第926話 リクのお願い



「折り入ってお願いがあるんですけど……」

「なんだい? さっきも言ったけど、リクさんのお願いならヘルサルの人達は、無茶でも断ったりしないよ?」

「無茶ではないというか、服を扱っているおばさんだから頼める事です。その……」

「成る程、そういう事かい! それなら、確かに私が適任だね! 任せておきな!」

「お願いします」

「?」


 おばさんに考えていたお願いを伝えると、ドンと自分の胸を叩いて請け負ってくれる。

 その際、ちょっとおばさんの声が大きかったので、モニカさんがこちらを見て首を傾げていた。


「じゃあ、さっそく……と言いたいけど、さすがに色々調べなくちゃね。あ、モニカちゃんの方も任せときな。こちらで誰か付けておくから。――おーい、手伝っておくれー!」

「はーい」


 おばさんに連れられて、服が置かれる棚の間を縫って店の奥へ。

 他の店員さんを呼んでもらい、モニカさんに付く人、俺のお願いを実現してくれる人に別ける。

 ……モニカさんと一緒に歩いていて思ったんだけど、顔見知りは俺やモニカさんの事を知っていて、手を振ったり声をかけてくれたりもするけど、それ以外の人は大体モニカさんに注目していた。

 それ自体は、確かにモニカさんは綺麗で目を引くから、当然の事ではあるんだけど……手を繋いで歩く隣の俺が、なんとなくみすぼらしく見られているんじゃないか? という疑問が発生。


 俺の勝手な想像ではあるんだけど、一緒に歩いているうちに不釣り合いな気がしてしまった。

 別に安物でボロボロの服を着ている、というわけじゃないから、本当にみすぼらしく見えているかはわからないけどね。

 だから、このお店に来る事が決まった時、いい機会だと思った。

 そして、道中で考えていた事をおばさんにお願いしたってわけ。


 俺のお願いは、モニカさんと一緒にいても問題ないと思われるくらいに、ちゃんとした服を……という事。

 男の見栄みたいなものだろうけど、モニカさんが今日のためにいつもと違う服装なら、俺もそれに合わせた方がいいかなと思ったんだ。

 今更だし、お昼も過ぎているから短い時間だけではあるけどね。

 おばさんにお任せして、トータルコーディネートとは言わないまでも、旅装ではなく一般的より少し上等な服を見繕ってもらう。


 その際、オーダーメイドとかではないけど、細かいサイズがわかった方がちゃんとした服が選べるからと、体のあちこちを測ってもらう。

 さすがに規格化された、センチとかの計る単位がないようなので正確な数値とかは出ないけど、紐を巻いたりしてそれをもとにサイズを調べていた。

 調べたサイズから、合う服をおばさんや店員さんが選び、何度かの試着。

 俺が選ぶと、機能重視というか動きやすさ優先で簡素な服になりそうだし、俺自身にそういうのを選ぶセンスがないとわかっているし、なんでも似合うわけでもないからね。


 おばさんのお店は、貴族御用達とかの高級なお店ではないけど、それなりに多くの服を扱っているから色々なデザインの服がある。

 それこそ肌着はもちろんの事、帽子や靴などもあって全身に身に着ける物を用意してもらえる。

 さすがに戦闘する際に身に着けるような物はなかったけど。


「ふむふむ……こんなもんかね?」

「はい、そうですね。リク様によくお似合いです」

「そうだね。リクさんは細身だから、体型を隠すよりもむしろ表に出した方がいいだろうからね。まぁ、男だから強調するわけにはいかないけど」

「あまりゴテゴテと装飾を付けたりせず、シンプルなのもいいですね」

「おぉ……これが俺……」


 何度目かの試着後、俺を見て満足そうに頷くおばさんと店員さん。

 はっきりと姿を映す鏡はないけど、ぼんやりと自分の姿を見られる物はあるようで、それを見たり自分で見下ろしたりして、感心してしまった。

 黒いズボンは、少し足にピッタリする感じで、白いシャツはワイシャツに近い形かな? 清潔感があるように。

 さらに、青いジャケットっぽい物に袖を通すと……ちょっとおしゃれなサラリーマン風!


 って、サラリーマンかぁ……俺、ちょっとしたバイトならやった事があるけど、会社勤めはした事ないんだけどなぁ。

 ちなみに、生地にはこだわっているようで、着心地はいい……まぁ、いつもの動きやすい服装と比べると、気になる部分もあるけどそれは仕方ない。

 スーツとかは着た事がないけど、多分こんな感じなのかなぁ? いや、生地から肌触りまで、色々と違う事があるんだろうけど。


「どうだい、リクさん?」

「ちょっと、服に着られている感はありますけど、さっきまでより全然いいと思います」

「まぁ、着慣れないからだろうね。でも、ちょっと背伸びしている感じもあって、モニカちゃんにはばっちりアピールできると思うよ?」


 清潔感のある大人びた服への一歩……みたいな感じで、着こなせていない感じはする。

 実際慣れていないし。

 でも、それもまたモニカさんへのアピールポイントだと言うおばさん……何をアピールするんだろう?


「私のために頑張ってくれている、というのが女性には高ポイントです! 相手にも寄りますが……」

「そ、そうなんですね……」


 少し興奮した様子で話す店員さん。

 相変わらず、高ポイントがなんなのかわからなかったけど、ここまで言ってくれるのなら大丈夫なんだろう。


「ほらリクさん、行っておいで!――モニカちゃーん!」

「はーい」

「おっとと……」


 背中を押される……と言うより叩かれる感じで、モニカさんの方へ送り出される。

 俺がバランスを取る間に、おばさんがモニカさんを呼び、いくつかの棚の向こう側から返事が聞こえた。

 慌てて、着慣れないながらもおばさんや店員さんに選んでもらった服を直し、モニカさんの方へ向かう。

 今までこういう事はほとんどなかったため、にわかに緊張してしまう。


「……えっと、モニカさん。お待たせ……」

「あぁリクさ……わぁ、凄く似合っているわ! このために、おばさんと奥へ行ったのね?」

「う、うん。まぁね……」


 おばさんに呼ばれたからだろう、モニカさんもこちらへ移動していたようで、店の真ん中あたりで対面する。

 緊張からか、気恥ずかしさからか、なんとなく小声になりながら声をかける俺。

 モニカさんは、声をかけようとして俺の服が違う事に気付き、手を合わせて口元に持って行かせながら褒めてくれた。

 良かった……おばさんや店員さんのおかげだけど、モニカさんも喜んでくれたみたいだ。


「これなら、今日のモニカさんと一緒に隣を歩いていても、違和感はないかなって」

「え……リクさん、そんな事を考えてくれていたの? その……私は、いつものリクさんでも気にしなかったのに……」


 新しい服を披露しながら、真っ直ぐにモニカさんを見つめる事ができなくて、顔を逸らしながら理由を説明。

 モニカさんの方は、特に気にしていなかったようだけど……なんでだろう、一緒に歩いているうちに俺が気になってしまったんだよなぁ。

 女性と一緒に手をつないで歩くなんて、小さい頃に迷子にならないよう手を繋いでくれた姉さん以来だから、慣れていないのもあるんだろうけど――。



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