第445話 取り乱すアンリさん
「こんなところで何をしているんだ!」
「何をって言われても……味見?」
「味見だと?」
「ルギネ、ルギネぇ……見た事のない物があるわよぉ?」
ビシッと俺を指さして、何故か少し怒ったように叫ぶルギネさん。
相変わらず喧嘩腰というかなんというか……元気だね。
何をと言われても、八百屋のおっちゃんに誘われて、他にも色んな人達に誘われた結果、スイカを食べる事になった……としか言えないけど。
とりあえずは味見とでもしておこうかな。
スイカは珍しく、皆食べた事がなかったようだし、切って食べるのも初めてだったみたいだからね。
訝し気な表情をするルギネさんの後ろから、アンリさんが俺達の前にあるスイカを指を差して教えてる。
その指で示された先では、外部の状況なんて知った事かと言わんばかりに、まだエルサがスイカをがっついてるね。
どうでもいいけど、指を差すのは止めようよ……ユノが真似しちゃいけないから。
「なんだ……赤い、食べ物……なのか?」
「スイカって言うんだ。珍しいらしいけど、八百屋のおっちゃんから食べてくれって言われてね。ルギネさん達もどう?」
「嬢ちゃん達、リクさんの知り合いかい? 見た所、冒険者らしい装備をしているが……」
「えぇ、そうなんですぅ。まだ知り合ったばかりですけど、こっちのルギネがリクさんと特に親しくしてるんですよぉ。あ、私はアンリと申します」
「そうかい。リクさんと親しいんだったら、遠慮はいらねぇ。好きなだけ食べな! ……って言っても、もうあんまり残ってないが……」
「ん? なんなのだわ?」
初めて見たスイカに、ルギネさんが疑問顔をしてるので、一応説明。
ここで会ったのも何かの縁だし、食べるかどうか聞くと、八百屋のおっちゃんが寄って来てルギネさん達に話し掛けた。
ルギネさんの代わりに、アンリさんが知り合いだと説明してるけど……俺とルギネさんって、親しいと言える程じゃないような……?
まぁ、協力して戦ったり、怪我を治してあげたりはしたけども。
ともあれ、アンリさんの説明納得したおっちゃんは、スイカを食べるように勧める。
その視線の先は、スイカをあっという間に三分の二程食べた、口の周りをベトベトにしているエルサだった。
皆からの視線を浴びて、食べるのに夢中だったエルサは、今頃になって気付いたように顔を上げた。
……ちょっと、食べ過ぎじゃないかな?
「ゲプ……どうしたのだわ?」
げっぷをするように息を吐いた後、首を傾げてルギネさん達の方を見上げるエルサ。
「おいアンリ! 私はリクと親しくなど……!」
「はぁぁぁぁぁぁ! かわいいわぁぁぁ! なにこれ、なんなのこれ! どういう生き物なの!?」
「……アンリ?」
「な、なんなのだわ!?」
アンリさんが八百屋のおっちゃんへの説明に、俺と親しいと言った瞬間、固まってしまったルギネさんが、今更ながらに動き出して、抗議をするため声を上げた。
しかし、それを遮るように、アンリさんが感動するような叫び声を上げてアンリさんの言葉を遮る。
その目は、ハート型になってるんじゃないかと思う程で、エルサを捉えて離さない。
どうやら、首を傾げて見上げたエルサが可愛くて、取り乱してるらしい。
エルサの方は、急に自分に向けて叫び始めたアンリさんに、戸惑っている様子だ……引いてるのかもしれないけど
「かわいいわぁ! かわいいわぁ! この世の物とは思えないくらい! ……触ってもいいのかしらぁ?」
「ちょっと、止めるのだわぁ!」
「どうぞ、存分に触って下さい。エルサ、しばらく我慢な? 美味しいからって、そろそろスイカはいいだろう。腹を壊すかもしれないしな」
「ちょ、リク!? むぎゅっ!」
「やったぁ! ……ふわぁぁぁぁぁ、モフモフなのよぉ! 天国にいるみたいな触り心地なのよぉ!」
「はぁ……」
エルサを見て興奮状態になっているアンリさん。
手を伸ばして来たのを一度は避けたエルサだけど、俺が後ろから押さえて、その手に捕まえさせる。
これ以上スイカを食べ過ぎてしまわないように、しっかりアンリさんにかわいがってもらえ?
大きな胸に埋めるように抱き締めたアンリさんは、もがくエルサを無視して、そのままモフモフを堪能し始める。
うんうん、やっぱりエルサのモフモフは誰もが感動する、素晴らしい触り心地だよなぁ。
なんて納得しながら頷いてる俺だけど、アンリさん……エルサの口周りや手が汚れてるのにも構わずだから……服が汚れてしまわないか少し心配。
まぁ、布面積は広くないから、大丈夫か。
集まった店のおっちゃん達が、アンリさんの胸元を注視して、ユノと一緒にお茶してた奥さん方に白い目で見られてるけど……俺は関与しない。
エルサを抱き締めると、さらに強調されるからなぁ……巨大なスイカがあっちにも二つあるし、仕方ない。
そんな状況で、何かを諦めたように溜め息を吐きながら、ルギネさんが俺の横へと座る。
スイカを食べる気になったんだろうか?
「……なんだ? 私は別に、リクと一緒に座りたいから、ここに来たわけではないぞ?」
「いや、何も言ってないけど……とりあえず、食べる? あっちは、しばらく手が付けられなさそうだし」
「はぁ、アンリはかわいいものを見るとすぐこれだからな。私も初めて会った時は滅茶苦茶にされたものだ……」
滅茶苦茶にされた……というところで、頬を赤らめる理由はわからないけど、とにかく凄かったらしい。
エルサがモフモフを蹂躙されている様子を見ると、邪な想像ができてしまいそうだけど……ルギネさんに失礼だから止めておいた。
「それで、これはなんだ? 赤い食べ物。見た事ないが?」
「スイカって言うんだ。珍しい物で、八百屋のおっちゃんが仕入れたらしいんだけど……確か、女王陛下が名付けて、献上品にもなってるらしいよ?」
「女王陛下が……そうか……あの女王陛下が。いつかは、私もお目通りしてみたいものだ……」
「あぁ、うん。そうなんだ……」
スイカを勧めて説明をしている中で、女王陛下という言葉に反応したルギネさん。
うっとりした表情をして、お目通りを……とか言ってる姿は、ちょっと危ない人にも見える。
姉さん……知らないところで意外な人気があるようだよ……。
頼んだら合わせる事もできるだろうけど……それは城の他の人達に迷惑になるかもなぁ……とりあえず、帰ったら姉さんには教えてみよう。
姉さんにそっちの気はなさそうだけどね。
「とにかく、食べてみてよ。甘くて美味しいから」
「そうか、わかった。……んぐ……!?」
「ね、美味しいでしょ?」
「っ! っ!」
姉さんの事はさておいて、スイカをルギネさんに食べるように促す。
残っていた一つを手に取り、いつもがなり立てるようにしているルギネさんからは、想像ができない程上品に、口へと運んで食べるルギネさん。
音も立てずスイカを食べる姿は、どこかいい所のお嬢様のようだけど……格好は色々と危ない女戦士だ。
下品とは言わないけど、本当にどこぞの令嬢だったら場合、両親が見たら卒倒しかねないよね。
ともあれ、スイカを口にしたルギネさんは、驚いて目を見開いて俺に顔を向ける。
笑いを堪えながら、美味しいかと問いかけると、口の中に残ったスイカを飲み込みながら、何度も頷いた。
良かった、ルギネさんにも気に入ってもらえたようだ。
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