第1163話 正体不明の夢のような何か
ドロドロした何かが、体を包んでいる。
思うように体が動かせない。
俺、確か寝ていたはずだけど……ここは?
「暗い……? いや、黒いのか」
何もない空間、何かに邪魔をされているわけではないはずなのに、遠くが見えない空間。
明りがないからかと思ったけど、そうではなくただただ黒い空間だった。
「な、なんだこれ……」
自分を見下ろすと、粘性の高い何か黒い液体が体にまとわりついている。
これのせいで動けなかったのか……? いや、そうじゃない。
動かそうとして動かないのではなく、勝手に体が動こうとしてもがいていようだ。
「また破壊神が何か……? いやでも、どこかおかしいというか自分の体が自分のじゃないような」
破壊神に隔離された空間を思い出したけど、あれとは違う。
ただただ重苦しいと感じる空間に、触れている感触すらないまとわりついている何か。
そして、思考とは別に動こうともがく体。
さらに時折、目の前に人が現れては消えていく……。
「似たような感じを、どこかで……あ!」
異常な状態なのに妙に冷静な思考はともかくとして、なんとなく近い感覚を知っているのを思い出した。
姉さんと再会する前に見ていた夢だ……あれは、俺自身の後悔とか懺悔の念のようなものが渦巻いていた、と今では考えられるけど……それと似ているんだ。
ただ違うのは、目の前に現れては消えていく人の形をした何かが、一切見た事がなく、しかも俺に対してとかではなく別の何かに対して憎んでいるという事かな。
「あの夢と似ているって事は、これも夢……?」
姉さんに対する懺悔の夢は、俺の深層心理とか辛くて封印した記憶とか、なんかそんな感じの意識が夢として表れていたもの……だと思う、多分。
姉さんとの再会で解決はしたけど、とにかくあの夢とは違って俺自身にはっきりとした意識がある。
これは夢じゃないのか? いやでも、どう考えても寝ていたはずの俺がこんな不気味空間に来るわけがないし……破壊神の干渉ではなければ、夢だと思うしかない。
「確か……夢を見ている事を自覚するのって、明晰夢って言うんだっけ?」
体は動かせないのに、というか勝手に動こうとしているのに、妙に思考だけはクリアだ。
自分であるはずの体、その目から周囲を見ているわけではなく、俯瞰して見ているような感覚さえある。
いや、確かに自分の目でも見えているんだけど……奇妙な感覚でよくわからない。
「でもなんだろう、こんな夢を見るような事に思い当たる節がないんだけどなぁ……? さっきから出て来る人にも、見覚えがないし。だとしたら夢じゃない? いやでも、夢以外だと説明が付かないし」
なんとなくわかっているのは、一定の決まった間隔で俺の目の前に人が現れるという事。
規則性があって男女交互に現れては消えていく……そういえば、昨日? 一昨日? この空間や夢のせいなのか時間の感覚が曖昧だけど、センテに戻って休んだ時にも、近い物を見ていた気がする。
あの時は、声のようなものも聞こえていたようだけど、あれも夢だったのだろうか?
ただどちらにも共通しているのは、現れた人は俺に対してではなく別の何かに対して、怒りや憎悪を持っているという事。
向けている対象が何かはわからないけど、俺じゃない事は間違いない、
目元がくっきり見える人もいるけど、そう言った人は総じて俺を見ていないから……顔の向きからして別方向の人もいたくらいだ。
でも、それならどうして……俺に向けられるなら、まぁ無理矢理考えて夢に見るのもわからなくもない……かもしれない。
けど、俺以外に向けられているはずの憎悪を、俺が見させられている意味がわからない。
「うーん……なんだろうこれ。見たくない物を見ているような、見てはいけない物を見ているような気分だ」
姉さんの夢とは違って、自分への後悔とか焦燥感のようなものは一切ない。
不快感……はなくもないけど、それでも早く目覚めたいとか目覚めなければ、といった事は感じない。
ただただ、動けず目の前に現れる人の影のようなものを見せられているだけだ。
体はもがいているけど、勝手にやっているだけだし……そもそも本当に自分の体かも怪しく感じられてきた。
考える事だけは自由にできるから、こうして適当な事を考えているんだけど。
でもそういえば、本当に明晰夢だったら俺の思考次第で夢の内容も変わるはず……だよね?
夢が夢である事を自覚しているだけじゃなく、自分の意識で夢の内容を変えられるのが明晰夢だったはず……うろ覚えだけど。
でも俺がどれだけ考えても、見えている光景は一切変わらない。
黒い空間で、何かよくわからない物にまとわりつかれ、人の影が定期的に現れては消える。
そもそも、黒い空間なのに全てはっきり見えているのはどういう事だろう? 黒いと暗いの違いってなんだ?
いや、色としての黒と、明りがない状態の暗いで違いはわかるんだけど……どうして俺は、ここが暗いのではなく黒いって思ったんだろう?
「リ……!」
「ん?」
退屈になって益体もない事を考えていると、どこからか俺を呼ぶ声。
はっきりとは聞こえなかったけど、それが俺を呼ぶ声だとはなんとなくわかった。
「……ク……! お……!」
「聞いた事があるような?」
どこかで聞いた事のある声。
幼いような、それでいて長い年月……人間の尺度では計れない程、とてつもなく長い時間を過ごしている何者かの声。
でも、よく近くで聞いている無邪気な声が耳になじんでいるような、そんな声。
なんだろう、この声は確実に俺を呼んでいるんだけど……絶対に無視してはいけない気がする。
その声が重要な事を言っているとかではなく、頭の中で本能か何かが警鐘を鳴らしている気がするんだ。
夢だとか人の影とか、そんなよくわからないものとは関係なく、俺自身の体に大きな危険が迫っているような……先程まで感じなかった焦燥感を、聞こえる声は沸き立たせる。
早く、この声に応えないと……夢を見ているよりも、体が動かない事よりも、怖い何かが迫っているような……。
「リク―! 起きるのー!!」
「ぐふっ!!」
衝撃、重み、痛み、苦しみ……唐突の感覚に、肺の中にある空気を全て吐き出す。
その他色々な物を出しそうになったけど、そもそもに出る物がなかった……しばらく何も食べていないからだろうか。
「ようやく起きたのー!」
「ぐっ……はっ……はぁ、はぁ……ユ、ユノ?」
「そうなの! リクを起こしに来たのー!」
無邪気な声を上げる何者か、正体を確かめるため必死で吐き出した空気をあえぎながら、目を開けた。
衝撃その他の正体は、俺のお腹の上に立ってふんぞり返っているユノだった。
……前も、お腹の上に飛び乗るのは止めてって言ったのに……しかも今回は体で圧し潰すのではなく、立っているし。
フィリーナの影響だろうか? いやカイツさんの背中に乗った時、ユノはいなかったはずだけど。
「おふっ……がふっ……ユノ、ちょ、ちょっとその状態で動かないで……というか降りて……」
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