第40話 女戦士、弟子を取る

 あたしの名前はエレナ・キーネイジ。

 女、三十二歳独身。髪は亜麻色、眼は緑。背が高い。

 元冒険者で、今は辺境にある小さな村の自警団に務めている。


 ……他に自己紹介は無いのか、だと?


 そうだな、剣の腕には憶えがある。

 というか剣以外のことは……正直、苦手だ。

 特に人間関係とか恋愛とか教育指導とか、そういう細やかなヤツはまったくもって不得手だ。


 だから――


「お願いですッ! それがしを弟子にしてください――“剣聖ソードマスター”殿ッ!」


 こういう手合は、いつも断ることにしている。


「弟子は取ってない。師匠なら他を当たれ」

「あなたほどの使い手、他にはおりませぬッ! 当代最強の剣士、“剣聖ソードマスター”、“龍殺しドラゴンスレイヤー”、“血まみれ料理人ブラッディコック”、“鬼神デモン”――あだッ、あだだだ、だだだだだだだッ」


 あと、人のことを失礼な渾名で呼ぶヤツは、痛い目に遭わせることにしている。

 剣を扱う為に鍛えたあたしの握力は、人間の頭ぐらい軽く潰せる。


「ちょ、だから、ちょっと待ちなって、エレナ! その子、頭蓋骨たわんじゃってるから!」


 あたしの腕にしがみついてきたのは、赤髪に眼鏡の優男――アルフレッド・ストラヴェック。

 同じ孤児院を出たあたしの幼馴染で、バツイチ子持ちの元宮廷魔法士。

 バカが付くほどのお人好しだが、やる時はやる男だ。


「分かったよアル、大丈夫、冗談だ」

「……エレナの握力は、ジョークアイテムには危険過ぎるでしょ……」


 青ざめながら、アルがあたしの腕を離す――できればもう少し体温を味わっていたかった――いやいや、ゲフン、違うぞ。あたしはそういうのじゃない。もっとプラトニックなアレだ。


「とにかくだ。あたしはもう冒険者じゃないし、人にものを教えるのも苦手だ。強くなりたければ他の方法を探せ」

「ううう……でも、それがしは強くならなければならぬのです。“剣聖ソードマスター”殿のような、宮廷魔法士と肩を並べるほどの剣士にならなければッ」


 額のあたりをこすりながら、この人騒がせな弟子入り志願者――オリガ・シギナとやらは、そんなことをのたまった。


 まあ確かに、宮廷魔法士というのは、戦士として考えるとどいつもこいつも規格外の連中だ。

 何しろ一声で城を打ち崩すような人外魔境が十人以上もいる。

 下手な軍隊よりよっぽど恐ろしい。


 あたしも、アルと共に戦えるようになるまでは、かなり苦労した。

 ただ身体と技を鍛えるだけでは、ヤツには遠く及ばない。

 霊薬エリクサーやら魔法やらを使って、文字通り己の肉体を作り変えなければいけなかった。


「宮廷魔法士と並びたいなら、魔法を学んで宮廷魔法士になれ。それが一番早い」

「ごもっともッ! ですがッ! それがしにはこの道しかないのですッ」


 武器としての魔法は、剣や槍よりも遥かに優秀だ。

 そもそも同じレベルに立ちたいと言うなら、得物選びの段階から考え直した方が良いと思うが。


(選ぶ余地がないヤツもいる……か)


 あたしには魔法の才能は全く無かった。霊素エーテルの欠片も感じ取れない。

 こればっかりは先天的な素質だ。補いようがない。

 だから剣を取るしかなかった。


 多分オリガも同じなのだろう。


「宮廷魔法士、か……やけに具体的な目標だけど。何か理由があるの?」


 床に座り込んだオリガと視線を合わせて、アルが訊ねる。

 またこいつは余計なことに首を突っ込もうとしてるな……


「……友がいるのです。幼い頃から、共に腕を磨いてきました。彼女は魔法の腕が見込まれ、宮廷魔法士の道を歩んでいます。しかし、それがしは……ご覧の通り、しがない冒険者です」


 ……どこかで聞いたような話だ。


「それがしは約束したのです。剣士として身を立てて、友と一緒に世界を旅すると」


 ますます、どこかで聞いたような話だ。


「そっか……うん。それは、素敵な約束だね」


 あたしは、頷くアルの横顔をじっと見つめる。

 もう完全にオリガに肩入れしているな。

 本当に、呆れるほどのお人好しだ。


「僕は、君によく似た人を知ってるよ。オリガ。その人も宮廷魔法士になった友人と、一緒に冒険がしたいってずっと言ってた」


 そう言って、アルはあたしに視線を送ってきた。


 ……クソ、またそんな顔をしやがって。


 あたしがお前の頼みを断れないのを知ってて、わざとやってるんじゃないよな?

 いや、いっそわざとだと言ってくれた方がマシだ。


「……おい。オリガ。顔を上げて、あたしを見ろ」

「は、はいッ」


 見上げる眼差しには、光が宿っている。

 もしかしたら、いつかのあたしも持っていたかもしれない輝き。


「いいか。剣で魔法に追いつこうなんて、非効率もいいところだ。無理ならやめろ。辛いなら諦めろ。誰もお前を止めない」


 これは、あたしが師匠から受け取った言葉。

 それが果たしてオリガにも伝わるのか分からないが。


「でもな。お前が自分で決めたなら――どれだけ時間がかかっても、何を犠牲にしても、そいつに追いつく・・・・・・・・と決めたなら」


 それでもあたしは、こう言うしかない。

 生憎、あたしはアルと違って生徒の個性に合わせるなんて器用な真似はできないのだから。


「立って、戦え。……戦う方法なら、少しぐらいは教えてやる」


 できるのは、あたしが持っているものを渡してやることだけだ。

 受け取れるかどうかは、受け手次第。


「分かったら、さっさと立て。それから、その薄汚れた格好をどうにかしろ。裏の井戸を使っていいから――ああもう、旅帰りの冒険者ってのは、どいつもこいつも臭くてかなわん」

「……はいッ! 承知しましたッ、師匠ッ!」


 バネじかけの人形よろしく飛び上がったオリガは、スケイルアーマーをガチャつかせながら家の裏へと向かった。

 多少水は冷たいかもしれないが、夏だし大丈夫だろう。

 むしろこれも修行だ。うん。そんな修行やったことないが。


「……悪いね、エレナ」

「あのな。子供を引き取るの、チヅル、ユーリィのバカに続いて三人目だぞ? お前、カレンの父親って自覚あるんだろうな?」


 たまには釘を差してやろうと思ったが。


 ……あたしに文句を言われたくらいで、しゅんとするな。

 いいおっさんだろ、お前。捨て犬みたいな顔して。


「……悪いと思ってるなら、今度の夏祭り、付き合えよ」

「分かった。エレナの好きなもの、なんでも奢るよ」


 今度は一転して子供みたいな笑顔。

 ホントお前、そういうところだぞ。


「さて、オリガの寝床も準備しなきゃならんのか……いや、むしろいっそベッド造りからやらせるか? これも修行だって言ったら喜んでやるんじゃないか?」

「僕がマイケルの家具屋に話をつけにいくから、それはやめてあげて……」


 なんでだ。

 あたしの師匠は何でもあたしにやらせたぞ。

 弟子入りして最初の仕事は廃城の修理だったからな。あとパンツの洗濯。


「――たっだいま~★ ユーリィ・カレラ、王都から戻ってまいりましたよ~っ」


 どかんっ、とやかましくアルの家の扉を開けたのは――能天気が白いローブを着て歩いているような魔法使いだった。

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