第763話 エルサにキューをあげて冒険者ギルドへ



「よし、とりあえず荷物は置いたから、皆と合流しよう」


 宿に入り、個室で持っていた荷物を置く。

 あとはフランクさんに報告へ行くだけだから、一応剣を下げるくらいで特に荷物は必要ないからね……最低限のお金は持っているけど。

 本当は、報告後にブハギムノングへ行って一泊するかなと思っていたんだけど、補修はしてあっても穴だらけになっているテントを新調するため、今日はルジナウムで過ごす事になった。

 ……荷物を置くだけなら、ルジナウムに留まるモニカさんやユノの部屋に置いてもらおうかと思っていたんだけどね。


 宿を取る際に、受付をしてくれた人から「街を救った英雄様からお金は取れません!」なんて言われたけど、そこは商売なんだからと、きっちり宿代は払わせてもらった。

 さすがにちゃんとした商売をしている宿屋に、無償で止まるのは気が引けるからね。

 ちなみに、ずっとユノ達が止まっていた宿ではなく、それなりに値が張るいい宿になっているんだけど、それはここ数日ずっと野営ばかりだったから、たまには少し贅沢を……という事で、ソフィーとモニカさん、さらにエルサの意見が合った。

 まぁ、おかげでそこそこ広めな男女別のお風呂があったり、言えば貸し切りにしてくれるんだけど。


「お風呂に入りたいのだわー」

「ははは、まぁ今日の夜にでもしっかり洗ってあげるから、今は我慢だ」

「……むぅ、だわ。代わりにキューを要求するのだわ!」

「もしかしなくても、キューを食べたかったから言い出したとかじゃないよな? まったく……」


 部屋の外に出る前に、エルサが頭にくっ付いたまま急に話始めたと思ったら、お風呂を我慢する代わりにキューの要求……狙ってたな。

 宿を変えるのにエルサが同意した理由は、ゆっくり入れるお風呂のためなんだろう……野営中はお湯に浸かったり体を洗ったりはできなかったわけだし。

 移動だったり、逃げる男を追いかけたり、さらに兵士さん達を相手に試乗会をしたりと頑張ってもらったので、仕方ないなと思いつつ、今置いたばかりの荷物から残りのキューを出して渡す。


「そのまま食べてもいいけど、涎は垂らさないでね?」

「保証はできないのだわ~」

「はぁ……おっと、のんびりしてたら皆を待たせちゃうか。買い物をしないといけないから、急がないと。キューも買わないともうなくなっちゃったし」

「キューは、何事においても最優先なのだわ!」

「はいはい、わかってますよ」


 エルサに注意しつつ、部屋を出て扉の鍵を閉める。

 最近は慣れたのか、キューを食べていてもよだれを垂らす頻度は減ったけど、絶対ないわけじゃないから、止めて欲しいんだけど……こればかりは仕方ないか。

 溜め息を吐きながら、皆を待たせないように階段を降りて宿のロビーへ向かった。

 フランクさんへの報告以外にも、テントを新しくしないといけないし、のんびりしてたら日が暮れてしまうからね――。



 宿で皆と合流した後は、冒険者ギルドに向かう。

 道中、ユノにエアラハールさんがトラブルを起こしたりしていなかったかと聞いたら、やってしまいそうだったので、ここ数日は剣を抜く事を決めたそうだ。

 さすがにエアラハールさんでも、ユノに剣を抜かれたらたまらないため、自重するようになったらしい。

 ……だから、再会した時俺と話しながらも剣の柄に手を当てて、いつでも抜けるようにしていたのか……トラブル防止のためとはいえ、街中で危ない事はないように願いたい。


「すみません、フランクさんは……」

「リク様! お待ちしておりました。先んじて、フィネさんが戻って子爵様と会っております。こちらへ……」

「よろしくお願いします」

「ワシは、堅苦しい話はしたくないからの。ここらで適当にしておるわい」


 冒険者ギルドに到着後何度も来ているから、俺の顔も覚えられているしフランクさんがよくいる部屋への行き方もわかるけど、わざわざ案内してくれるようだ。

 受付の女性について行こうとすると、エアラハールさん、ソフィー、ユノはこの場に残るとの事。

 まぁ、偉い人となるべく接したがらない様子を見せるエアラハールさんはともかく、ユノは見張りで、ソフィーは適当にギルドへの依頼を確認して近況を調べるつもりみたいだね。

 ブハギムノングへの移動や、王都へ帰る予定も考えると、以来を受けたりはできないけど、どんな依頼があるかでなんとなく周辺の様子を探る事ができるらしい……エアラハールさんもいるから、そのあたりの話もするらしい。


 ……今後のために俺も参加したかったけど、フランクさんへの報告の方が重要だから、仕方ないね。

 ソフィー達を置いて、モニカさんと二人でフランクさんのいる部屋へ向かった……あ、エルサもいるよ。


「失礼します。ハーゼンクレーヴァ子爵様、リク様がお見えになりました」

「うむ」

「失礼します。フランクさん、報告に来ました」

「おぉリク様、数日ぶりです。フィネから簡単な報告は聞いておりますが……ノイッシュ殿も同席してよろしいでしょうか?」


 案内の女性は、フランクさんに声をかけた後部屋を出る。

 それを見送った後、フランクさんに声をかけて挨拶。

 座っていた椅子から立ち上がり、歓迎してくれる姿勢なのはいつも通りだけど、今日は部屋にノイッシュさんもいた。

 フィネさんはフランクさんの向かいで、今まで報告をしてくれていたようだ……他には誰もいないので、コルネリウスさんは今回同席しないようだ。


「ノイッシュさんもですか? でも……」

「リク様が懸念している事はわかります。ギルドと国との関係ですね。ですが、同席する条件として、ノイッシュ殿からは口外しない、冒険者ギルドとしての考えを持ち出さない、と約束して頂いております」

「ギルドとしてではなく、という事ですか? それならまぁ」

「実は、ノイッシュ殿はリク様が今回何をしていたのか……というのは知っているのですよ。というより、情報共有と協力のために、私の独断で話させて頂きました。……もし、女王陛下の意向に背くと判断されたのであれば、処罰を受ける所存です」

「いや、そこまで大事ではないと思いますけど……」


 元々、冒険者ギルド側に今回の目的やら何やらを知られないようにしていたのは、冒険者が国の軍に強力するからという事。

 自由意思が尊重されるから、絶対ダメではないんだけど、姉さん達の国側から持ちかけられた話なので文句は言われる可能性が高いと、内緒にしていただけだからね。

 絶対に知られちゃいけない! とか、情報を漏らす者は徹底的に処分する! と言う程ではない……と俺は思っている。

 だから、国に対してギルド側が何かを言ったり働きかけたりする事がないのであれば、問題はないはずだ……多分。


「まぁ、約束もしているから、俺からは何もうるさく言うつもりはない。ギルドマスターとしては言わなきゃならんが……ここにいるのはただのノイッシュ個人であると思ってくれ」

「ギルドは他国にも広がる組織……情報を共有し、協力をしていて損はないですからな。……よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ。ギルドマスターとして何も言わない、という事であれば問題はないと思います。まぁ、本来怒られるのは俺なので、それがないのであれば大歓迎です。意見は多くあった方がいいですからね」



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