第724話 魔法の練習のためならもったいない精神はスルー



「あれだけのガラスが、一瞬で……」

「一つだけでもかなりの金額なのに、数十もあれば……ちょっとした貴族のお屋敷が建つのではないでしょうか?」

「まぁ、気持ちはわかるが……だからといってわざわざオーガを出すのもな」

「わかっているんだけどね。お店で勘定の計算とかをしていたから、気になっちゃうのよねぇ……」


 俺とエルサが協力して、練習代わりにオークの入った試験管を破壊して回っていると、後ろをついて来ているモニカさん達が、爆発の余波で割れて粉々になったガラスの破片に対し、何やら話している様子。

 一応気を抜かないように集中しながら魔法を使わないと、エルサから文句を言われてしまうため、会話に参加はできないけど内容は聞こえている。

 試験管には鉱山にあったモリーツさんの研究施設と同じく、透明度があまりないガラスが使われているけど、この世界ではそれでもガラスというだけで高価な物なんだろうね。

 とはいえ、モニカさんが獅子亭でお金の管理を担当していたので、気になる気持ちはわからなくもないけど、ソフィーの言う通りオーガを倒すのに有効だから仕方がない。


 わざわざ試験管から出して……なんてしていたら、周囲被害が出るかもしれないからなぁ……結界の発動も変則的になって面倒だし、エルサが嫌がりそうでもある。

 というよりも、何で魔物に対する研究と実験でガラスの試験管なんだろう? 木はさすがに難しいだろうけど、他にも何か代用できる物があってもおかしくないのに……もっと安い素材で作れなかったんだろうか?

 まぁ、研究や実験には試験管が付き物というか、イメージに合っている気はするけど、それは俺が日本人だからだしなぁ。

 俺がわからないだけで、何か理由があるのかもしれない……なんて考えながら、モニカさんとフィネさんが特にもったいないと話しているのを聞き流して、オーガごと試験管を破壊して回った――。



「リク様、よろしいでしょうか?」 

「何かありましたか、マルクスさん?」


 試験管を全て破壊し、中にいるオーガを全て処理した後、地下施設の調査を兵士さんやヴェンツェルさんに任せて、入り口付近で休憩していたら、地上部にいたマルクスさんが入って来て声をかけられた。


「例の……ツヴァイという男が目を覚ましました」

「ツヴァイが……」

「つきましては、念のためリク様にも同席していただきたいのです」

「はい、それは構いません」


 まぁ、ツヴァイが暴れたら対処できる人が限られるからね。

 でも、目を覚まして魔法を使ったりは……できないか。

 昨日のままなら、口の中に布を突っ込まれたままだろうし、俺が使うドラゴンの魔法でもない限りは、声を出さないと魔法が使えないからね。

 本来魔法は、自分の魔力と自然の魔力を集めて変換するために、呪文が必要なんだけど、何度か使って自分の体と魔力に呪文効果を覚えさせる事で、必要な魔力を集めて魔法名を言うだけで発動できるようになる……と言う仕組みだったはずだから、まともに喋れない状態なら、魔法を発動する事はできないと思う。


 それに、強力な魔法を使うとわかっているんだから、ヴェンツェルさんやマルクスさんが対処していないはずがないからね。

 あ、でも……。


「口の中を調べて、毒が仕込んでいないか調べたいんですけど……」

「そちらは、意識がないうちに既にやっておきました。やはり、リク様の考え通り、奥歯を強く噛み締めると毒が漏れ出すよう、仕込まれていました」

「やっぱりですか……」


 ツヴァイもイオスと同じように、口の中に毒が仕込まれていたようだ。

 もしかしたら、研究者も情報を漏洩しないよう、そういった仕込みをされているかもしれないから、調べておいた方がいいかもしれない……まぁ、今のところ誰かが自決したなんでことを聞いていないから、大丈夫だと思うけど。



「……こちらです」

「はい」

「私は、念のため部屋の外にいるわね。同じエルフなのは確認したけど、こちらにエルフがいるというのを知ると、問題かもしれないから」

「わかった。もし問題なさそうだったり、情報を引き出すのに有効なようだったら、呼ぶから」

「えぇ」

「私達も、ここでフィリーナと待機しておきましょうか。中から声は聞こえるだろうし、全員でぞろぞろ入っても邪魔だろうからね」

「そうだな」

「はい。リク様……リク様はこれまで私が見ていて、優しい人だと思っています。ですが、敵は敵です。なので、尋問や拷問の際には、情けは捨ててかかるのがよろしいかと思います」

「……う、うん。忠告ありがたく受け取っておきます……フィネさん」


 マルクスさんに案内されたのは、建物の地上部にある一室。

 捕まえた人達から話を聞くために、建物にある部屋を使っているようで、他の部屋には研究者達が押し込まれていたりするらしい。

 部屋に入る前に、フィリーナ達がツヴァイを刺激し過ぎないために外で待機しておく事になる。

 耳を澄ませておけば、小声で話すとかではない限り、外でも聞こえるだろうから扉の前で見張るついでに話を聞くつもりらしい。


 マルクスさんが先に入室し、それを追って俺も部屋に入ろうとした際に、フィネさんからアドバイスを受ける。

 尋問するのに、情けをかけたりせず厳しく……というのはわかるんだけど、拷問って……。

 さすがに、拷問をこの場でするような事はないと思うんだけど……ないですよね、マルクスさん?


「……! ……!」

「ん?」


 部屋の中に入ると、昨日戦ったツヴァイが六畳くらいの大きさの部屋の中心で、繋がれていた。

 俺が入って来た事がわかると、口を開けて何やら叫ぶような素振りを見せるツヴァイだけど、その口から声は一切聞こえない……なんでだろう?

 というか、相手が相手だからなのか、両手と両足がそれぞれ縛られていて、さらに大きめの椅子とテーブルにまで繋がれている状態で、身動きが取れない様子。

 ここまでしなくてもと思うけど、周囲への威嚇のためか、昨日と同じく可視化された魔力を纏わせているので、厳重に拘束しようとした結果なんだろう。


「……マルクスさん、あいつの声が全く聞こえないんですけど?」

「あぁ、あれは魔法具の効果ですね。本来は、内密な話をする際に部屋の四隅に置いて、声を漏らさなくする消音の魔法具なのですが……それを奴の顔付近に取り付けて、声を出させなくしています。魔法を使わせないための処置ですね」


 通常の魔法は声が出せないと使えないから、そのために声を出せなくしているらしい……正確には、声を消していると言った方がいいのかもしれないけど。

 確かによく見たら、ツヴァイのエルフ特有の尖った耳や端正な顔だけでなく、フィリーナ達のいたエルフの集落では見なかった、真っ赤な髪にも飴玉サイズの物が付けられていて、そこからほのかに光っているから、それが魔法具なんだろう。

 拘束されて動けないうえに魔法具まで付けられたら、どれだけ魔力が多くともどうする事もできないだろうね。

 声が出ないながらも、こちらに叫ぶようにして口を動かしているツヴァイは、時折顔をしかめているから、フレイちゃんに火傷させられたところが痛むのだろう……。



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