第844話 獅子亭二号店の構想



「とにかく、マリーも言っていたがこのままじゃ誰かが倒れるまで、忙しさが続く事になるからな。新しく雇う人選を進めないと。ルディも、獅子亭を離れて自分の店を始めるのもできないだろう」

「いえ、俺はマックスさんに指示できて、毎日勉強できているので……それに、自分に不足している事も改めて認識しました。まだまだ、自分の店を開くのは先だと考えていますよ」


 毎日お店が盛況なのはいい事だけど、働いている人が休みなくフル回転でというのは、いつまでも続ける事ができないと思う。

 一日や二日くらいだったらまだしも、ずっとだからね……よくよく見ると、マックスさんの目の下には薄っすらと隈があるのがわかるから、疲れが取れる程休めていないんだろう。

 マックスさんもその事は十分に考えているようで、そのうえルディさんの今後の事も考えている様子。

 俺から見ると、ルディさんも料理人として不足はないように見えるんだけど、本人はまだまだだと否定している……料理人だけにわかる何かがあるのかもしれない。


「これだ。まぁ、確かに今すぐというわけにはいかないだろうが、いずれは考えなければいけない事だ。……いっその事、獅子亭の支店として新しい店を作るか……そうすれば、客も分散してくれるだろうしな」


 それって、二号店を作るとか暖簾分けとかかな。

 獅子亭と同じ味の料理が二つの店で食べられるなら、確かにお客さんは分散するだろうけど……それも人を雇ってからになりそうだね。

 今は獅子亭自体が狭く感じる程のお客さんが入っているけど、店を別ける以上どちらも客を捌くために人手が必要だし。

 ルディさんは自分の味で勝負、というようなお店ではないからどう考えるかわからないけど、人手を確保できるのなら悪くない手段なんだろうなぁと思いながら、マックスさんとルディさんが話すのをなんとなく聞きながら、仕込みに集中する事にした。

 ……お店を出すとか、俺にはよくわからない話だからね。



 ――仕込みを手伝っていると、大量の食材を持ったモニカさん達が帰って来て賑やかになった。

 皆、一杯になって食材がはみ出る程の麻袋を抱えているから、相当な量だ。

 仕入れた食材も追加で下処理をするので、それも手伝う。


「まったく、母さんは人使いが荒過ぎるわ。お店を手伝うためにここへ寄ったわけじゃないのに……」


 俺がマックスさんの手伝いをしている中、モニカさんは厨房でマリーさんやカテリーネさんと一緒に仕入れた食材の整理をしながら、愚痴を言っている。

 保管する物や仕込みをする物などに分けている。

 ソフィーや他の人達は、ホールの方で座って休んだり、掃除を担当しているようだ。


「何を言っているの、食事して寝泊まりしているんだから、これくらい手伝いなさい。働かざるもの食うべからずは、冒険者の鉄則よ。それに、前はこれくらいやっていたじゃない」

「それはそうだけど、今日みたいに多くの食材を仕入れたりはしなかったわ。まぁ、久しぶりに市場の人達と会えて楽しかったけど……」


 ルディさん達が働き始める前……俺が冒険者になる前は、モニカさんもよくマリーさんと仕入れに出かけていたからね。

 愚痴るようにこぼしてはいても、久しぶりに顔見知りと会えて楽しかったんだろう。

 それでも言わずにいられないのは、両親がいる事と実家にいる安心感のようなものだろうか……? 甘えているのかもしれない。

 普段のモニカさんなら、これくらいを手伝うのは特に気にしないし、実際に必要な物を買い揃える時には一番に動いてやってくれるからね。


「まったく、本当にちゃんと冒険者としてやっていけているのかしら? リクに迷惑をかけていなけりゃいいけど……」

「リクさんには……かなう気は全くしないけど、ちゃんとやっているわよ」

「モニカさんにはいつも助けてもらっていますから、大丈夫ですよマリーさん」

「そうかしら? リクは優しい子だから、迷惑な事も笑って許してくれるだろうけど……モニカ、リクに甘えてばかりじゃ駄目よ?」


 文句を言うモニカさんだけど、そこはやはり母親であるマリーさんにはかなわないようで、逆に反撃されている様子。

 ともあれ、モニカさんに助けられている事は多くあれど、迷惑な事は一つもないと、会話に加わって助け舟を出す。

 野宿する時は料理を担当してくれたり、全体的なお金の管理をしてくれていたり……ルジナウムではユノやエアラハールさんの面倒を見ながら、調査をしてくれたりもして、助かっている事ばかりだからね。

 それでも、母親としてモニカさんの事が心配なのか、マリーさんはなおも言い募る。


 そんな二人のやり取りをちょっと羨ましく思いながらも、微笑ましく見ながら仕込みの手伝いを進めた……俺にはもう母親はいないからね、姉さんがいてくれるけど。

 まぁ、モニカさんにとっては、小言を言われているようで微妙なのかもしれないなぁ――。



「リク様、お待ちしておりました。奥でヤンさんとクラウス様がお待ちです」

「はい、ありがとうございます」


 獅子亭での仕込みなどの準備を手伝い、昼食を食べさせてもらった後、クラウスさんと話すために冒険者ギルドへ行き、受付の前に行くと話が通っていたようで、奥へ通される。

 来ているのは俺とアルネだけだ……あ、エルサも相変わらず俺の頭にくっ付いていたね。

 農場の話は、結界の事とかになるはずなので、モニカさん達はあまり参加できないだろうと獅子亭に残ってお手伝い中だ。

 昨夜の盛況ぶりを見て、見かねたモニカさんが手助けをしたいとの事……マックスさんやマリーさんには言っていないけど、なんだかんだあってもやっぱり両親の助けになりたいんだろうね。


 アルネは結界というより、魔力補充用にフィリーナが施した魔法具化の確認もあるため一緒だ。

 フィネさんは、慣れないながらも少しくらいは手伝いができるだろうというのと、マックスさんやマリーさんから元Bランク冒険者としての話を聞きたいらしい……ソフィーも似たような感じだね。


「失礼します」

「おぉ、リク様! お会いしたかったです……!」

「……クラウスさん、久しぶりという程ではありませんが、ご無沙汰しています」

「リク、挨拶をするのはいいんだが、俺を前に押し出すのはどうなんだ?」


 冒険者ギルドの奥にある一室、まぁ、昨日と同じ会議室なんだけど……そこに入るとすぐ、先に来ていたクラウスさんが立ちあがり、両手を広げて俺に寄ってくる。

 クラウスさんは、俺のファンを公言しているのはまぁ嫌ではないんだけど、喜びのあまり抱き着いて来るような感じだったので、ついアルネを前に押し出して背中に隠れてしまった。

 多分、本当に抱き着かれるわけではないだろうし、クラウスさん自身も俺に会えた喜びの表現なんだろうけど……俺には中年男性に抱き着かれたいとかの趣味はないので、体が勝手に反応しちゃったんだよね。

 アルネ、盾にしてごめん……それとトニさん、後ろからクラウスさんの服を引っ張って止めてくれてありがとうございます――。



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