第20話 おじさん、女子旅に紛れ込む

 ラーヴェルート領――通称『辺境』からリリー領までは、馬車で約一週間の道のり。

 まずは領内にあるエヴァン・リリーの別邸へ。その後、彼女を伴って現当主パイク・リリーが住む城に乗り込む――じゃなかった、伺い、マリーアン様が『話し合い』を行う。


 これが今回の大まかな外遊プラン。


(表向きの理由は『新当主への挨拶』だって言うんだから、貴族の世界って本当に肩が凝る)


 領主様のお付きとして帯同する僕達は、親衛隊の馬車群に便乗して旅することになった。


「いいか、お前達。言っておくが、遊びに行くんじゃない。気を抜くなよ」

「はい! りょうかいです、エレナおねーちゃん!」

「おねーちゃんと呼ぶな! 隊長と呼べ!」

「はい、たいちょー!」


 口では厳しく言ってるけど、はしゃぐカレンを見守るエレナの顔はだいぶ緩んでいた。幌から乗り出そうとするカレンを、捕まえるふりでたしなめている。 


 ……この前、鍛冶屋のアミーが言ってたっけ。

 『エレナが新しい母なら、カレンも嬉しい』って。


(本当なのかな。本気で……そう思ってるのかな、カレン)


 新しい母親が欲しいって。


 ……それも仕方ないのか。

 あの子にとっては全て過去のことだ。


 もう憶えていない・・・・・・・・んだから――仕方ない。 


「いいか、何か起きても隊列を乱すな! 隊列を復唱しろ、来訪者ビジター!」

「はい! 前衛にはエレナさんと親衛隊の皆さん! 後衛にはアルフレッドさんとユーリィさん! わたしとカレンちゃんは、マリーアンさん達と一緒に馬車内で待機します!」


 何故かノリノリで答えるチヅルさん。

 彼女はこういう物騒なシチュエーションへの適応がすごく早い。多分チキュウ時代に培った読書経験のおかげだろう。

 何を聞いても『例の』とか『お約束の』とか言って目を輝かせてるし……チキュウの知識の幅広さには驚かされることばかりだ。


「あのぉ、アル先輩っ★ やっぱりユーリィと二人乗りしませんっ? ユーリィ、手綱掴んだまま魔法に集中する自信なくってぇ」

「昔特訓しただろ、ユーリィ。馬自身の判断を信頼するんだよ。一人前の保護官ならこれぐらい朝飯前だよね?」

「そ、そうですけどぉ、えーとぉ、ユーリィが言いたいのは、そーいうことじゃなくってぇ」


 何故かぶーぶーと文句を垂れるユーリィ。

 いやでも二人乗りは馬にとっても負担だし、何より君、手綱さばきに不安がまったく無いんだけど。わざわざ狭くなる二人乗りにしなくても大丈夫だって。


「まったく賑やかな旅路だ――なあ、ジェヴォン嬢?」

「……やかましいったらねェな、アンタの配下どもはよ」


 一番の貴賓席である装甲馬車のソファには、当然一番身分の高い二人が座っていた。

 マリーアン様とジェヴォン。

 

