第745話 組織がある国



「そんな時だ。ツヴァイにある街で声をかけられたんだ。あれはどこだったか……そうだ、この国の南にある小さな村だ。その村で、路銀のために少々稼がせてもらおうと思っていた時に、ツヴァイと会った」

「路銀……村を襲って金を得ようとしていたのか?」

「襲うなんて事はしねぇよ。小さな村とはいえ、俺は一人だったからな。せいぜい、こっそり侵入して金目のものを頂く程度だ」


 完全にコソ泥じゃないか……村の人に直接危害を、というだけマシかもしれないけど、罪には変わりない。

 小さな村という事は、その村にいた人たちが一生懸命働いて稼いだお金だというのに……。

 にわかに男への敵意のような怒りのような感情が沸いて、無意識のうちに拳を握っていた……ここで俺が何かやったって、この男がやった事、やろうとしていた事がなくなるわけじゃないから……我慢だ……。

 罪を犯しているのは間違いないのだから、この国の法で裁かないとな……捕まえる時、もう少し拳に力を込めておけば良かったかも? と考えたけど、あれ以上の力を込めたら鎧がめり込み過ぎて、意識を失うどころじゃなかったかな。


「それで、ツヴァイはお前と会って、どうしたんだ?」

「何も。今のような生活ではなく、俺をさげすんだ奴を見返したければ付いて来いと……それだけを言っていたよ。怪しい奴だったが、俺には敵わないとはっきりわかる相手だったからな……このままこうしていても仕方ないと思ってついて行ったのさ」


 無理矢理とかではなく、一応自由意思で付いて来させたのか……さげすんだ奴を見返すとか言いながら、ツヴァイ本人がこの男をさげすんでいそうだけど、ある意味こういう相手は扱いやすかったんだろうな。


「ついて行った後は、ツヴァイの仲間とか言うのに攫われたわけだ。そして、気付いたら異常な魔力を持って、またこの国に投げ出されたんだ。いつの間にか、ツヴァイの配下としてな。不満だったが、ここの事を漏らさなければ、ある程度は自由に動けたし、以前の生活よりもマシだったからな」

「それで、おとなしくここで、オーガに魔力を注いでいたのだな?」

「……俺がオーガに魔力を、なんて事まで知っているのか……あぁ、そうだ。よくわからんが、俺にはツヴァイと同等の魔力が備わったらしいからな。それを使って、地下で魔力を注げばいいというだけの簡単な仕事だ。魔力を注ぎ過ぎてしまうと、体が重くなるが……それにしたって後は寝てればいいだけだから、特に問題はない。不満は、ここには女がいなかった事くらいだな。だが、ツヴァイに逆らうと魔法が飛んで来るし、毒が仕込まれているからな……魔力を注ぐ事だけをしていればいいんだから、そんな不満も飲み込んでいたさ」

「……」


 気付いたら異常な魔力……か。

 多分、ツヴァイとその仲間によって意識を奪われ、その間にどこかで魔力を与えられたんだろう……口の中に仕込まれた毒も、その時だろう。


「ツヴァイに攫われて、気付いた時にはという事だけど……その気を失っていたのはどのくらいだ?」


 男の話を聞いて眉間にしわを寄せ、考え込んでいるヴェンツェルさんに変わって、俺が質問をする。

 俺からという事で、男はビクッと体を竦ませたが、とりあえず話をしていれば俺が何もしないとわかったようで、おとなしく話し始めた。

 拳を握ったままだったのが、怖かったのかな?


「わ、わからない……数日か、数十日か……少なくとも、気付いた時にはかなりの日数が経っていたはずだ。俺やツヴァイを含めて、この地下にいた奴らが乗っていた幌馬車の中で気付いたんだが、馬車を見る限り相当な距離を移動していたはずだ」

「相当な距離?」

「少なくとも、この国の南にいたはずの俺は、この建物の近くまで来ていたからな。それに、元冒険者だった時の経験から、馬車の様子を見ればある程度は移動した距離がわかる。……途中で馬車そのものを変えられていたら別だがな」

「少なくとも、南の村からここまでは移動していたから、十日近くは経っているだろうな。他には気付いた事はないか?」


 幌馬車だから、馬に乗って移動するだけよりも移動速度は遅い。

 ましてや複数の人が乗っていたとなると、重さも加わるから当然だね。

 ヴェンツェルさんの言う十日というのは、そこから計算したんだろう……南の村というのがどこかはっきりしていないので、大体という程度だけど。


「他に……その幌馬車が、この国で使われている物とは違う……かもしれないという程度だな」

「アテトリア王国で使われているのとは、違う……?」

「あぁ……この国での馬車は何度も見たが、全て木で作られているだろう? だが、その馬車は車軸の一部に金属の部品があった。強度を増すための物だとは思うが、乗り心地は最悪だったがな……だが、俺がこの国に来る前には慣れ親しんでいた馬車の部品だ、間違えるわけはねぇ」

「金属の部品……改めて聞くが、お前はこの国に来る前はどこの国で冒険者をしていた?」

「……この国の南、帝国だ。ツヴァイと会った南の村にいたのは、一度帝国に戻ろうと考えていたからだ。そのための路銀稼ぎにな……」

「帝国……!」


 決定的な言葉を聞いた。

 帝国か……なんとなく、ルジナウム付近で魔物が集結していた時に、想像していた事の一つに帝国の関与があったけど……これで確定だね。

 まぁ、帝国という国そのものが関わっているかとか、ただ帝国にある組織がとか、色んな可能性があるから、帝国そのものがと考えるのは早計だけど。

 この男の証言をもとに、帝国相手に追及しても簡単にかわされるだろうし……扱いを考えれば捨て駒だろうから、知らぬ存ぜぬを押し通しそうだけどね。


 そういえば、マティルデさんが帝国の冒険者はならず者が集まっているとかなんとか言っていたっけ……なり手が少ないから、そうなるとか言っていたような?

 この国と違って、冒険者と国の組織がお互いを尊重し合っているわけじゃなく、帝国軍の兵士が魔物討伐や治安維持を積極的にやっているので、まともな民は冒険者になる必要がないとかなんとか……。

 バルテルも、帝国からの冒険者を複数雇っていたりしたっけ。


「そうか……帝国か……王都での狼藉以外にも、ここまで深く食い込んで好き放題やっていたとはな……」

「ヴェンツェルさん……」


 怒りと悔しさを滲ませて呟くヴェンツェルさんは、歯ぎしりが聞こえる程歯を食いしばる。

 俺からは背中しか見えないから、その表情はわからないけど、男の方はヴェンツェルさんの顔を見て顔面蒼白になっているのを見るに、相当な形相をしているんだろう。

 ルジナウム、ブハギムノング、王都、そしてこの建物……大きな被害という意味では防いではいるものの、確実に被害が出ている所もあるので、ヴェンツェルさんの気持ちの一端くらいは俺にもわかる。

 一日一日を一生懸命に生きて、平和に暮らそうとしている人達と、それを守ろうとする姉さんやヴェンツェルさんのような国側の人達……それがどんな理由であれ崩そうとする事なんて、許せるような行為じゃない。

 例えそれが帝国という国のためであっても、他国だから何やってもいいという理由にはならないからね――。



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