第697話 作戦前の演説



「どうして、俺がリーダーみたいになっているんだろう?」

「何を言っているの、リクさん? リクさんは私達のパーティのリーダーでしょ?」

「あぁ。無理や無茶な指示はともかく、リクはそんな事をしないし私達はリーダーの言葉に従うぞ?」

「リク様と行動を共にするうえで、迷惑をおかけしないよう指示に従うよう気を付けます」

「うん、まぁモニカさん達はいいんだけどね。パーティーリーダーがというのはわかるから。フィネさんは一時的な同行者とはいえ、冒険者として考えるとそうなるだろうし……そうじゃなくて、ヴェンツェルさんが主導というか、指揮官になるべきなんじゃ……?」


 俺が疑問に感じているのは、モニカさん達にではなく兵士さん達にだ。

 マルクスさんが報告してきたのはまだ、作戦行動をするには必要な事なんだろうけど……首を傾げている俺の前には、ずらりと兵士さん達が整列していて、皆作戦が開始されるのを待っているんだ。

 ちなみにモニカさん達は、俺の後ろに並んでいる。

 あれ? 本来ここに立つのってヴェンツェルさんじゃないのかな? この場にいる人物では一番身分というか階級というかが高いんだし……軍のトップなんだし。

 なんて考えていたら、俺の正面に立っているヴェンツェルさんが、苦笑しながら言ってきた。


「疑問はわからなくもないのだがな? 英雄と呼ばれ、最高勲章を持っているのは国内にただ一人、リク殿だけだ。指揮権と言う意味では本来私なのだが、いい機会だから、皆リク殿の指揮下で動きたがっている。まぁ、英雄様と一緒に作戦行動をしたと、帰ったら自慢したいのだろう」

「自慢って……はぁ……仕方ないですね、わかりました……」


 指揮って言っても、俺はただの冒険者パーティのリーダーなだけで、多くの人を指揮した経験はないし、人の上に立つような人物とは思えないんだけど……。

 ヴェンツェルさんが苦笑する横では、同じようにマルクスさんも苦笑しているんだけど、その後ろに並んでいる兵士さん達は全員、期待するような目で俺を見ていた。

 うん、この期待を裏切るというか、断るのはさすがに難しそうだ。

 溜め息を吐いてヴェンツェルさんに頷き、気を取り直して整列している兵士さん達を見渡した。


「えーと……作戦内容に関しては、各自で指示されていると思います。それぞれ、自分のやるべき事をやり、悪巧みをしている人達を逃さないよう、お願いします! 基本的に突入をする俺達以外はあまり危険はないとは思いますが、もしもの事は考えられるので、油断はしないように! そして、戦闘になった際に多少の怪我をするのは仕方ないかもしれませんが、やられてしまう事は許しません! 戦闘時に怪我をした場合、戦闘続行が不可能と少しでも感じられた人は、速やかに後ろに下がって下さい! いいですね! 皆さんは、誇りあるアテトリア王国の兵士であり、国民です。こんなところで命を粗末にする事は国への損害となるので、絶対に無理はしないように。そして確実に作戦を遂行して下さい!」

「「「「「はっ!!」」」」」


 俺の言葉が周囲に響き渡り、一斉に膝を付く敬礼をする兵士さん達にヴェンツェルさん達……のどまで出かかった「おおう……」という声をなんとか飲み下し、冷静に皆を見ているように装う。

 こういう時に、驚いたり自信がなさそうにするのは全員に伝わってしまうから、虚勢であっても自信があるように見せた方がいい……とは、さっき報告してくれたマルクスさんに耳打ちされた事だ。

 最初は当たり障りのない感じで話し始めたけど、皆が俺に傾注してくれているのを見て、ちょっと調子に乗って偉そうに言ってしまったのはご愛嬌。

 取り囲んだり周辺を探索する部隊に危険が及ぶ事はないとは思うけど、やられてしまう人は出したくない……戦闘において、それは甘い考えなんだろうけどね、王都のでは兵士の犠牲者もそれなりに出た事だし。


 話している途中に、気分が良くなって調子に乗っている途中で、パレードに乱入してきた父親を失った女の子の事が頭をよぎったからというのもある。

 新平さん達は俺より年上とは言っても若いから、家庭を持っている人ばかりではないのかもしれないけど、できるなら皆無事に王都へ戻って欲しいからね。

 まぁ、多少の怪我なら仕方ないかもしれないけど、死ななければ俺の治癒魔法で多分なんとかなるから……だからといって、怪我をするくらいの無茶はしていいというわけじゃないけども。


「各員、部隊の役割ごとに別れ!」

「「「はっ!!」」」

「ふむ、言っている事は悪くなかったが……」

「駄目でしたかね?」

「いや、食事も相俟って各自の士気は高いだろう。だが、少々丁寧すぎる印象だな。偉そうにしろとは言わんが……」

「……慣れてないんですから、許して下さいよ」

「はっはっは! まぁ、これくらいがリク殿らしいのだろうな!」


 俺の指揮というか、演説のようなものが終わり、マルクスさんが指示を飛ばして立ち上がった兵士さん達が動き始める。

 皆が一斉に動き出した中で、ヴェンツェルさんから難しい表情をしながら声をかけられる。

 丁寧っているのは、多分敬語で話したからだと思うけど……こんな大勢の前で何かを話す経験なんてほとんどないんだから、仕方ないじゃないかと思う。

 できるだけしっかり伝わるように意識したんだけど、いきなり偉そうにして、敬語を止めたうえで皆に話し掛ける度胸は俺にはない……いや、ヴェンツェルさんは偉そうにしろとは言っていないけど。

 ちなみに俺の後ろでは、ソフィーとフィリーナは苦笑して、フィネさんはなぜかコクコクと頷いていて、モニカさんはニコニコしていた……エルサは溜め息か。

 くそう、今度同じ事があったらもう少しちゃんとやるからな……自信はないけど。



「リク様、各員配置に付いたようです。いつでも突入できます。外周を囲んでいる部隊は、我々が突入後、範囲を狭める予定で、そのうち数部隊は周辺の探索へと移行します」

「はい、ありがとうございます」


 結局俺が指揮官みたいな形で進行しているなぁ、と感じながらマルクスさんの報告を聞いてお礼を言う。

 あれから俺達は、周辺に注意を向けながら突入する予定の研究施設の付近へと展開。

 報告通り、建物より数十から百メートル程度離れた場所に兵士さんが配置され、取り囲んでいて、各自木の影や草むらに伏せて姿を見えづらくしており、建物から発見されないように配置されている。

 さらに、その外周では探索部隊が数人から十人程度の数小隊に別れて、周辺の探索を始めていた……突入前から探索をしているのは、周辺にいる弱い魔物が邪魔をしないように討伐したり追い払ったり、さらにもし隠された逃走経路があった場合に、それを見つけるためだ。

 

 俺達は突入部隊として、建物が見える場所の近くで身を隠している状態だ。

 ここまで、オーガや他の魔物がいないか探知魔法を使って探りながら来たけど、新しいオーガが出て来る事はなく、静かなものだった――。



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