「そなたのご友人もなかなかではないか。混ざればよかっただろうに」

「ちょっと前まで敵だった連中と、そうそう仲良くできねェよ」


 いつもどおりの上品な服装で微笑むマリーアン様は、やはり貴族然としている。

 しかし相変わらず露出度の高い鎧――鳩尾も腿も肌が見えてるんだけど、防具としての意味あるのか――を着たジェヴォンの振る舞いは、お世辞にも気品があるとは言えない。

 ……そんなにボリボリとナッツ食べてると、お昼ご飯入らなくなるよ。


「まあ、思いがけず優秀な斥候を三名も獲得できて、我としては助かるが」

「てか、アンタに言うのもなんだけどよォ、ここはあの辺境・・だろ? こんなガキ連れのピクニックみたいな隊で大丈夫なのかよ」


 君だってまだ十四歳の子供だろ、と僕は思ったけれど。

 マリーアン様は鷹揚に頷いてみせた。


「言葉を返すようだがな、ジェヴォン嬢。この辺境は我が庭・・・だ。それに今回は頼りになる護衛がついている。存分にくつろぐが良い」

「……そんなにスゲェのか? あの二人」


 ジェヴォンは半分以上は疑惑をこめた眼差しで、僕とエレナを見やった。

 僕らは互いに顔を見合わせて、


「……そういえば、ジェヴォンの奴、この前の襲撃では早々にノックアウトされてたな。風呂場で足滑らせて」

「僕らの大活躍を見る暇もなく、ね」

「風呂場で妖精どものおもちゃにされてたのは、かなり笑えたな」

「あっテメゴラァァツ! ナメてんじゃねーぞオラ、ぶっとばしてやろうか!」


 吠えるジェヴォンの様子は、まるで闘犬だ。

 ケルベロスのエレナに比べると、ジェヴォンはまだ生まれたての子犬って感じだけど。


(しかし、マリーアン様ってば、あんまりハードル上げるのはやめてほしいな……)


 正直、戦いはすべて親衛隊の皆さんにお任せしたい。

 モンスターやら貴族の兵隊やらと戦うなんて、完全に専門外だし。

 僕は魔法を創る側で、使う側じゃないのだ、本来は。


「――あっ! あれ! あれ、なんですか? 地平線の方で、何か動いてます!」

「わー、大っきいのがいーっぱい! ねえおとーさん、あれなに!?」

「あれは……ストーン・バッファローの群れだね。水場を求めて移動しているところだ――マリーアン様、隊を止めてください! 進路が交差しなければ戦闘は避けられます!」


 マリーアン様の号令が響き、親衛隊は見事に同じタイミングで馬の足を止めた。

 流石、よく統率されている。


 ストーン・バッファローは、辺境では比較的おとなしい性質のモンスターだ。

 大きな角を持つ牛のような生き物で、その名の通りバッファローによく似ているが、霊素変質エーテライズの結果、岩のように硬質で頑強な肉体を持つ。


 雑食だが、特に鉱石類を好み、眼の前に立ち塞がるような真似をしなければ襲ってくることはないおっとりとしたモンスター。

 ただ、常に水場を求めて群れで移動しているため、街道や人の住処とかちあうと悲劇が起こる。ある意味、台風のような災害に似ている。


「なんか……すごい、ドキュメンタリー映像みたいですね。雄大な自然、生命の神秘――みたいな」

「喜んでもらえて嬉しいよ。僕らにとってはそこまで珍しい風景じゃないんだけどね」


 チキュウではこの規模の野生動物の移動はあまり見られないらしい。

 それだけ人間が地上の支配権を獲得しているということなのだろう。

 モンスターもいなければ魔法もなく、飢えることもない豊かな社会。


 彼女達の話を聞いていると、時々、軽い憧憬を覚える。

 そんなに平和な世界なら、僕達はもっと楽しく暮らせるだろう、と。


 ――と。


「ジェヴォンさま~! ジェヴォンさま~!」

「てきだー! てきがくるぞーっ!」


 斥候に出ていた獣人の双子――ミドとファドの叫び声。

 四足で走る二人の後ろを、栗毛の馬に乗ったレオンが駆けてくる。


「ストーン・バッファローの群れに付随して、マン・イーターが近づいてきています! 数、六! 対処を!」

「よくやったァ、レオン! 聞いた通りだ、マリーアンの姐御!」

「ああ――総員配置につけ! 遭遇戦エンカウントだ――迎撃するぞッ!」


 マン・イーター。

 非常に巨大で獰猛な食肉植物で、大抵の生き物――――岩のように固いストーン・バッファロー以外――を捕食にしてしまう。足のように機能する根、強靭な蔓に獲物の自由を奪う毒の棘、そして鮮やかすぎる深紅の花弁は、見ようによっては美しいかもしれない。


