第975話 訓練の要請
「うむ。しかし作業には一日で良いのか……リク殿、これは提案というよりも、私からのお願いになるのだが……もちろん、否と思うのであれば断っても構わん」
「なんでしょうか?」
俺だけでなく、モニカさん達を見渡すシュットラウルさん。
提案ってなんだろう?
「私の持つ貴族軍に、訓練を付けてくれんか? もちろん、そのための報酬は払う。全員にとは言わず、選抜した数人でも構わない……」
シュットラウルさんの提案は、侯爵の持つ軍の兵士さん達へ訓練をする……というより、俺が訓練に参加する事らしい。
報酬もそうだけど、北東の農地をハウス化した後、数日訓練に参加していれば他の場所での説明や小屋の設置が完了し、順次ハウス化できるようになるだろうから、でもあるとか。
要は、時間があるだろうからちょっと試しに一緒に戦力増強に励もうよ、という事だと思う。
「他の用はないので、それは構いませんが……」
「つきっきりで訓練に、とも言わんぞ? もしリク殿が他にしたい事があるのなら、そちらを優先してくれて構わん。少しだけでも参加してもらえればと思ってな。……ヘルサル防衛戦は、領内のでき事だから皆わかってはいるのだが……あの場に来なかった者達の中で、少数がリク殿に対して懐疑的なのだ」
「懐疑的、と言いますと?」
「本当に、噂通りの英雄なのか、とな。もちろん、私としては王城での事を目の当たりにしたのだから、疑う余地はないのだがな。現在、アテトリア王国全体にリク殿の事は広まり、英雄と呼んでいるが……一部の者が懐疑的に見ているのは否めない。国内がまとまらなければいけない状況になっているのだから、そういった者達を諫めておきたいのだ」
「話はわかりますが……必要なのでしょうか? もっと別の事に目を向けさせたりとか……」
それこそ、女王様である姉さんとか、領主のシュットラウルさんに対しての信頼を深めさせたりした方がいいんじゃないだろうか?
「国民、領民の関心事はリク殿の事に偏っているのだよ。帝国との不穏な状況になってはいても、まだ民達に報せるわけにもいかんしな。むしろ、懐疑的なもの達はこれ幸いにと、リク殿を前面に押し出せばいいとも言いかねん。それなら、リク殿の実力を見せて噂や英雄だと信じさせた方が、良いだろう」
「そういうもの……ですかね?」
俺にはよくわからないけど、政治的な見方をするとそうなる……のかな?
ともあれ、俺に対して本当に英雄と呼ばれる実力があるのか、疑っている人を少なくすればするほど良い方向に向かう、という事なのかも。
……そもそも、俺自身が一番英雄と呼ばれている事に対して、懐疑的だったりするんだけど……それはともかく。
「まぁ、まだまだ未熟者ですけど、それでいいのであれば。俺自身、訓練中でもありますから」
「リク殿が未熟であれば、国どころか世界で完全な者はいないと思うが……ともあれ、ありがたい」
「私達も、参加してよろしいでしょうか? ルーゼンライハ侯爵様」
「フィネ殿、もちろんだ。ハーゼンクレーヴァ卿の騎士であるそなたなら、兵士達も参考になる。得難い経験になるだろう」
俺が承諾すると、フィネさんも参加を表明し、モニカさんやソフィーも頷く。
フィリーナはちょっとだけ興味深そうに、ユノはむふーっと鼻息を荒くしている。
ユノは多分、次善の一手を教えるとか考えてそうだなぁ。
「それじゃあ、北東の農地に結界を張ってハウス化をした後、シュットラウルさんの持つ兵士さん達と訓練。さらにその後、センテ周辺の農地を順次ハウス化、ですね。さすがに、全兵士を訓練するのは日が経ち過ぎるので……」
「うむ、お願いする。そうだな……ある程度はリク殿たちとの訓練に参加させたいが、こちらも全兵士をというわけにもいかん。リク殿達の手間を考えると、一部の者達に限定しよう。半数程度はセンテに来させて見せておくだけでも良いだろう」
明日以降の予定を簡単に確認。
兵士さん達全員と訓練、というのは時間がかかり過ぎてしまうので、ある程度限定して選抜された人相手に訓練をする事に決まる。
とは言え、見学だけでもとシュットラウルさんの侯爵軍半数を、センテまで来させるようだ……大勢をそんな急に動かす事ってできるのかな? 俺達が別の場所に移動するんだと思っていたんだけど。
シュットラウルさんに聞いてみると、バルテルなど、帝国との不穏な気配が感じられてから、何かあった時のため、迅速に移動できるよう常に準備をしていたとの事だ。
突発的に軍を動かさなければいけなくなった時、ヘルサル防衛戦の時間に合わなかったのを気にしてらしい。
国の東側なので、帝国との戦争で前線になる事はないけど、西南へ派遣するのも考えているとか。
「そういえば、ルーゼンライハ侯爵様は騎士団をお持ちになっておられないのですね。シュタウヴィンヴァー子爵や、ハーゼンクレーヴァ子爵は持っておられるのですが……」
「フィネ殿は騎士団にも所属しておるのだから、気になるか。まぁ、私は騎士団を持って精鋭を揃えるよりも、兵士の均等化を目指しているからな。リク殿がゴブリンを殲滅した際には、その強さに惹かれて勧誘などと愚かな事をしたとは思っているが……」
「ははは……」
ふと気になったと、フィネさんがシュットラウルさんに質問。
そういえば、一度も騎士がいるとは言っていなかったっけ……これまでの話では全部兵士が、だったはず。
シュットラウルさんの説明によると、騎士とはそもそもに兵士の上位……能力の高い精鋭を集めた部隊になるらしい。
戦闘能力だけでなく、魔法の知識や作戦能力、人格なども重要視されるのだとか。
そういった一部の精鋭を揃えるよりも、兵士全体の能力を上げて戦力増強をしようとしているのがシュットラウルさんの考えらしい。
国としては、領地などの管理や一定以上の戦力を保有して有事に備え、対応できるようであれば騎士団を作る作らないの裁量権は持たされているようだ。
それで、クレメン子爵やフランクさんなどは騎士団を持って精鋭をとの考え……もちろん、兵士の質が悪いわけじゃないけど。
それに対し、シュットラウルさんは騎士団を持たず、兵士の質と数の向上を目指している、というわけだね。
どちらが良くてどちらが悪いというわけではなく、両方良い面悪い面があると思うけど、お互い国全体のために切磋琢磨していると言っていた。
まぁ、途中で女王陛下……つまり姉さんにどれだけお役に立てるか、自分こそが領地や国、陛下の役に立っている事を示したい、なんてシュットラウルさんは息巻いていたけど。
権力とか名声のためというより、国と女王様への忠誠心をそれで示すためらしいから、姉さんは慕われているようだ。
ちなみに、シュットラウルさんは戦力増強を信条としているけど、軍事主義というわけでもなく、農地など作物の生産にも精力的だとか。
兵士や民が飢えず満足な生活を送る事で、兵士の質や数、そして国のために働く考えが根付くと信じているとも言っていた。
だからこそ、ハウス栽培で作物の増産にもすぐに協力してくれたんだろうね。
まぁ、軍事的な事しか考えていない人だったら、センテ周辺で作物の多く作られ、集積場としての街として栄えないか……すぐ近くのヘルサルだって、王都を除いて国一番の人口を誇る街にもならないだろうと思った――。
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