第836話 ソフィーが気になる剣



「だろうな。熱く熱された金属が、ずっと肘に張り付いている状態だ……今は手に持っているからすぐに話せるが、装備している時に使うのは避けたいな」


 数秒程度で発動を終わらせたくらいでも、結構熱いのに……今のアルネのように、手で持って焚き火に火を付けるくらいしか用途がなさそうだ。


「火を付ける以外に、何かの用途があったのかもしれないが……そこまでは読み取れないな。なぜ肘当てなのかもわからない……」

「アルネもわからないんだね……」


 値段からすると、失敗作なのかどうかも判別できないので、この肘当てが何を目的にして作られたのか、アルネも俺も予想できず首を傾げるばかりだ。

 意外と、説明に書かれている通り、本当に焚き火に火をつけて魔法使い気分を味わうだけの物なのかもしれない……魔法が使えない人もいるから。

 ……魔法が使えなくても、誰でも買えるような金額で、点火用の魔法具って売っているんだけどね……一般の家庭とかで広く使われている物だ。


「まぁ、用途のわからない物もあるが、興味を惹かれる物……というより、何を目的に研究していたかが透けて見える事もある。中々参考になる。人間が作っている物がほとんどだと見えるから、もう少し術式を改善したら……と思う物もあるがな」

「魔法具に関しては、アルネの方が良く分かっているからね。ソフィーやモニカさんが使っていた武器も、改良したくらいだし。それでも、研究に役立つのなら連れて来たかいがあったかな?」

「そうだな。そのまま研究に役立つかはともかく、発想を楽しむ事ができるし、柔軟な考えにもなれる。一人で研究していると、固執した考えになってしまう事もあるからなぁ」


 柔軟な考え……と言えるのかはともかく、自由な発想で色んな事を試しているのを見る事ができて、アルネとしては楽しめているようだ。

 これなら、イルミナさんのお店に連れて来て良かったね。


「お、リク! ちょっとこれを見てくれ! 中々良さそうだ!」

「ん、ソフィー?」


 アルネと話しながら、微妙な効果の魔法具を見ていると、イルミナさんから武器を売り込まれていたソフィーが、剥き出しのままで剣を持って来た。

 今は他にお客さんがいないからいいけど、剥き出しの剣は危ないから、持って移動する時は鞘に納めようんソフィー? それだけ、興奮するほどの物が見つかったんだろうけど。


「この剣、どうだリク? これまで使っていた剣も中々だが、こちらは斬れ味を特化させた物だ。場合によって使い分ければと思うんだが?」

「へぇ~、斬れ味特化かぁ……ソフィーには合っているのかもね。でも、見た目は他の剣とそう変わらない?」


 ソフィーが持って来た剣は、なんの変哲もないショートソード。

 少し剣身が他の物より長いかな? くらいで変わったところは特に見られない。

 剣の目利きはできないからわからないけど、特に鋭く斬れるような物にも見えない……何か仕掛けがあるんだろうか? って、イルミナさんの店に置いてある剣だから、当然あるか。


「これはな、こうして魔力を注ぐと……ほら、どうだ? 振動させて、よく斬れるようにした剣みたいだ」

「確かに振動しているね……けど……」


 ソフィーが楽しそうに剣を掲げながら、魔力を通して剣に組み込まれている魔法を発動させる。

 ブゥ……ン……という小さな音と共に、振動を始める剣身だけど、その振動はソフィーの腕まで振るわせるほど大きく、しかも大きくなったり小さくなったりと一定じゃない。

 傍から見ていると、ソフィーが自らプルプルと腕を振るわせて振動させているようにも見える。

 あと小さく振動している時は、音だけでそれなりに高速で振動しているように見えるけど、それでも目に見えるくらいだから斬れ味に大きく影響しそうにない。


「……言いにくいが、少々振動が不規則にすぎないか? それに、振れ幅も大きい。微振動による斬れ味の向上は、書物で研究されている記録を見た事があるが……本当に斬れ味を大幅に向上させるには、規則正しい振動にを継続させ、振動そのものも小さく、だが強くするという方法だったはずだ。まぁ、結局私が発見した書物では、研究は完成しなかったようだが……」


 振動させる刃物に関して、俺は詳しくないからわからないけど……アルネの言うように欠点ばかりで、むしろ振動させない方が良さそうとすら感じる。

 確か、高周波振動機を付けた医療用のメスとか、日本にいる時に聞いた事があるけど……見た事がないからよくわからない。

 漫画とかなら、高周波ブレードっていうのを見た覚えがあったりするけどね


「むぅ……そうか……斬れ味の鋭い剣として使えるなら、悪くないと思ったんだが……」

「……考えとしては悪くないかもしれんな。エルフはどうしても魔法に頼る傾向にあるから、その剣のような発想は人間だからこそだろう。魔法でどうにかではなく、魔法を組み合わせて効果を向上させるというのは、面白い考え方だ……まぁ、成功例は少ないようだが」


 残念そうに呟くソフィーに対し、否定しながらも面白い物を見るような視線を剣に送るアルネ。

 剣が実際に求めていた効果が得られているかはともかく、その考えや発想に興味を持っているみたいだね。

 もしかすると、クォンツァイタや魔力を練る研究が一段落したら、イルミナさんの店で見た武具からヒントを得て、何か新しい物を作ってくれるかもしれない。


「そういえば、リクの剣はこの店で買ったのだったか。他の商品を見る限りだと、掘り出し物を見つけたと言うべきか……いや、魔法発動状態の剣を持てるのが、リクしかいない以上他の商品と似たような感じなのかな?」

「あれは……仕入れ値も凄く高くて、使える人が使えば凄い剣だと思って仕入れていたんです。けど、やっぱりリクさん以外に使える人はいませんでした……」

「そういえば、売れ残っていたんでしたね」

「えぇ……他の商品だったら、近い値段の物も売れたりするんですけど、さすがに誰も持って触れないような剣は売れなくて……鞘に入れておけば大丈夫なんですけどね」


 ふと思い出したように、イルミナさんへと視線を投げかけたアルネ。

 俺の剣は売れ残ってしまっていて、イルミナさんもどうしようか困っていた商品らしい……まぁ、言っているように誰も扱えない剣なんて、好んで買おうとは思わないよね。

 ルギネさんとか、抜き身の剣を持った瞬間に倒れちゃったし。

 ちなみに後で聞いた話だけど、金貨十枚という高値だったのはあれでもかなり値引きしていたそうだ……仕入れ値より安かったらしく、いわゆる原価割れ状態で、とにかく在庫をさばこうと必死だったらしい。


 まぁ、買った時の値段より高い仕入れ値で、誰も扱えない事がわかっているのに仕入れるというのは、正直どうかと思うけど……剣を見た時に凄く惹かれてしまったんだとか。

 ともあれ、仕入れ値よりも安く手に入った俺としては、イルミナさんには申し訳ないけど得した気分だ……おかげで凄く役に立っているし、刃こぼれもしないからね。

 一応仕入れ値くらいになるよう、差額を払おうとも言ったんだけど、一度お互いが納得した金額で売った物だから受け取れない、とイルミナさんに固辞された。

 商売人としての矜持とかだろうか?



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