第1021話 訓練前の兵士さん達への演説



「わざわざこんな場所を……もし、俺が断ったらどうしていたんですか?」

「その時は、適当に訓練させていただろうな。街中でこの人数を集めるわけにもいかないし、こういった場所を作る必要があったのだ」

「正確には、リク様が了承して下さってから、一斉に場を整え始めました。一応、兵士達が駐留する場として整えてはいたので、全員でかかれば一日もかかりませんが」


 確かに五百人も街の中に収容できる建物はないだろうし、広場くらいはあっても、訓練するとなるとちょっとね。

 あらかじめ準備されている場所以外だと、こんな風に用意する必要があるんだろう。

 こうして訓練に参加する事になったし、準備してくれた兵士さん達の頑張りも無駄にはならなかったようだ。

 広い場所でも、五百人もいてなんとかなったようだし……草むしり、いや草刈りで腰へのダメージが少し心配だけど。


「それに、最近の出来事から、有事に備えて多少の兵は帯同させておかねばな。リク殿が断わったとしても、無駄にはならんよ」

「まぁ、ルジナウムの事とかを考えると、備えておくに越した事はないんでしょうね」

「あぁ。ヘルサルでの事もあり、領内での兵士運用に関して迅速に準備、行軍するための訓練にもなっている」


 ルジナウムに魔物が押し寄せて来た時、フランクさんは多くの兵士を連れていなかったため、時間稼ぎ以外には非難をする事くらいしかできる事がなかった。

 魔物が集結している事がわかっていても、当初はあれ程の大群になるとは思っておらず、後になって応援を要請しても間に合わなかったんだよね。

 まぁ、キマイラやキュクロプスが大量にいたあの魔物達に、兵士さん達が数百人でどうにかなるかはともかくとしてだ。

 王都での事もあるし、備えあればって事だね。


 シュットラウルさんとしては、ヘルサル防衛戦に間に合わなかったのも気にしているのかもしれない。

 本当はヘルサルでも、時間稼ぎをして援軍を待つ事になっていたんだけど……俺がやっちゃったから、気にする必要はないんだけどね。


「侯爵様。帯同の兵士、整列が終わりました。お言葉をお願いします」

「うむ……」


 整列していた兵士さんは、俺達が話している間に点呼を取っていたんだけど、それが終わったらしく、一際磨き上げられた金属鎧を来た兵士さんが、シュットラウルさんの前に跪いて報告。

 兜は手に持ち、出している顔からはそれなりの風格が漂っている。

 年齢も四十代前後っぽいから、ベテランの兵士さん……指揮官とかそんな立場の人だろう。


「では、ここはリク殿が皆に対して……」

「いやいや、そこはシュットラウルさんでしょう。俺はただ訓練に参加するだけなので」


 報告後、一礼して去り、整列した兵士さん達に交じるベテランさん。

 見送った後、シュットラウルさんがコッソリ俺に耳打ち……だけど、さすがにここで皆に言葉を掛けるのは俺じゃないと思う。

 何か言うにしても、シュットラウルさんが話してからだろう。

 

「ちっ、丸投げできなかったか……」

「今舌打ちしましたね!? しかも丸投げって……」

「何を言っている、私はこれでも侯爵の地位にいるのだぞ? そんな、兵士達へ言葉を掛けるのを面倒がったりはしないぞ?」

「……シュットラウル様、本音が漏れております」


 大人げなく舌打ちするシュットラウルさんに突っ込むと、何やら言い訳。

 アマリーラさんが小さく呟いて注意しているのを聞くに、演説的な事は面倒らしい……本人は否定しているけど。

 なんとなく、こういう事は得意だと考えていたけど、そういうわけでもないんだなぁ。

 俺も、面倒とは言わないけど皆の前に出て話をするとか苦手だし……そもそも慣れる程の回数をやった事はないんだけどね。


「……仕方ないな。先に私から言葉を掛けよう」

「先にって、俺も何か言う事は決定しているんですか?」

「皆、英雄と呼ばれ、数々の功績を挙げたリク殿の話は聞きたいだろう。ほら、兵士達が注目しているのは私よりも、リク殿だぞ?」

「うっ……」


 溜め息を吐くように話すシュットラウルさんだけど、俺から何か言う事は確定しているらしい。

 言われて、整列した兵士さん達の方をよく見てみると、視線のほとんどが俺に向かっているのがわかった。

 思わず怯んで、声を漏らしてしまう……一応、シュットラウルさんの方を見ている人もいるようだけど。


 パレードの時も多くの人から注目されたけど、あの時は俺以外にも姉さん達がいてくれたし、移動もしていたからなぁ。

 止まっている状態で真剣な……ともすれば、鋭くも見える視線を向けられるのは初めてだ。

 

「はぁ……緊張しますし、何を言えばいいのかすぐに思いつきませんけど……わかりました。シュットラウルさんが話している間に、何か考えておきます」

「うむ。皆期待しているからな」


 今度は俺が溜め息を吐き、仕方なく頷く。

 ニヤリと笑ったシュットラウルさんは、イタズラが成功したような雰囲気だ。

 かなり年齢が離れているはずなのに、ヴェンツェルさんとか以上に友人ぽい会話になってしまっているね。

 まぁ、近所の親しいおじさんポジションとしておこう……貴族相手にそれでいいのか、と思わなくもないけど。


「んんっ! ここに集まった精兵達よ。国内で派生している魔物の大群による脅威、そしてこの先予想される有事。それらに対応するため、今回陛下より最高勲章を授与され、私だけでなく多くの者、多くの街を救った英雄、リク様に来て頂いた!」


 咳払いをし、一歩前にでて兵士さん達に言葉を掛けるシュットラウルさん。

 かなり大袈裟な内容で、仰々しく伝えているのはもはや演説と言っていいだろう。

 俺に関して誇張された内容も節々にあったけど、大体はこれから先に起こりえる事に備えるため、兵士の質を向上させるとして、今回の訓練には心してかかるように……といった感じかな。

 鼓舞するためなんだろうけど、俺が剣を振れば複数の魔物が斬り刻まれて空を舞うとか、魔法を使えば山をも壊して地形を変える……というのは、言い過ぎだと思う。


 山かぁ……全力を出せば少しくらい、地形を変えたりはできそうかな? 後々の影響が大きすぎるから、やりたいとは思わないけど。

 あと、どれだけ切れ味の鋭い剣を使ったとしても、複数の魔物を一度に切り刻むなんて事はできないですから。

 シュットラウルさんの言い方が大袈裟すぎたせいか、俺を見ていた兵士さん達の中で、異常に熱っぽい視線になる人や、逆に疑うような訝し気な視線になる人などが続出していた。

 見た目ただの小僧と言える俺だから、シュットラウルさんの言葉といえど疑ってしまうのは無理もない。


「アマリーラさん、なんかちょっとどす黒い気配が漏れていますよ?」


 演説を続けているシュットラウルさんの後ろ、隣に並ぶアマリーラさんが剣呑な目をして、実際には見えないけど黒い空気が漂っている雰囲気になっていた。


「リク様に対して、不躾な視線を送っている者を威嚇しているのです。シュットラウル様のお言葉を疑い、リク様の功績すら疑うなど……」

「いやいや、あそこまで言われたら行き過ぎてて、疑われても仕方ないですから」



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