第841話 まともになったルギネさん?



 エルサを追いかけてきた皆を見て、厨房の隅で固まるのもどうかと考えたんだろう。

 マックスさんがマリーさんに確認を取り、ちらりとホールに残っているお客さんを見て、頷き返した。

 それを受けて、マックスさんは俺達を含む皆に号令を出し、店仕舞いを開始……当然、お客さんが帰るまでホールの方はそれとなく、くらいだけど。

 ただ、料理の手伝いをしていた時、手が空いたらやっていたんだけど……それでも料理皿を洗う作業はかなりの量だったから、厨房の片付けは忙しなかった。


 明日の準備や、皆の夕食も作らないといけないからね。

 獅子亭のマックスさん達だけでも八人、そこへ俺達が来たから六人分……エルサのも合わせると七人分以上が追加になる。

 ユノやエルサは、二人分くらいは食べるだろうからなぁ。

 ともあれ、お客さんが帰るのを待ってから皆で一気に片付けて、その間にマックスさんやルディさんが夕食を作って、皆で食事の開始だ。

 もう、他だと寝る準備を始める頃だから、随分と遅い夕食になってしまった。


「それじゃ、マックスさん、マリーさん、皆さん、お疲れ様でした」

「おう。気を付けてな」

「はい」


 獅子亭の料理に感動するアルネやフィネさんを、皆に紹介しながらの夕食を終え、カテリーネさんとルディさんが帰宅。

 あの二人は別で住んでいるからね。

 夜も遅いので、念のためにアンリさんやグリンデさんとミームさんが、用心棒代わりに家まで送るようになっているらしい。

 冒険者だから、グリンデさんとミームさんだけでもいいんだけど、アンリさんは二人のお目付け役らしい……まぁ、小柄なグリンデさんとか逆に絡まれやすそうだし、ミームさんは冷静なんだけどフラッとどこかへ行きそうな雰囲気だからね。


 ……女性が多いしアンリさん目当てに男達が集まって来そう、とも考えられるんだけど、背中にでっかい斧を背負っているから、近寄りがたくて牽制になっているのだとか。

 カテリーネさん達を見送り、とりあえず一息……と行きたかったんだけど、マリーさんのリクエストで久しぶりに俺が淹れたお茶を飲みたいと言われたので、全員分を用意。

 ヒルダさん程美味しく淹れられないけど、見て覚えた部分もあるので、以前よりは美味しくなっていると思う。


「ふぅ~……やっぱり、リクの淹れてくれたお茶が一番美味しいわ」

「俺も、それなりに上達させたんだがな……悔しいが、これには負けるな」

「ははは、王城でもっと美味しく淹れてくれるヒルダさんがいるので、淹れ方を見て頑張りました」


 マリーさんに褒められ、マックスさんは悔しそうにしているけど、ヒルダさんはもっと美味しく淹れられるからなぁ……嬉しいけど。

 モニカさんやソフィー、フィネさんやアルネも美味しそうに飲んでくれているから、いいか。

 ユノは手伝った事と、満腹になったのでお茶には手を付けず、椅子に座ったままエルサを抱いてこっくりこっくりと船を漕ぎ始めている……いつもならそろそろ寝る時間だから仕方ないか。

 エルサの方は、夕食前までアンリさんに抱かれて満足そうにしていて、今は予想以上に大量の料理を食べて別の満足感でユノに抱かれたまま、同じくほとんど寝ているような状態だ。


「あれ? そう言えばルギネさん?」

「な、なんだ!? いや、なん……でしょうか?」

「慣れない喋り方はしなくても大丈夫ですけど……ソフィーがいるのに、静かなんですね?」


 自分の淹れたお茶を飲みながら、ふと思い出してルギネさんに声をかける。

 急に呼ばれて驚いたのか、大きな声を出したルギネさんは、すぐに改めて畏まった喋り方になるけど、なんで急に? マックスさんやマリーさんに、接客をする際にと言われて変えたんだろうか?

 ともかく、ソフィーがいるのにおとなしい……どころか、時折俺をチラチラと見ているくらいで、静かな様子に違和感を感じた。

 俺が聞くと、ルギネさんとは離れた場所に座っているソフィーが、コクコクと何度も頷いているけど、気になっていたんだね。

 この様子を見ると、休憩のために奥へ一緒に行ったはずの時も何もなかったみたいだ……まぁ、あの時は手伝い直後で疲れていたというのもあるだろうけど。


「いや、私は……前回ソフィーに会った際に、ある程度納得してしまったからな。私達のパーティに入るのではなく、Aランクで英雄のいるパーティにいる方が、将来的にもいいと」

「……ほっ」


 ソフィー、露骨に安心した溜め息を吐いたら、ルギネさんに失礼じゃないかな? 今まで色々とパーティに勧誘されたりと、面倒だったのかもしれないけど。

 ともあれ、ルギネさんはソフィーをパーティに誘うのを諦めたようで、必要以上に絡む事はなくなったらしい。


「……というより、マリーが懇々と説教をしていたから。あれは、一日くらい続いたか……耐久力を試したいるのかとも思ったぞ」

「そうなんですか、マリーさん?」

「有望な冒険者を、自分達のパーティに誘うのは珍しくはないし、悪い事じゃないわ。けど、相手が嫌がっているのがわかるのにしつこく誘うのはね。それに、人を誘うだけじゃなく、パーティに入りたいと希望されるくらい自分達が活躍しなさい、って言っただけよ? 人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、男を除外して女だけを集めようとするのはどうかと思ったというのもあるわね。まぁ、確かに女目当てにパーティへ誘ったり、パーティへ入る邪な輩もいるから、警戒するくらいなら問題ないんだけど……ルギネ達は過剰に過ぎたから」

「うぅ……その節はご迷惑をおかけしました」

「……何かあったんですか?」

「まぁ、なんだ。獅子亭には冒険者も来るからな。ルギネ達を誘うのもいたわけだ……それとなく躱したり、俺達に頼れば事を荒立てないよう追い出したんだが……多少手荒に拒否をしてな。暴れたわけじゃないから、問題ないと言えば問題ないんだが、それがマリーに引っかかる部分があったらしい」

「母さん、厳しい時は本当に厳しいから……」


 ソフィーの事を諦めた原因だったり、以前のように無暗に絡んできたりしなかったのは、マリーさんの説教が一番の理由だったみたいだ。

 マックスさんに言われてマリーさんに聞くと、長々とルギネさん達への注意点を上げて、それを聞いていたルギネさんは説教をされた時の事を思い出したのか、体を縮めて俯く。

 よっぽどマリーさんの説教が堪えたみたいだ……一日も延々と説教をされたら、体力的にも精神的にも堪えるか……その時の獅子亭の営業はどうしていたのか気になるけど、マックスさん達が代わりに頑張ったんだと思う。

 獅子亭は、格式高いレストランではなく、街の定食屋といった風情だから、ガラの悪い人が来る事もあるのは俺も知っている。


 実際に、モニカさんへ絡もうとしていた男がいたりもしたからね……マリーさんが軽くあしらって撃退していたけど。

 とはいえ、お客さんでもあるのだから、不必要に騒ぎを起こすのも不味いわけで……マリーさん達に相談していれば簡単い解決したのを、荒立ててしまったんだと思う。

 今はともかく、以前のルギネさん達ならそうなっただろうと容易に想像できる。

 以前も、喧嘩のようになって物を壊したとかもあったしね……。



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