第481話 エアラハールさんとの話



「それで……えっと、その人が?」


 少しの混乱の後、ソファーに座っている俺の向かいに、お師匠さんとヴェンツェルさんが座って話す。

 モニカさんとソフィーは、一瞬消えたのかと錯覚する程の速度で、お尻を触られたらしく、今は俺の座るソファーの後ろで、警戒して二人で固まっている。

 お師匠さんを殴り飛ばしたユノは、エルサを連れてベッドでふて寝。

 余程、体の成長がまだまだと思われたのが気に食わなかったらしい……まだまだこれから成長するんだから、気にしなくてもいいと思うんだけど、元神様として思う事でもあったのかもしれない。


 ヒルダさんは、ヴェンツェルさんやお師匠さんのお茶を淹れた後、再び部屋の端に行って壁を背にしている。

 お師匠さんの事を知っていて警戒してたから、避難してたんだなぁ……あれって。

 壁を背にしたら、お尻を触られないし、胸をガードするのも容易だからね。

 ちなみにヴェンツェルさんの左手首と、お師匠さんの右手首は縄で繋がれている。

 こうしていれば、お師匠さんが動こうとしても力づくで止められるかららしい――最初から繋いでおけば良かったと漏らしたのは、縄で繋がれて心外だと鼻を鳴らしてるお師匠さんを見たヴェンツェルさんだ。


「うむ。私やマックスの師匠……」

「元を付けんかい、元を。全くお前達は、無駄に体ばかり鍛えおってからに……」

「……元師匠の、エアラハール殿だ。手癖は悪いが、悪人ではない……はずだ」

「えっと、エアラハールさんですね、よろしくお願いします」

「ふむ、お前がリクか……若くして国から最高勲章を授かり、最速でAランクになったと……?」

「そうですよ、元師匠」

「わざわざ元を付けて呼ばれるのは面倒だのう……名前で呼べ、名前で」

「師匠が言ったはずなのに……」


 元を付けて呼べと言ったり、名前で呼べと言ったり……お師匠さんもとい、エアラハールさんは注文が多いようだ。

 がっくりしているヴェンツェルさんだけど、あまり悪い雰囲気に感じない事から、エアラハールさんが久しぶりに弟子と会って遊んでいるといったところだろう。

 気難しいお爺さんだったらどうしようかと考えていたけど、お茶目なお爺さんっぽい……かな?

 ……ヴェンツェルさんの言う通り、手癖は悪いようだけども。

 まぁ、元Aランク冒険者なんだし、人となりも高ランクには重要らしいから、確かに開くんではないんだろう……と思う。


「見た目は、なんの変哲もない若造だが……奥に何か得体の知れない力のようなものを感じるな。確かに、只者ではなさそうだのう」

「し……エアラハール殿、リク殿は私すら軽々とあしらう程の実力を持っております。さらに魔法は特別で、群れを成した魔物ですら一瞬で消し飛ばす程です」

「軽々とは、ちょっと言い過ぎだと思うんですけど……」

「私の技を盗んだ挙句、上回った事は、忘れていないぞ?」

「ほう、あの技を破ったか……しかも同じ技で、か。成る程のう」


 ジロリとした視線を俺に向け、探るように見るエアラハールさん。

 見定められていると感じ、にわかに緊張したけど、俺の後ろで警戒しているモニカさん達は、体をビクッとさせ、俺よりも緊張している様子なのがソファー越しに伝わってくる。

 そのエアラハールさんは、俺を見て得体の知れない力があると言う。

 元Aランク冒険者が見たのは、魔力量の事なのか、それともエルサとの契約の事なのかわからないけど、少なくとも普通の人とは違った感性を持っているのは間違いないんだろう。


 ヴェンツェルさんが言う技というのは、体を回転させて遠心力を加えたうえで、勢いよく斬り込んでくるあれの事だろう。

 エアラハールさんはあの技の事を知っているみたいで、納得したような雰囲気を出して頷いている。

 技自体がエアラハールさんから教えられたものなのか、ヴェンツェルさんが独自に編み出したものなのかはわからないが、ともあれ以前から使っていたのは間違いないみたいだね。


