第989話 長湯はのぼせないように気を付けましょう



「そろそろ、上がらねばな。さすがに私ものぼせてしまいそうだ。すまぬなリク殿、年を取ると話が長くなってしまうようだ。今夜は楽しかったぞ」

「はい。俺も、楽しかったです」


 たまにはこうやって、人と話しながらゆっくりお湯に浸かるのもいいよねと、立ち上がるシュットラウルさんを見ながら思う。

 聞きようによっては、変な想像をしてしまいそうな言葉もあったけど。

 ともかく、シュットラウルさんの言う通り、裸の付き合いというのもいいものかもしれない。

 いつもはエルサと一緒に入るだけだし、モニカさん達女性と入るのはさすがにできないから……入りたいと言っているわけじゃないからね? ほんとだよ?

 あ、そういえば、ずっと俺とシュットラウルさんが話していたけど、湯船を温水プールと勘違いしてそうなエルサはどうしているんだろう? 話の邪魔をしないためか、ずっと静かだったけど。


「エルサ、そろそろ上がろうか……って!」」

「だわぁ……プシュー、だわぁ」

「エルサがのぼせてるー!?」


 エルサがいるはずの方を見てみると、いつの間にか仰向けで脱力した状態でプカプカとお湯に浮かんでいた……沈まないのは、毛に包まれているからなのかも。

 目はうつろで、うわ言のように声を出していて、時折口から湯気を吐いている……湯気? 魔法じゃないっぽいから、多分体温調節みたいな事なんだろうけど。

 見た目はともかく、ドラゴンが口から湯気って……やかんじゃないんだから。

 なにはともあれ、慌ててエルサを抱き上げて、冷ますために脱衣場に急いだ――。



 のぼせたエルサ救出後、無事を確認してシュットラウルさんに挨拶をして別れ、執事さんにお風呂から上がった事をモニカさん達に伝えるようにお願いしてから、部屋に戻る。

 救出と言っても、エルサはお湯から出して少ししたら平常に戻ったし、特に問題はなさそう。


「あ~、気持ちいいのだわ~」

「のぼせた後だからなぁ。あんなになるまで、ずっと入ってなくていいのに」


 今はドライヤーもどきの魔法を使いながら、毛を乾かしている最中だ。

 とは言っても、お風呂でのぼせてしまった後なので、今日は温風ではなく冷風。

 長く熱いお湯に浸かった後だからか、エルサはいつも以上に気持ち良さそうにしている。

 まぁ、お風呂上がりの扇風機に近いんだろう……風なだけじゃなくて、冷風だから冷風機かな。


「リクが長話するのが悪いのだわ。途中でなんだか気持ち良くなったのだわー」

「熱くなり過ぎたら、一旦お湯から出て冷ましてまた入ればいいのに……」


 というか、気持ち良くなったって結構危ない状態なんじゃないだろうか?

 意識も朦朧としていたみたいだし。

 人や魔物が、頑張っても倒せそうにないドラゴン様を倒したのが、熱いお風呂の湯とか笑い話にもならない気がする。

 それこそ、火山のマグマ……とかだったらわかるけど。


「ふわぁ~、なんだかいつもより強烈に眠いのだわ~」

「さっきのぼせたからかな? お風呂は体力を使うからね、疲れも取れるけど」

「だわぁ……だ……わぁ……」

「寝ちゃったか。いつもの事だけど」


 こっくりこっくりと顔を揺らしていたエルサが、冷風を浴びながらいつものようにコテンと横になって寝る。

 多分大丈夫だろうけど、冷風で冷まし過ぎないように気を付けて、毛が乾いて今日のモフモフ維持完了。

 なんて一仕事終えた感覚に浸りながら、抱き上げてベッドに寝かせて毛布を掛けてやる。

 

「ふわぁ……俺も眠くなってきた。のぼせ気味だったのかな?」


 欠伸をして、ベッドに横になる。

 かなり長くお湯に浸かっていたから、俺ものぼせかけて疲れたのかもね。

 でも、シュットラウルさんから姉さんの事やヒルダさんの事が聞けたし、話せて良かったと思う。

 姉さんが魔物の壊滅した村を見て、自分を責めて子供達に謝罪かぁ……。


 シュットラウルさんは、被害にあった村の事を想ってと考えていたようだけど、俺が話を聞いた感想では少し違う。

 いやまぁ、被害にあった村に対してい何も思っていないとかじゃないけど。

 多分、あれは日本での記憶を引き継いでいる姉さんだからこそ、だろうね。

 前世の記憶があると言っても、まだ幼い女の子……大人顔負けの議論ができるとはいえ、記憶は日本の価値観。


 さらに言えば、生まれ変わってからの年月も浅い。

 当然前世の記憶との間で混乱もあっただろう、それなのに王女として相応しい……かどうかはともかく……国の行く末を考えて子供達に謝ったり、保護したりなんてできなかったんじゃないかな。

 姉さんは以前俺に言っていた、戦争に絡めた話だったけど、悲惨な場面、場所を見た事があるって。

 その時の姉さんの表情は、決して楽しそうというわけでないんだけど、どこか懐かしさも感じられたんだ。


 もしかするとってだけで、俺の勝手な想像だけど。

 姉さんはその時ようやく、この世界で生まれたんじゃないだろうか? ちょっと大げさだし、実際にはそんなわけないんだけど。

 なんというか、本当の意味でこの世界の事、日本とは違う場所だとわかったんだというか……シュットラウルさんが言っていたような、村の惨状を見て自分を責めて泣いていたというのも、日本の芽有里(めあり)ではなく、こちらの世界で生まれた人間のメアリとしての産声だったんじゃないかな。

 自分で言ってて、何考えているんだ? と思うけど。


 姉さんは嫌がるかもしれないけど、王城に戻ったら聞いてみよう。

 これからのために、参考になるかもしれないから……なんて考えながら、目を閉じて就寝した――。



「待ってなのー!」

「……すみません、ユノが我が儘を言って」

「いえ、これくらいは。控えさせて頂いている者達も、意外とこういった事が好きな者が多いのですよ」

「そうなんですか……」


 翌日朝食を頂いた後、出発まで少し余裕があったのでのんびりとお茶を飲みながら食堂にいる。

 食堂の外から聞こえてくる、ユノのはしゃぐ声を聞きながら、俺に付いてくれている執事さんに謝ると、微笑みながら答えてくれた。

 多分、好きな人が多いというのはお世辞だと思うけど。

 ユノが朝食後、広い宿を利用して使用人さん達に鬼ごっこをしたいと言い出したのが原因だ。


 止めようと思った俺に、鬼ごっことは何か? と興味を持ったソフィーとフィリーナ、さらに一部の使用人さんが参加し、実際にやってみる事に。

 ローカルルールとか、特殊なルールを付け加えたものはあるけど、鬼ごっこは単純な遊び。

 鬼になった人が他の人を追いかけて、触ればその人に鬼が交代。

 複数階ある建物だから、全体を使うのは迷惑だろうし、階段もあるからユノはともかく他の参加者が危ない。


 階段とか、落ちたら危ないからね。

 なので、食堂のある四階部分の廊下のみとさせてもらった。

 そうすればいくらユノの身体能力が高すぎても、一人だけ突出する事は少ないだろうし、ちゃんと鬼が交代して皆が遊べるだろうから。

 ちなみに、廊下に調度品とかもあったけど、それらは参加しない人達がそっと非難させていた……走り回る遊びって教えたからなんだけど、壊してしまうのはいけないからありがたい――。



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