第594話 ソフィーの体験談
「んー……塩辛い……」
「まぁ、塩を付けて干しただけだからな。慣れれば、これが美味く感じるものだがな」
「あまり食べなれてないからだろうね……」
もらった干し肉をかじって、口の中に入れる。
咀嚼するごとに滲み出て来る、しみ込んだ塩味。
というより、塩辛さしか感じなくて、肉の旨みというのはあまりわからない。
ソフィーの言う通り、慣れたら微かな旨みとか、塩辛さが癖になったりするんだろうか……?
確かに、エアラハールさんはお酒好きだから、おつまみにはいいのかもしれないけどね。
干し肉は、見た目は日本でも売っているジャーキーにそっくりだけど、噛み応えはあれ以上にあって硬い。
そのうえ、色々と味付けしたジャーキーとは違って、塩のみを使っているんだろう。
まぁ、保存食として考えると無駄な調味料を使うような事はされないか……味なんて二の次だろうしね。
「そういえば、ソフィーはこういった状況には慣れているの?」
「……塩辛いのだわー」
「ははは、ほら、口直しにキューをお食べ。――ん? そうだな……慣れているという程ではないが、経験をした事くらいはあるな。一人でいる事が多かったから、あまり遠くへの依頼は受けなかったがな」
考えてみれば、俺達とパーティを組む以前のソフィーの事はよく知らなかった。
干し肉を食べ慣れている様子をみて、ふとそんな考えが浮かび、聞いてみる。
俺達が食べている事で興味を持ったエルサが、干し肉を渡され齧って俺と同じ反応をした事に笑いながら、ソフィーが少し考えながら答えてくれた。
一人だと、確かにあまり遠くへは行けないかもね。
野宿するにしても、持てる荷物には限りがあるし、夜に見張りをするにも交代できないから。
初めて会った時は、ヘルサルからセンテへ移動する馬車の中でだったけど、あれくらいの距離を移動するくらいなのが多かったのかもしれない。
冒険者で戦えるといったって、どうしても無防備な時はあるし、女性だから一人だとさらに不用心だしなぁ……と思うのは、俺が日本での感覚をまだ持っているからかもしれない。
「リクとパーティを組んでからも、あまり過酷な事は多くないから、冒険者としてはそういった経験が浅い方なんだろうな」
「野宿をする事もあるけど、移動が基本的にエルサが担当してくれるからね。本当ならもっと時間がかかる場所でも、そんなに時間がかからないし」
エルフの集落へ行った時が、特に助かったかなと思う。
本来なら、十日以上かかるような距離の移動を、二日程度で済ませてしまうんだから。
それこそ、全力のエルサだとアテトリア王国内なら一日もかからないだろうし……まぁ、全力飛行は通常ではしないけども。
そう考えると、過酷な旅とかを経験していないのは、冒険者としてまだまだ経験豊富とは言えないのかもしれない。
進んで経験しないといけないという程の事ではないだろうけど、もしもの時のために学んでおく必要はあるのかもね。
「あぁそうだ。リクと出会う以前なんだが、冒険者になったのを後悔するほどの事はあったな。あれがあったからこそ、リクとパーティを組むように考えたのかもしれないな……」
「そうなの? それは、どんな事だろう?」
「そうだなぁ……あれはリクと会った日から、数十日は前の事か……」
ふと懐かしそうに、昔を思い出している様子になったソフィー。
ソフィーはいつも冒険者として……というより、剣を扱う者として向上心に溢れているようにも見えるから、冒険者になった事を後悔するなんて想像できない。
それだけ大変な目にあったという事なんだろうけど、それがどれほどの事だったのか……。
ちょっとした興味を感じて、首を傾げながら聞くと、顔を上にあげて天井を見ながら思い出して話し始めた。
ちなみに、興味を惹かれていても警戒はちゃんとしているし、干し肉も引き続き食べている。
硬くて歯ごたえが十分過ぎる程だから、中々食べ切れないけどね……塩辛い。
「あれは確か、魔物討伐の依頼だったな。センテからさらに東へ行ったところで、農場を荒らす魔物が出たんだ」
「農場かぁ。一生懸命作っている物を荒らされたりするのは、辛いよね」
「そうだな。まぁ、魔物自体は特別強くはなかったので、討伐自体はすぐに終わったんだ。だが……帰りに乗ろうと思っていた馬車を逃してしまってな?」
「近くから馬車がでてるの?」
「センテとヘルサルを繋ぐ乗合馬車のように、定期的に出ている物ではないんだ。農地からの収穫物を乗せた荷馬車だな。だが、頼めば乗せてくれたりもするぞ」
魔物の討伐自体はあっさり終わったようだけど、予想外に時間がかかってしまったのか、それとも他の事をして遅れてしまったのか……ともかく、ソフィーは帰りに乗ろうと思っていた馬車を逃してしまったらしい。
残業とか飲み会で、終電を逃してしまったのと似たような事かな?
定期的に出ている乗合馬車とは違って、荷馬車だろうから時間厳守という事もなく、ソフィーが考えていたよりも早く出発していたのかもしれない。
「まぁ、目的の魔物がいた場所の近くに村があるから、そこで宿を取れば良かったんだが……馬で一日程度の距離であれば、歩くのも悪くないと思ってな」
「歩いて帰っちゃったんだ……次の馬車が出る時まで待ったしなかったの?」
「そうだ。ある程度旅には慣れていたから、大丈夫だと過信してしまったんだろうな……。荷馬車は、収穫した物を出荷するためだからな。毎日出ている物でもないし、多分早くとも数日はかかっただろう」
「それもそうかぁ」
出荷するための荷馬車が、毎日村と街を往復しているなんて事はないか。
時期にもよるけど、収穫物がない日があるのは当然だしね。
馬車を待っていると、センテへ帰るのが遅くなるから、歩いて帰ろうと思ったんだろう。
「馬車や他の旅人が通る街道を通れば、それでも普通に帰れたんだろうが……少し近道をしようと思ってな。森の中を通る事にしたんだ。あぁ、センテとヘルサルの間にある森とは、違う森だぞ? しかし、慣れない森の中を突っ切ろうとするものだから、案の定迷ってな。中に入って進んでいたのが日が暮れ始めたくらいだったというのも原因だろう」
「あ~、森の中は暗いからね。日が沈んだら、照明のない坑道とほとんど変わらないだろうし」
「あぁ。結局、歩いて進んでいるはずだが、暗いためにどちらに進んでいるのかもわからなくてな。しばらくして諦め、野宿したんだ。翌日は明るくなってから行動をしたのだが……前日闇雲に歩いていたのが災いして、さらに迷ってしまった」
「日の位置とかで、方向はわからなかったの?」
「木々の合間から見えるから、方向はわかるんだが、その森はあまり高くないが山にもなっていてな。迂闊に上だけ見て歩いていると、突然の崖で落下してしまうおそれがある」
「あぁ……それは危険だね」
森というか山を歩く時の鉄則だけど、木々があって薄暗かったり、視界が悪い時は崖への落下を注意しないといけない。
確か、迷ってどうしようもない時は、坂道を上るように移動するのがいいんだったっけ?
上るという事は、崖にぶち当たる可能性が低くなるし、高い場所に行けば見下ろして目指す場所がわかりやすいとかなんとか。
全ての山に通用する事なのかまでは、詳しくない俺にはわからないけどね――。
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