「そうそう破られる技ではないうえ、真似ができるのも相当な技量が必要なはずだが……本当に訓練が必要なのかのう?」


 ヴェンツェルさんと繋がれている手とは逆の左手で、顎をさすりながら考えるエアラハールさん。


「私もそう思います、エアラハール殿。ですがリク殿は、今までまともに剣の指導を受けた事がないらしく、ちゃんとした剣術というものを学びたいらしいのです」

「ほう、それであの技を真似したうえ、体格が劣っていながらヴェンツェルを降したか。成る程、我流か……面白い」


 ヴェンツェルさんの話を聞き、さすっていた左手をピタリと止めたエアラハールさんが、俺を見てニヤリと笑った。

 何か面白い物を見つけた時のような表情な気がする。

 ともあれ、本当に俺は剣の訓練が必要なのか……と聞かれるとちょっと困る。

 今までそういった事とは無縁で過ごしてきたし、この世界に来て初めて剣という物を持ったくらいだ。


 それもまだ数カ月程度……マックスさんに剣を習おうかと思ったけど、握り方や振り方を教えてもらった後は、軽く手合わせをした時に弾き飛ばしてしまって、それ以来不要と言われたしね。

 今まで力任せに振っていれば、剣で対処できない事はほとんどなかったから困らなかったけど、この先どうなるかわからない。

 というより、ユノを見て技術というのは大事だなと思うくらいだ。

 剣の腕という意味なら、今の俺がどれだけ無茶苦茶に剣を振るっても、ユノに敵うことはないだろう。


 それに、野党と戦った時もそうだけど、もう少し平常心というか……どんな敵が相手でも冷静に対処できるようになりたい。

 それには、剣の訓練をして精神的に鍛える事が一番いいと思ったから、ヴェンツェルさんに頼んだんだけどね。

 ヴェンツェルさんの話では、エアラハールさんの流儀は無駄を省いて最小限の動きをする……という剣の使い方だ。

 先程目の前から消えたように見えた動きもそうだけど、確かに無駄に動いたりせず、最小限の動きを素早く行っているからこそ、あぁして動けたんだろうと思う。


 結構なお年に見えるのに、あれだけ動けるのは凄い。

 無駄を省くという事は、感情に任せていたらできない事だとも思うので、精神修行にはちょうどいいかもしれない。

 そもそも、今の俺には何が無駄な動きで、何が無駄ではない動きなのかすら、わからない状態だしね。

 ……まぁ、さっきのエアラハールさんは、感情の赴くままに動いてた気もするけど……ある程度極めた人だからできるんだろう、と思う。


「向上心はあるか。気に入った! 良かろう、訓練してやる。久しぶりの弟子じゃ、腕が鳴るのう……ヴェンツェルとマックスは、おかしな方向へ行ったが、そうはならぬようみっちりと訓練してやるぞい?」

「ししょ……エアラハール殿も気に入られたのですね。良かったな、リク殿。これで望み通り訓練ができるぞ?」

「はい、ありがとうございます。――あと、よろしくお願いします!」

「うむ。じゃが……そうじゃのう……一つだけ条件がある」

「え、条件ですか?」


 深い皺の刻まれた顔を、さらにしわくちゃにして笑うエアラハールさん。

 さっきモニカさん達を触った時の事を考えなければ、気のいいお爺さんのように見える。

 訓練が受けられる事にホッとして、紹介してくれたヴェンツェルさんにお礼と、エアラハールさんに頭を下げた。

 笑顔のまま頷いたエアラハールさんだけど、急に少しだけトーンを落として条件があると言われた。


 条件……剣を習うんだから、授業料とかかな?

 元Aランク冒険者で、ヴェンツェルさんやマックスさんの師匠という事もあり、それなりに名の知れた人だろうから、結構高そうだ。

 いやまぁ、お金は使い道に困ってるくらいあるから、問題ないんだけどね。



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