第751話 空の旅体験会
エルサに飛ぶようにお願いしてすぐ、ふわりとした浮遊感を微かに感じ、地上で待つ兵士さんを残してゆっくりと空へと浮かぶエルサ。
とはいえ、今回は初めての人が多いため、恐怖感を与え過ぎないようにあまり高くは上昇しない。
いつもは約二十メートル以上だけど、今回は十メートルくらいの高さで一旦停止し、人がいなさそうな方向へ向かってエルサがゆっくりと羽ばたいて移動を始めた。
「うわぁ……空から見下ろすというのは、こうなのですね。遠くもよく見えます」
「今回はあんまり高く飛んでないけど、それでもやっぱり地上とは見え方が全く違いますよね」
フィネさんを始め、飛んで移動を初めて感心するような、感動するような声を上げている皆。
兵士さん達もぞれぞれ、遠くを見たり地上を見下ろしたりしているので、今のところ誰も怖がったりはしていない様子でちょっと安心。
日頃、高い所から見下ろす場面なんてほとんどないから、皆新鮮なんだろうな。
これくらい高い所から遠くを見る機会なんて……王城の上階から外を見るくらいかな?
街や王都の外壁もここまで高くないし、建物だと王城を除けば二階建てくらいが平均的で、三階建ての建物はあっても珍しい……四階建てなんてお屋敷くらいしかないし、それくらいでもこの高さには届かないからなぁ。
たまに見かける見張り台や物見櫓ならこれくらいの高さだろうけど、その状態で移動するんだから、感動するのも無理はないか。
「以前に乗った時も思いましたけど、風を感じませんね? 馬よりも速く動いてそうなのですけど……」
「あぁ、それはエルサが結界を張っているからですね。結界もなく速度を出したら、場合によっては乗っている人が飛ばされますし、落ちたら危険ですから」
「成る程……もう少し、吹き付ける風が凄まじいのかなと予想していました」
エルサは基本的に、飛ぶときには必ず結界を張っているため、風の抵抗を受けない状態に近い。
もちろん、結界そのものには抵抗があるんだろうけど、覆われている中にまでは全く届かない。
例外は、全力で飛ぶ時に余計な力や魔力を結界に割かないようにしたり、ワイバーンを運ぶのに結界を使っていた時くらいか……あの時は代わりに俺が結界を張っていたんだけど。
そもそもに、結界を張らなくてもエルサ自身には特に問題はないらしく、風の抵抗で速度が少々落ちる程度らしい。
それでも結界を張っているのは、背中に俺を始めとした人間が乗っているからだろう……日頃は人間にあまり興味のないフリをしているけど、結構気にしてくれるよね。
これも、俺と契約を結んだからだろうか? そういえば、最初の頃はもっと俺以外の人達には興味がなさそうだったし、人の名前もほとんど覚えたりしていなかったっけ。
俺と一緒に人と拘わっている事や、ふとした時に俺へ人間の事を聞いたりする事があったから、それで多少は興味を持ち始めたのかもしれないな。
「あ、そうだ。エルサ、結界を俺の方に任せてくれるか?」
「……ぶつけないようにするのだわ?」
「もちろん。結界を使うのには慣れたし、前みたいなことにはしないから」
「わかったのだわ。それじゃ、結界を解くから合わせるのだわー」
「あぁ。……結界!」
ふと思いついた事があったので、エルサに提案して結界を俺が担当するようにする。
エルサに任せてもいいんだけど、兵士さんを乗せてもらっているから、これくらいは俺が担当しなきゃね。
訝し気に聞くエルサは、以前俺が結界を動かすという事を知らず、エルサがそのまま内側から体当たりしてしまった事を気にしているんだろう……全力で飛んでいた時も、ちゃんとぶつからないように結界を使っていたのに、俺ってそんなに信用できないんだろうか?
まぁ、俺自身今はそんなに自信がある方じゃないけど、結界に関しては大丈夫だ。
エルサの承諾を得て、結界を解くのに合わせて俺も結界を発動。
合わせないと、少しの間だけでも強い風が吹きつけてきたりするからね……大丈夫だろうけど、乗っている兵士さん達を驚かせないためだ。
「え……風が……? リク様、何かなされたんですか?」
「おぉ、気持ち良いですな!」
「これが、空で感じる風……俺は鳥になったぞー!」
「おいおい、鳥は言い過ぎだろ? だが、気持ちいいな……」
結界を張り直して、風が入るように隙間を空けて調整すると、フィネさんを筆頭に兵士さん達からも声が上がった。
皆、ゆっくりと空を飛びながら風を感じて楽しそうだ……まぁ、さすがに俺も鳥になったは言い過ぎだと思うけど。
「結界に隙間をあけて、風が入って来れるようにしたんです。さすがに、全てを通すわけにはいかにので、こっちで調整していますけど」
「そうだったんですね……でも、おかげで空を飛んでいる実感が沸きます! これまでは、視界は確かに空にあるとわかるんですけど、風の動きを感じられなかったので、なんとなく現実感がなかったので」
結界の調整、速度が遅いから丁度いい風を吹き込ませる隙間を作るのに、少しだけイメージをするのに苦労した。
速く飛んでいたらちょっとした隙間でいいんだけど、今回の速度だと大きすぎても駄目だし、小さすぎてもほとんど風が入って来ないからね。
それにしても、フィネさんの言う現実感がないというのは、空気の動きを肌で感じなかったからだろうか?
確かに、ゆっくりとはいえ間違いなく周囲の景色が流れる速度は馬以上であるはずなのに、風や空気の動きを感じないというのは違和感があるのかもしれない。
特に、日頃馬に乗る事に慣れている人達にとっては……。
俺も、最初の頃は違和感がなかったわけじゃないけど、エルサのモフモフや実際に空を飛んでいるという事に気を取られて、それどころじゃなかったからね。
まぁ初めてエルサに乗った時は、こちらの世界に来てそんなに経っていなかったし、異世界にという方が現実感に乏しく感じる事もあったくらいだから……。
「そろそろ戻るのだわ?」
「そうだね。それなりに飛んだから、そろそろさっきの場所に戻ろう」
「え、もう……ですか?」
他の人達と同じく、風を感じているとエルサから問いかけられた。
飛び立った場所から人のいない場所を飛んで、数十分程度経っていると思うから、そろそろ頃合いだと思い、エルサに頷いて戻るようにお願いする。
残念そうな声を漏らしたのはフィネさん……見れば、一緒乗っていた兵士さん達も同じく残念そうな表情をしていた。
皆、風を感じられて空を飛ぶ事にも少し慣れて、楽しくなってきたくらいなんだろうけど、まだまだ他にもエルサに乗るのを待っている人達がいるから、あまり長く飛んではいられない。
「まだ他にも待っている人達がいますからね。俺達だけでずっと飛んでいるわけにはいかないですよ」
「そうですよね……わかりました」
残念そうではあるが、自分達だけでずっと飛んでいるわけにはいかない事がわかっているため、フィネさんも兵士さん達も頷いてくれた。
まぁ、フィネさんは手伝ってくれる事が決まっているから、まだ乗る機会はあるんだけどね。
なんて考えつつ、次の兵士さん達が待っている場所へと向かった――。
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