第480話 ヴェンツェルさんの師匠



「まぁ、城に持って来られたら、ちゃんと食べさせてあげるから、もう少し待ちなさい」

「わかったよ。……献上品を俺が食べていいのか、気にはなるけど」

「ここまで言っておいて、今更よ? でも、思い出すわね……昔のりっくん、スイカが欲しくてスーパーの青果売り場をジーっと見てたのよねぇ……?」

「ちょっと姉さん、その話は……」

「駄目よ、スイカを食べさせてあげる代わりに、思い出話に付き合いなさい。ほら、皆も聞きたいでしょ? 昔のりっくんの事」

「っ! っ!」

「……恥ずかしいけど、仕方ないか……はぁ……」


 姉さんの言う通り、ここまで言っておきながら、女王様への献上品というのを気にするのは確かに今更かもしれないけど……まぁ、姉さんがいいというのならいいんだろう……と思う事にする。

 そんな中、スイカというキーワードで昔の事を思い出した姉さんが、思い出話を始めるが、恥ずかしかったので止めようとしたけど、スイカを引き合いに出されたら、力づくで止める事もできない。

 昔から、姉さんが面白がって俺の事を話すのを、止められた試しがないけどね……はぁ。

 俺の小さい頃の事を話し始めた姉さんが、皆に視線を投げかけて聞くと、ソフィーやフィリーナだけでなく、ユノも止めようとする気配はなく、むしろ聞きたいといった風に頷いていた。


 特にモニカさんは、首を何度も縦に振っていたけど……そんなに俺の恥ずかしい話が聞きたいのかなぁ?

 何故か、ヒルダさんまで頷いてたし……こういう時、アルネやエフライムの同性仲間がいないと、男って肩身が狭い思いをするんだなと実感。

 いや、男女関係ないかもしれないけども。

 レナやメイさんは、エフライムについて部屋に戻っているので、助かった。

 ……絶対、興味津々で話を聞いて、俺がもっと恥ずかしくなってただろうからね。


「でね? りっくんったらその時……」

「そんな事が……」

「小さい頃のリクか……随分かわいい行動をしていたんだな」

「「はぁ……」だわ」


 日本にいた時の話なので、結構モニカさん達にわかりづらい内容や単語が混じっていたけど、それも構わず、皆興味深そうに話を聞いている。

 話が弾む女性陣の声を聞き流し、恥ずかしさに耐えながらため息を吐くと、エルサとリンクした。

 エルサには俺の記憶が、契約した時に流れ込んでいるらしいから、似たような恥ずかしさを感じているのかもしれない。

 ……いや、スイカがまだ食べられないからだろうな。


 女三人寄れば姦しい、という言葉の意味を実感しつつ、恥ずかしさからお風呂に逃げ込むようにして、自分とエルサを洗い、さっぱりして出た後で、解散となった。

 俺とエルサがお風呂に入っている間に、満足するくらい話し込んだんだろう。

 ……モニカさんがニコニコして、俺を見ているのが気になったけど。


 ともあれ、アルネを回収して宿に戻る皆と姉さんを見送り、エルサの毛をドライヤーもどきで乾かして、寝る事にした。

 ユノは皆に預けたから、一人で思う存分エルサのモフモフを堪能させてもらう。

 ドライヤーの気持ち良さに半分寝ているようなエルサに頼んで、俺よりも大きいくらいの大きさになってもらい、モフモフに包まれる。

 恥ずかしい思いをした事を忘れるためだったけど、素直にエルサが従ってくれたのは、記憶を共有しているためか、それとも俺に同情したからか……。

 ……スイカやキューの事ばかりとか考えて、ごめんなエルサ。



――――――――――――――――――――



 翌日、至高のモフモフに包まれて寝ていたおかげで、スッキリ目覚めた。

 睡眠の質と、モフモフの関係はやっぱり密接に関わっていると思うんだ、うん。

 誰か、研究してくれないかな……? この世界に、そんな研究をしてくれる奇特な人がいるとは思えないけど。


 そんな益体もない事を考えながら、顔を洗って朝食を済ませ、少し心の準備をしたあたりで、モニカさん達が合流。

 フィリーナとアルネは、少し遅れてるみたいで、モニカさんとソフィー、ユノが先に合流した。

 俺は、今日から始まるお師匠さんの教えに備えて心を落ち着かせるように、ヒルダさんのお茶を頂く。

 緊張しすぎなのか、少しお茶を飲みすぎてお腹がタプタプしてるような……?


