黒させている。

 まあそうだな。あたし達も混乱してるんだ。

 成り行きを見ていなかったチヅルは余計混乱するだろう。


「とりあえず、アレだな。……茶でも飲むか。な?」


 そういう訳で、あたし達はしばらくの間、黙々とハーブティを味わったのだった。


 ……悔しいが美味いな、ル・シエラ手製のハーブティ。今度ウチも分けてもらおう。

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