第704話 広大な地下室の端へ到着
突き進む俺達の前を塞ごうとしたり、横から襲い掛かって来るのを対処しているだけで、あまり深く考えたり注意深く見ていなかったなぁ。
向こうが連携し始めているとは言っても、大小さまざまな机や椅子があったり、端の壁だけでなく途中途中にも試験管があったりして、大勢でという事はない。
まぁ、一度に対処する相手が少ないのは余裕でいられる一因だけど、その代わり俺やヴェンツェルさんが進むのにも邪魔だから、一長一短だ。
特にヴェンツェルさんは、大柄な体に加えて大きな剣を持っているから、大分動きにくそうだ……それでも、足を止める事なく薙ぎ払いながら進めるのは凄いんだろう。
そもそも、ここは研究施設であって戦闘をする想定がされていない場所だから仕方ないし、突入して暴れているのは俺達の方なんだから、文句を言う筋合いじゃないんだけどね。
「むん! リク殿、そろそろ端に辿り着きそうだ」
「そうみたい……ですねっ! っと……よし。ん、あれは……?」
「奥に続く部屋か……一部の者達は、あの中に逃げ込んだようだな。遠目に、他の部屋へと逃げ込んだ者もいるようだがな」
目の前を塞いだオーガを斬り倒し、結界で覆って内部で爆発させた後、再び走り始めようとしてヴェンツェルさんと奥を見て立ち止まった。
さすがにオーガが正面にいる時は、結界で爆発を防ぐ必要があるので、そのまま走り抜けるわけにはいかないけど、それはともかく……ヴェンツェルさん、戦いながら進む中でもよく見ているね。
俺も見てはいたけど、戦闘そのものというか経験が多いためか、戦いながらでも冷静に周囲をみているらしいのはさすがだ。
「ぬぅん! よい、これで正面は何もなくなったな。まぁ、後ろからも来るようになったが……どうする?」
「後ろからは、後続のモニカさん達と距離が離れたからでしょうけど……さて……」
ヴェンツェルさんが気合一閃、大剣の腹で二人の人間をまとめて横薙ぎに弾き飛ばし、一つの扉の前で足を止める。
薙ぎ払われた二人は、壁に激突した後折り重なるようにして動かなくなった……痛そう、というのは似た事をしている俺が考える事じゃないか。
もうほとんどの人が逃げ込んだ後なので、扉は閉じられていたけど、俺達が突入した頑丈な扉と違って木の扉で、大きさも人間が通るくらいのサイズしかなかった。
こちらは、人間用でオーガは中に入らないようにしていたんだろう。
このまま扉を蹴破ってでも中に入るか、それとも作戦通り振り返って地下室の制圧を優先させるか、どちらにするべきかを考えるため、しばし黙考……とは言っても、敵はまだこちらに向かって来ているし、長い時間考える事はできないんだけどね。
ちなみに、後ろからもオーガや人間が襲い掛かって来るようになったのは、端に辿り着いたという事もあるけど、モニカさんやソフィー達と距離が離れた事が大きい。
右側から俺達を排除しようとしていた奴らは、俺やヴェンツェルさんの所に来るまでに、ソフィー達の方に向かって行っていたのが、距離が離れたおかげで俺達へと向かって来たからね。
とは言っても、走っている俺達に追いつけない者もいたけど。
ともかく、これからどう動くかを決めなければいけない。
ヴェンツェルさんは、完全に俺へと任せるようで、どちらを選ぶか待ってくれている……どちらを選んでも、間違いというわけじゃないだろうというのが大きいか。
今いる地下室をソフィーやフィリーナ達に任せて、奥を調べるという選択肢……さすがに追加で人間やオーガが増える事がほぼなくなっているし、突き進む過程で大分数も減ったしオーガも見渡す限りでは残り四、五体といったところだからエルサに任せても問題はなさそう。
武装した人間はそれなりにいるから、協力してさっさと制圧した後、ゆっくり調べるという事もできる。
逃げ道があるかはわからないけど、地上ではヴェンツェルさんが連れてきた兵士さん達の大半が残っているため、そちらで発見される可能性もあるし、遠くまで地下通路が作られていても、後から追えばいいだけだ。
向こうは訓練されていない研究者達がほとんどだから、あまり早く動けないだろうし、集団で行動すると速度は落ちるから。
「じゃあ、とりあえず先にこの場所を皆で……」
「リク殿、エルサ様から聞いたが……たまには仲間に頼るのも、大事な事だぞ? もちろん、協力する事や助ける事も重要だが」
「……いつそれを、エルサに聞いたんですか?」
「少し前にな。リク殿が他の事をしている際に、エルサ殿が漏らしていた。リク殿は、他人に頼るのが苦手そうだ……とな」
「エルサはそんな事を……」
ひとまず地下室を確保して、別の部屋も含めて調べるように……と考えて言おうとしたら、ヴェンツェルさんに遮られた。
いつヴェンツェルさんとエルサが話したのかはわからないが、ルジナウムの戦いでも言っていたっけ。
この世界に来るまでずっと……正確には姉さんが俺を庇ってから、どうしてもという時以外誰かを頼る事なく生きてきた。
お世話になっている人は大勢いるけど、できるだけ迷惑をかけないように、できるだけ自分でできる事は自分で、それでいて誰かを助けられるように……それは、英雄と呼ばれるようになってから、さらに強く意識するようになった気がする。
エルサは契約で俺の記憶が流れ込んでいるため、そんな考えもわかっているんだろう……いつもはおくびにも出さないくせに。
ヴェンツェルさんにも言われてしまっては、もう強がるのはあまり意味をなさないような気がしてきたなぁ……うん、そうだね、俺は一人じゃないし、頼りになる人達が周囲にいるんだ。
「……わかりました。それじやあヴェンツェルさん、俺達はこの扉を破って中を調べましょう。後ろ……この地下室の制圧は、他の人達に任せます」
「……そうか……リク殿はそう考えたのだな。わかった、私もついて行こう!」
今すぐに自分を変える事はできないかもしれないけど、まずは一歩と、ここはソフィー達に任せる事にして、ヴェンツェルさんといっちょに奥へ進む事を決意した。
ヴェンツェルさんに伝えると、数秒目を閉じた後、ニカっと笑って頷いてくれた。
なんというか、嬉しそうにも感じる優しい笑顔のように見えたのは、こんなヴェンツェルさんの表情を見慣れないせいなのか……。
俺の周囲にいる人達は、ほんとにいい人達ばかりだなぁ……だからこそ、迷惑をかけたくないと考えていたりもするんだけど、少しずつ変わって行ってみよう。
過去の経験や、一人になる事など、考える事はいっぱいあるかもしれないけど、少しずつ……ね。
「はい、お願いします! ――ふっ! フィリーナ!」
「こっちは任せていいわよ。もう数も少ないし、ソフィー達も頑張っているからね。はぁ……やっとね……」
ヴェンツェルさんに応え、フィリーナに合図を送るように後ろから追いついてきた人間を、天井へと打ち上げ、名前を叫んで呼ぶと、魔法で増幅された声が聞こえてきた。
こちらからの声は届かなくて、向こうからは届く一方通行だったけど、溜め息まで聞こえて来るとは……。
というか、フィリーナもヴェンツェルさんと同じく知っていたのかな? エルサが漏らしていたらしいから、行動を共にする事が多いフィリーナが知っていてもおかしくないか。
……皆には、心配をかけてしまっているようだね……うーん、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。
とにかく今は、ヴェンツェルさんを連れて扉の向こうを調べるのが先だ。
考えるのは後でもできるからね――
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