第616話 強力な魔物の集団



 西門に人が集まっていたのは、戦力を集中して迎撃するためだみたいだ。

 フランクさんやギルドマスターが協力してくれて、人を集めてくれたんだろう。

 でも、王都でもなく、国一番の都市であるヘルサルと違って、兵士や冒険者を含めた戦える人の数は多くない。

 さらに、ヘルサルの時のようにゴブリンが相手なら、ある程度は戦えるだろう人達も、強力な魔物相手だと戦力にすらならない可能性が高いという事。


 ユノのが見つけたらしい魔物の名前を聞いて、マックスさんが教えてくれた冒険者の知識のうち、魔物の話を思い出した。

 あの時はまだ、ユノはいなかったし、まだ冒険者になる前で新人だから絶対に手をださないように言われていた魔物。

 マンティコラースは、獣の胴体に人間のように見える顔を持ち、サソリのような尻尾に毒を持つ魔物。

 人の顔で、人を食べる魔物らしく、その姿は同じ多種合成魔物と呼ばれるキマイラ以上におぞましい……らしい。


 さらにキュクロップス……こちらは二足歩行の、人間に近い形をしている魔物。

 しかし、その体はただただ大きく、特に大きい物では五メートル以上の巨体が確認された事もあるとか。

 キュクロップスは、単純にその巨体から繰り出される怪力による破壊行動が問題で、皮膚の固さも相俟って生半可な攻撃は受け付けず、一体で街一つ破壊できる体力を持つとも言われている。

 もっとも、それは高ランク冒険者などの、戦える人がいない街であった場合らしいけど。


 単純な怪力による攻撃ばかりなので、離れて魔法で動きを制限し、疲れさせて倒すというのが一般的らしいけど、BランクやAランクの冒険者が複数いれば、可能な程度らしい。

 体力と腕力の化け物だから、野放しにした時の被害は大きいけど、倒せない相手じゃない。

 キマイラとキュクロップスは同等と見られ、Aランク討伐対象であり、マンティコラースはBランク相当だったはずだ。

 絶対に敵わない相手というわけではないんだけど、それが複数……しかも戦うのは高ランクの冒険者ばかりではない……と。


「かなりやばい状況、だよね?」

「やばいで済んだら、まだマシと言えるじゃろうな。フランク子爵の号令で、戦えない者は着の身着のままで北へと非難させておる」

「北へ? という事は、ブハギムノングの方へ?」

「そちらに、リクがいるとフランク子爵は知っておったからの。じゃから、そこまで行けばなんとかなるかもと考えたようじゃ。……いささか、リクを頼りすぎと言えるかもしれんが、絶望的な状況なのじゃ、それも仕方あるまい」

「運が良ければ、ブハギムノングまで逃げられる。運が悪ければ……」

「ルジナウムの街が壊滅したうえで、北上した魔物によって、非難した人達も……って事かな……」

「そうなるのう」


 エアラハールさんという、元Aランク冒険者がいるとしても、できる事は限られている。

 キマイラを楽々倒すユノがいたとしても、集団全てを相手にできるわけじゃないから、こちらも限界がある。

 モニカさんや、街の戦える人達は、正面からキマイラやキュクロップスを迎え撃っても、どうにかできるとは、とてもじゃないけど言えないだろう。

 俺が街を離れている事から、フランクさんがん考えたのはおそらく、兵士や冒険者を集めてできるだけの時間稼ぎ。


 戦えない人達を避難させて、少しでも生存者を増やそう……という事なんだろう。

 街を捨てて全員で逃げる案も、フランクさんなら考えたと思うけど、それだと魔物に追いつかれる可能性だってあるからね。

 人間も、集団になれば移動する速度は落ちるものだし。


「でも、リクさんが来てくれて良かった。これで、もっと時間を稼いで逃げる人達を安全にできるわ」

「そうじゃの……ワシはリクの実力を目にする事はほとんどなかったが、それでもそこらの者よりは戦えるじゃろう。今は、少しでも戦力が欲しいところじゃからの」

「リクと私で頑張るの!」

「えぇ、頑張りましょうユノちゃん。とりあえずリクさん、フランクさんの所へ」

「あ、うん。わかった」


 モニカさんもエアラハールさんも……ユノも状況は最悪だと感じているようで、魔物を打ち倒す事よりも、逃げる人達が助かるように時間稼ぎする事を考えている。

 でも……俺は少し違う考えだ……。

 皆とは違う意見というか、考えを口に出す前に、モニカさんに促され、まずはフランクさんと会う事にした。

 とりあえず、ここで話しているだけじゃ時間を浪費するだけだからね。


「リクさん、ソフィーはどうしたの? エルサちゃんに乗って来たから、てっきりソフィーモ一緒だと思ったんだけど?」


 俺の手を引っ張って、速足で移動しながらモニカさんが一緒にいるはずのソフィーの事を聞かれる。


「ソフィーはまだ、ちょっと鉱山でやる事があってね。とりあえず、ルジナウムの街が危ない事がわかったから、俺だけこっちへ来たんだ。エルサに全力で飛んでもらってね」

「エルサちゃんの全力……という事は、ソフィーは乗れないわね」

「ちょっと待つのじゃリク。おぬしはどうして、ルジナウムの街が危険だとわかったのじゃ? ドラゴン様に乗れば、移動は楽なのは確かじゃが、さすがに離れた場所の状況がわかるわけではないじゃろう?」

「それは確かにそうです。けど、鉱山の中でエクスブロジオンオーガがいた原因と繋がっていたんです、ルジナウム付近の魔物集結は。まぁ、細かい話は後にしますけど……とある人物の研究と、企みで、ルジナウムに魔物が押し寄せると分かったんですよ。それで、すぐにこちらへ……」

「うむぅ……よくわからんが、何かを見つけたようじゃの」

「はい。詳しくは、ルジナウムを守ってから話します」

「……それじゃ、話を聞く事はできそうにないのう……」

「そうね……残念だけれど。せめて、ヘルサルの時のように、準備する時間があれば……非難させたり、戦える人を集めたり、王都へ救援を要請できるのに……」


 西門へと向かいながら、軽く鉱山での事を話す。

 要約し過ぎて、ちゃんと伝わらなかったようだけど、詳しくは後でいいだろう。

 まぁでも確かに、モニカさんの言う通りもっと準備時間があれば、ヘルサルのように戦う支度を整える事はできただろうなぁ。

 あの時も、状況は絶望的と言えたし、完全に支度が整っているとは言えなかったけど。


 とにかくルジナウムの街を守った後でなら、時間はいくらでもあるだろうし、その時に話せばと思うんだけど、エアラハールさんとモニカさんは、状況を悲観しているためか、その機会はないと考えているようだ。

 唯一、ユノだけは俺が何か考えていると勘づいたのか、ニッコリとした笑顔をこちらに向けていた。

 なんというか、少しこの世界へ来る直前……神の御所だったっけ? あそこでユノと話した事を思い出す。

 つまらなさそうに、寂しそうにしていたユノの事を考えると、こんなところで魔物に押しつぶされるわけにはいかないし、ユノ自体も巻き添えでやられてしまってはいけない……と、内心に灯る火のような感情が沸いているのを自覚する。

 これは……誰かを、何かを守ろうという気持ちであると同時に、仕組んだ者達への怒りなのかもしれない……。



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