第684話 三人とエルサの空の旅
ルジナウムでの戦いの後、怪我も治って魔力も回復して万全な状態になった今では、最善の一手は使えるような気が一切しないので、まだまだ訓練する必要があるんだろう。
最善の一手がなかったら、もっと魔力を多く消費してしまっていただろうし、ユノが来てくれるまで耐えられなかったかもしれない……最悪の場合は、そのまま……という事だって考えられる。
前もって、エアラハールさんに教えてもらっていて良かった。
「結局、使った後は全身の疲労が凄かったんですけどね……」
「あれは無駄な動きを極限までなくし、全身の力を剣に乗せて断ち切る技じゃ。一瞬に全てを注ぐ代わりに、反動で使用後に疲労が押し寄せる。使い慣れると、ある程度加減ができたり、疲労も軽減されるのじゃ。ワシが以前使って見せたのも、加減したものじゃが……老いた体では全力で一度放つのが精一杯というところじゃの」
「そういうものなんですね」
無駄な動きを省くと考えれば、本来体力の消費を抑えるものだろうと考えるけど、最善の一手はその先……最善に全力を注ぐものなので、使った後に反動が来るみたいだ、まさに奥の手という事か。
「……ユノは、連発していましたけど」
「あの子はようわからん。特別と考えてもいいのじゃろうな……見本にはならんじゃろう……」
「そうですね……」
「リク、どうしたの?」
「……なんでもないよ」
俺を助けに駆け付けてきたユノは、軽々と最善の一手を使った挙句、連発までしてさらに平気そうな顔をしていた。
呆れたような表情をしているエアラハールさん同様、ユノがどうしてそこまでできるのかは、考えるだけ無駄なんだろうな……元神様だし。
追求すれば、それこそ子供にしか見えない体で、どうしてそこまで強いのかと考えなきゃいけないし……見た目だけなら絶対ノイッシュさんだけでなく、マックスさんやヴェンツェルさんに敵いそうにもないからね。
俺とエアラハールさんがユノを見ると、こちらに気付いて首を傾げたけど、誤魔化すように頭をなでておいた。
「まぁ、ユノちゃんの事は置いておいてじゃ。最善の一手を使えたからといって、そればかりに囚われてはいかんぞ? 戦いはそれだけで決まるものではない。もしそれを防がれたり、躱されたりした場合、打つ手なしになってしまえばもはややられるだけじゃからの?」
「……はい、わかりました。今は使える気はしませんが……そればかりに囚われないように気を付けます」
「うむ。……リクの事じゃから、それに頼らずとも良さそうじゃし、大丈夫じゃろうが、念のためにのう」
エアラハールさんが言いたいのは、最善の一手にばかり頼ってはいけないという事だろう。
奥の手とも言える手段だけど、もしそれが相手に通用しなかった場合、どうしようもなくなる可能性もあるからね。
一つの手段としてあればいいけど、それだけに頼らず他の部分でもしっかり戦えるよう技術を磨かなければいけない……魔法はあるけど、それも同様にそれだけだったらいけないのと同じだ。
大量の魔力があるらしいから、そうそう枯渇する事はないだろうけど、少なくなったら前みたいに気を失って危険だから。
「リクさん、準備が整ったわ」
「うん、わかった。それじゃ行こうか」
「えぇ、行きましょう。……なんだか、エルサちゃんに乗るのも久しぶりな気がするわ」
「あはは、まぁ、しばらくルジナウムにいたからね。俺は、何度も乗っていたけど」
「リクさん、のんびりするという話ではないけど、ちょっと色々行き来し過ぎな気がするわよ? 今回はお互いに情報をすり合わせる必要もあったから、仕方ないのかもしれないけど」
「そうだね……距離もあったし、行ったり来たりし過ぎたかもね。それはそれで楽しかったんだけどね。――それじゃエルサ、飛んでくれ」
「了解なのだわー」
エアラハールさんと話しをしているうちに、モニカさんは荷物をエルサに乗せ終わったようだ。
最善の一手に関する話を終えて、エルサの背中に乗りながらモニカさんと話すけど、確かに今回色々行き来し過ぎていたというのはあるかもしれない。
魔物達が襲ってきたりもしたから、仕方ないのかもしれないけど、それがあったからのんびりしたいなんて気持ちが沸き上がったのかもしれない……楽しかった部分があるのは本当だし、疲れているというわけでもないんだけどね。
ともかく、今はやるべき事をやるために、エアラハールさんや大きく手を振って見送ってくれるユノに手を振って、合流地点を目指して移動を開始した。
「そういえば、最初はこの三人だったんだな……エルサもいたが」
「冒険者になってすぐ、ヘルサルが危険とわかって、ソフィーも協力してくれる事になって……そこからだったわね」
「……そうだね。今はアルネやフィリーナがいて、ユノやエアラハールさんもいるからね」
「全ては、獅子亭にリクさんが来てから……いえ、エルサちゃんを連れて帰ってから、かしらね?」
「俺が起点になってるって事? うーん……」
「全てをリクが、と言うわけではないが……行動の結果であるのは間違いないだろう。それにしても、リクが獅子亭に初めて行った時の事は聞いたぞ? 何も持たずにいきなり『働かせて下さい』だったか?」
エルサに乗って、時間にも余裕があるのでゆっくりと移動をしている間、久しぶりに俺とモニカさん、ソフィーの三人になって冒険者になったばかりの頃を思い出しながら、話す。
ソフィーとまだ知り合っていない頃、俺がこの世界に来てすぐの事を誰から聞いたのか……って、モニカさんしかいないだろうけど、その話を持ち出して笑っているソフィー。
あの時は右も左もわからなくて、ユノと話したりはしたけど突然の事でもあったから、対面を取り繕うとかって余裕がなかったからね……思い出すと恥ずかしい。
「あの時は父さんも母さんも、もちろん私も驚いたわ。事情を知った後だと、あぁなるのも仕方ないと覆うんだけどね」
「まぁ、お金も何もなかったからね。お腹もすいていたし……丁度、美味しそうなお店だったというのも大きいかな?」
「あははは! 獅子亭の料理が美味しいのはもちろんだが、リクは匂いに釣られたというわけだ!」
「匂いというか、店から出た人が満足そうな顔をしていたから、美味しい料理の店なんだなっていうのはあったかな」
「そこからしばらく、獅子亭で働いて……センテに行ったと思ったら、エルサちゃんを連れて帰って来て……そこから、色々な事が動き出したような気がするわ」
「エルサと会う前、センテに行く途中の乗合馬車で、私とリクが初めて会ったのだったな。まさか、あの時冒険者の事を教えた相手が、Aランクになったりパーティを組むとは考えていなかったが……」
「でも、そうした出会いがあって、エルサちゃんもいたからヘルサルは無事に守れたのよね。ほとんどリクさんの手柄だけどね」
ゴブリンの大群は、最終的に俺が殲滅した形になるけど……エルサとの契約がなければ、あの時どうなっていたか……。
ヘルサルでなんとか持ち堪えて時間を稼いで、王都や領主貴族からの応援が間に合い、なんとか撃退できたとしても被害は相当な物だっただろうね。
最悪の場合は、ヘルサルが壊滅して周辺の村やセンテにまで被害が及んでいた可能性もあるから、被害を出さずに勝てたというのは大きいね。
エルフの集落もそうだし、王都では……こちらは被害なしではないけど、考えてみれば本当に大きな戦いを経験して来たんだなぁ、と改めて思う……もちろん、ルジナウムでもね――。
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