 ストーン・バッファローに道を塞がれて立ち止まった生物を狙おうと群れに随伴していることがあり、地域によっては『血のヤドリギ』なんて渾名もある。

 

「あ、あの! モンスターですかっ、戦闘ですかアルフレッドさん!」

「うん、でも大丈夫だよ、チヅルさん。親衛隊のみんなが守ってくれるから」

「わ、わたしも、何かできませんか!? せっかく魔法も少し習いましたし!」


 子供みたいに――いや、少し大人びてるけど、まだ十七歳の子供なんだ――馬車から身を乗り出してくるチヅルさん。

 うんうん、気持ちは分かる。


「えーと、チヅルさん。前にした『新兵』の話、憶えてる?」

「あっ……は、はい。あの……大人しく、してます……」


 チヅルさんはちょっとしゅんとしてしまう。

 耳があったらぺろんと垂れてそうなぐらいのしょんぼりっぷり。


 ……色んな表情を見せてくれるようになったな、チヅルさん。

 少しは打ち解けてきたのかも。


「チヅルさん、旅の間も魔法の練習はするからさ。みんなの役に立つチャンスはきっとあるよ」

「は、はいっ! がんばります!」

「まずは、僕達の動きをしっかり見てて。こんなとき、魔法使いがどうすべきかを考えるヒントになると思うから」


 頷くチヅルさんを残して、僕は前線に向かう。


 重装備で前衛を固めるマリーアン様の親衛隊。

 先頭に立つ二人は、隊長のフランソワーズさんとエレナ。


「ねぇエレナさん、賭けてみませんこと? 我が隊とあなた、どっちが多くマン・イーターを刈り取れるか」

「やめておけ、フラン。お前達のメンツを潰したくない」

「あら、七対一で勝てるつもり? 流石は“鬼神デモン”、面の皮が厚いですわね」

「……気が変わった。吠え面をかかせてやるぞ、“毒紫トリカブト|”」

 

 ふわふわとした淡い紫の髪を揺らして、フランソワーズさんが笑う。

 姫騎士と言われればそのまま通じそうな外見の女性だが、何年か前までは対モンスター部隊を率いて最前線に立っていた歴戦の勇士だ。

 エレナとはジェファーソン家での奉公時代からの喧嘩友達で、もし鉄壁騎士団アイアン・ウォールズに入っていなければ、彼女もS級冒険者として名を馳せていたかもしれない。


 鞘から抜いた剣は、波打つ刃が見事な逸品。優美な見た目だが、モンスターの分厚い皮膚を引き裂くために打たれた実用品だ。


「――隊長、見えました! 報告どおり六匹! 一匹が先行してきますっ」

「あら、せっかちさん」


 よほど腹をすかせているのか、土煙を上げながら巨大な植物が近づいてくる。

 見上げるほどの巨体で、馬の全力疾走と変わらないスピード。

 霊素変質エーテライズが生み出した悪夢だ。


「それじゃ、アルフレッド様? まずは戦闘開始の合図・・をお願いして良いかしら?」

「あ、はいはい、そうでした」


 言われるまで、僕はすっかり自分の役割を忘れていた。

 これだから僕は戦場に向かないんだ。戦術魔法士の資格も取らずじまいだったし。


 戦場での魔法使いの役割は大きく二つ。

 遠距離からの先制攻撃。そして、乱戦となった時の戦士達のサポート。

 まずは剣も矢も届かない状況からの一撃で、相手の頭数を減らさなければ。 


「えーと。何匹残しておきましょうか、フランソワーズさん?」

「アルフレッド様ったら、相変わらず冗談がお上手ですこと」

「おい、フラン。言っておくが、アルが仕留めた分もあたしのカウントだからな」

「えっ? ちょっ、なんですの、その超理論!!」


 呑気に口喧嘩を始めた二人を尻目に、僕は魔法の構成を組み上げる。


(場所は荒野、周囲にはストーン・バッファローのみで人影なし、距離は遠い――バックファイアの配慮は不要。……あれ? マン・イーターってどのぐらいの危険度レベルだったっけ?)


