第757話 模擬戦の申し込み



 とりあえず……俺の後ろで何やら話しているモニカさんとソフィーは、もっと大袈裟な事を言っている気がするので、スルーするとしよう。

 とりあえず、今はフィネさんとの模擬戦の事だから、そちらに意識を集中させた。


「リク様はAランク……私はBランクです。もちろん、ランクだけで実力が測れるものではありませんが、これでもBランクに相応しい実力を持っていると自負してます」

「まぁ、フィネさんがBランクに相応しくないとかは、全然考えていませんけど……」


 あまりよく見たわけではないけど、突入する際に見たフィネさんの動き、以前のキマイラにコルネリウスさんが無謀に突撃した際の動きを見て、フィネさんがBランク相応の実力を持っているのはあかっているからね。

 だからといって、マックスさんやマリーさん程……とまで考えられないのは、フィネさんの実力不足というよりもお世話になっていた贔屓目があったり、経験によるものだろうと思う。

 長年冒険者をやって様々な経験をしているマックスさん達に対して、フィネさんはまだ若いから……そうは言っても、俺やモニカさんよりは年上のはずだけども。


「私程度では、リク様に模擬戦を申し込んでもそちらに利点はないかもしれませんが……どうか、お願いできないでしょうか?」

「うん、いいですよ」

「負けるのは当然としても、全力で……え、は? 今なんと?」

「だから、いいですよ。模擬戦、やりましょう」

「……ダメ元でお願いしたつもりだったのですけど……お願いした私が言うのもなんですが、本当に良いのでしょうか?」


 フィネさんの模擬戦の申し出を受けて、頷いて承諾すると、なぜか信じられないといった表情。

 ダメ元でって、俺に断られる可能性が高いと思っていたみたいだ。

 俺と比べてフィネさん自身の自信がないとか、力不足だと考えていたからみたいだけど、そんな事はない。

 マックスさん達程ではなくとも、フィネさんは俺よりも冒険者としての経験は豊富だろうし、戦いに関する経験も当然豊富。

 むしろ、俺の方からお願いしたいくらいだね。


「それじゃ……とりあえずマルクスさんに、何か俺がやる事はないか聞いて来ます。何もなかったら、模擬戦をしましょう。まぁ、もう俺がやれる事はのこっていないと思うので、大丈夫でしょうけど。あ、もし何かあって時間が取れなかった場合は、明日でもいいですか?」

「……はい、わかりました。リク様がお戻りになるまで、精神統一をして万全に整えさせて頂きます」

「そんなに大袈裟にしなくても……それじゃ、ちょっと行ってきます」


 拘束した人達は全員王都に連行されたし、調査に関して昨日の強で新しい事が判明しているとは考えにくい。

 多分大丈夫だろうけど、一応確認してから模擬戦をするため、さっさとマルクスさんの所へ行く事にした。

 フィネさんは、待つ間に精神統一……って、模擬戦なのにそこまでとは思うけど、それだけ真剣なんだと思っておこう。

 とにかく、やる事がないならあまり待たせてもいけないため、マルクスさんが調査を続けている建物へと小走りに向かった――。



 大体二時間くらい経った頃、マルクスさんとの話を終えてフィネさんと対峙する。

 マルクスさんとはちょっと話し込んでしまったけど、ほとんどが確認事項とかそれくらいで、俺が何かをやるような事はなかった。

 その話の中で、逃げた男と一緒にいたもう一人の男の話を聞いた。

 そういえば、俺は直接調べたり聞いたりしなかったけど、もう一人男を捕まえたんだった……もう王都に向けて連行されて行ったけど。


 その男自体は、詳しく何者か……まではまだわかっていなかったようなんだけど、逃げた男と一緒にいたのは離れた場所で合流したかららしい。

 元々、一部の人間には問題が生じた際にどこかで合流する手筈になっていて、追っ手から逃げるようにしていたようだ。

 まずは追っ手を撒いて自分達の事を知らない街や村を経由し、足取りを掴まれないように各場所を転々とするつもりで、エルサに魔法を放ったあの男は各地に潜んでいる仲間との連絡員の役割もあったみたいだね。

 まぁ、どこの場所にどんな人間を潜ませているかまでは、詳しく知らない部分も多く、あまり情報を与えられていないらしいけど、王都でじっくり調べれば多少は有用な情報も引き出せる可能性が高い、とマルクスさんに言われた。


 以前から予想していた通りに、各地に工作員というか、何者かを潜り込ませているのが確定したので、どう炙り出せば……と悩んで長めに話し込んでしまったんだよね。

 結果として、ここで悩むより王城にいる人達と相談して考えた方がいいという結論だったけど……。

 建物の調査や、拘束した人の取り調べが進めば、また新しい情報が出てくるかもしれないし、それからという事でもある。

 あと、当然の事ながら冒険者ギルドの方にも調べてもらう必要性もあるみたいだね……まぁこれは、逃げた男が元冒険者で、というのが大きな理由ではあるけど、ランク制があって人となりが見られるとしてもあまり詮索する事がない冒険者なのだから、当然紛れ込んでいる人がいるだろうから。


 王都で中央冒険者ギルド、つまりマティルデさんと話さなければとかなんとか……なんとなく、これは俺がお願いされそうな雰囲気。

 国の権力が及ばない組織でもあるから、お偉いさんが話すよりも冒険者が直接に話した方がいいかもしれない……というのはマルクスさんの意見。

 多分、王都に戻ったら姉さんとかヴェンツェルさんあたりからお願いされそう……マティルデさんと話すのが嫌というわけではないから、もし頼まれたら受けるつもりだけどね。


「それじゃリクさん、力任せに戦わないようにだけ、注意してね?」

「うん、もちろんわかってる。エアラハールさんからも、無駄な動きが多いって以前から注意されているからね」

「本当にわかっているのか怪しいけど……なるべく怪我をさせないようにね? まぁ、模擬戦だから多少の怪我くらいは仕方ないと思うけど……」


 木剣を持った俺に、注意するモニカさん。

 素振りをしたりするために、荷物の中には木剣を入れて持ち運んでいるんだけど、今回はそれを使っての模擬戦になった。

 フィネさんはいつも使っている斧をそのまま使うみたいで、多少不公平感があるけど……俺が使っている剣は切れ味が良すぎるから、仕方ないよね。

 もちろん手加減はするつもりだけど、フィネさんの斧を破壊したり、大きな怪我をさせちゃいけないから。


 ちなみに周囲には、俺達を囲むように青いワイバーンの鎧を着た新兵さん達が集まっている。

 これは、マルクスさんにフィネさんと模擬戦をする事を伝えた際に、何かの参考になるかもしれないと、見学させて欲しいと言われたから。

 別に隠すものではないし、新兵さん達のためになるのならと許可しておいた。


「フィネさん、リクに対しては全力で。……わかっているとは思うが」

「はい、わかっています。私なんかが手加減して敵うとは思っていませんから」

「それと、リクからの攻撃はできるだけ受け止めない方がいい……」

「木剣ですけどそれでもですか……」


 俺から数歩離れた場所に向かい合っているフィネさんの方では、ソフィーが何やらアドバイスらしき事を伝えていた――。



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