 モニカさんとソフィーは、マックスさんとヴェンツェルさんに言われた注意を思い出して、少しだけ警戒心を露わにしている。

 ユノとエルサは、微妙な緊張感に包まれてる部屋の中にいながら、持ち前の暢気さでソファーに転がっていた。


「ヴェンツェルだ。リク殿はいるか?」


 体感で一時間程……実際には数十分くらいだと思うけど、それくらいが経った頃に、部屋の扉がノックされ、外からヴェンツェルさんの声が聞こえた。

 ヒルダさんに視線を送り頷くと、サッと移動して扉を開けてくれる。


「失礼するぞ。リク殿、こちらが……」

「うひょおおおお!!」

「「「!?」」」

「なんなのだわ!?」


 ヴェンツェルさんが部屋に入ってきて、後ろから一緒に入ってきた人を紹介するように体を避けると同時、急に部屋に響いた叫び声。

 声自体は若さを感じる事はなく、低いしゃがれ声だったけど、その叫びには妙な力がこもっていて、十分に若いように思えた。

 その声に俺だけでなくモニカさんやソフィーも驚き、声にならない声を出す。

 エルサも急に響いた叫び声に、驚いて声を上げていた。


「おなごじゃおなごじゃあああああ!!」

「ちょっと、師匠!」


 尚も叫ぶ大きな声と、ヴェンツェルさんの静止の声。

 叫んでいるのは、杖を持った老人。

 年のころははっきりとわからないが、少なくとも七十代を過ぎているのではないかと思われるほど、顔に刻まれた皺は深い。

 肩口まで伸ばした髪は見事な白髪で、前髪は後ろに撫でつけてオールバックになっている。

 ……叫び声と相俟って、あまり年齢を感じさせない……というか、もしかしたら老けて見えるだけで結構若いのかも?


 足が悪いのか、杖をついているのが老人らしさを醸し出している。

 ヴェンツェルさんの静止の声も聞かず、興奮した様子で叫んでいる視線は、俺ではなくモニカさんやソフィーに向いて爛々と輝いていた。

 ……えーっと……なに?


「久しぶりのおなごじゃああ! そりゃっ!」

「は?」

「え? きゃあ!」

「なんだ? ふわぁ!」

「ぬふぉおお、やはり若いおなごはええのう!」

「師匠、止めて下さい!」


 一瞬、叫んでいた老人……お師匠さんの体がぶれたと思ったら、目の前から消えてしまう。

 思わず口をついて出た疑問の声を出した瞬間、俺の後ろにいたモニカさんとソフィーの悲鳴。

 視界の隅では、何故か部屋の隅で壁を背にして距離を取っているヒルダさんと、ヴェンツェルさんが止めようとする叫び声。

 ……何がどうなってるんだこれは?


「こっちにも若いおなごじ……若すぎるのう。はぁ……もう少し成長してから出直すがよかろう」

「失礼なの! 私は立派な女性なの! んっ!」

「ふぐぉぉぉぉぉ!! いいパンチ持ってるじゃねぇか嬢ちゃん……!」

「「あ……」」


 状況が把握できない中、悲鳴の上がった背後を振り向くと、お師匠さんはいつの間にかユノの前に立っていた。

 手を出し、触れようとしている格好のまま固まって、小学生……よくても中学生くらいにしか見えないユノを見て、品定めするような視線。

 その視線は、ユノの胸やお尻辺りをさまよっている気がする。

 お師匠さんが固まったまま、探るような視線と言い放った言葉で、ユノが憤慨し、拳を握ってぶん殴った。


 綺麗と言えるのかどうか……顔面を冗談とも思えるくらい歪ませて、殴り飛ばされたお師匠さんは、叫び声を上げながら、壁まで飛ばされた。

 老人をそんな強さで殴ったら危ないんじゃないか……と思って漏れた声は、ヴェンツェルさんと重なった。

 一瞬、すぐに治癒の魔法なりでなんとかしないと危ない気がしたけど、叫び声の後の言葉で、大丈夫そうだと判断した。

 というより、殴り飛ばされても元気そうだね、お師匠さん。

 殴られる瞬間、後ろに飛んだから派手に飛ばされたように見えたのは、少しだけ戦闘的な動きに目が慣れて来たおかげなのかもしれない。



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