 モンスターを相手取った実戦は本当に久しぶりだ。

 村の学校では、実戦レベルの破壊魔法を教えられる生徒は、ごく少数に限られる。

 年に五名ほど、精度と発動速度が基準を超えた生徒だけを対象に特別講座を開くのだ。それでもレッサー・スライムやダーク・コックローチを相手にするのがせいぜい。


 僕は、ややうろおぼえながらも、対モンスター用の破壊魔法を発動させる。


(とりあえずこんなもんかな。【火球ファイアボール】――【豪雨スコール】)


 我ながら奇妙な言葉の組み合わせだと思う。

 でも、意図することは明確だ。


 空中を起点とした遠隔発動――猛進するマン・イーターの群れに降り注ぐ、無慈悲な炎の雨。

 

 ――爆音は衝撃波となって、僕達の髪を揺らした。

 着弾の度に立ち上る業火の柱が、空に浮かんだ雲にオレンジ色を投げかける。


 構成通り、きっちり十二発の火球が落ちた後。

 マン・イーター達がいた場所に残っているのは、炭化した植物の残骸と焼けた大地だけだった。


「……あれ? ちょ、っと……やりすぎた、かな?」


 ……気まずい沈黙。

 僕は周囲の面々をキョロキョロと見回して、


「……すみません。加減を間違えました」


 親衛隊の面々はもとより、エレナやユーリィ達まで黙ってしまった。

 みんな、討伐数の競争とか、すごいノリノリだったのに……空気読めなくてごめん。


「お、お、お、オマエ、オイ、なめんじゃねーぞ! それぐらい、ウチのレオンにだってできらァ!」

「恐れながら無理ですジェヴォン様。私が同じ事やったら三日寝込みます」

「ンだよそこは出来るって言えよォ! がんばれよォ!」


 喚くジェヴォンをたしなめるレオン。

 確かに彼の霊素許容量キャパシティでは、この規模の魔法を使いこなすのは難しいだろう。主君を前に己の限界を認めるとは、大した忠信だ。


「相変わらず惚れ惚れするような腕前ですわね……仕方ありません、勝負はお預けですわ、エレナ」

「オイ、アルの分はあたしの分って言っただろフラン。あたしの勝ちだ!」


 よかった、フランソワーズさんもエレナも怒ってない。

 親衛隊の面々――女性領主の親衛隊だけあって、全員が女性だ――も、二人を見て笑っている。


「さっっっっっっすがアル先輩っ★ 相変わらずの神業っぷりですねっ! ユーリィ、惚れ惚れしちゃいましたぁっ」


 活躍の場を取られたユーリィも何故か上機嫌ですり寄ってくる。

 馬同士が嫌がってるから、やめてほしいんだけど。


「おとーさん、すごいすごい! 超ハデハデでかっこよかった! 今までで一番! ね、チヅルおねーちゃん!」

「あっ、う、うん! すごかったです!」


 まあ何はともあれカレンが楽しそうだから、それでいいか! うん!


「カレンもあーいうの使えるようになりたいなー、ぼがーんぼがーん! ってさー。チヅルおねーちゃんは、もうおとーさんに魔法教わってるんでしょ? いいなぁ。カレンも早く習いたいよー」

「ううん、わたしはまだまだ、初歩の初歩っていうか、きっとカレンちゃんが練習始めたらすぐに追い抜かれちゃうよ」


 チヅルさんの謙遜に、カレンは首をひねりながら、


「えーそうかなー、おとーさん、カレンは才能がありすぎるから・・・・・・・・・・時間がかかるかも、って言ってたよねー」


 それについては、何とコメントしたものか――少なくとも今ここではなんとも言えず。


「成長のスピードは人それぞれだからね。焦らなくても、二人ともきっと出来るようになるよ」


 僕はただ、二人に笑いかけた。

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