第442話 珍しくも見覚えのある食べ物
「おら、お前達、リクさんに食べてもらいたかったら、テーブルを用意しな! 椅子も一緒だよ! ユノちゃん、美味しい物を用意するからね~? もちろん、リクさんにもね! ……今日は他の人達は一緒じゃないの?」
「うん! ありがとうなの!」
「あはは、ありがとうございます。モニカさん達は、マリーさんの厳しい特訓を受けてますよ」
「あっははははは! マリーちゃんのね。何かやらかしたのかしら? じゃあ今日は、兄妹で街の散策なのねぇ……」
おっちゃん達がぞろぞろと集まって来た中で、店の奥から出てきた奥さんが、マリーさんばりに声を張り上げ、おっちゃん達を牽制する。
テーブルを用意し始めたおっちゃん達をしり目に、ユノや俺に声をかける奥さん。
ユノは素直で元気が良いため、街の奥さん方には得に人気がある。
ユノを連れて歩いていると、いろんな場所で奥さん方が声をかけてくれるんだけど……その中で大体、うちの娘もこれだけ素直でかわいかったらねぇ……なんて言葉を何度聞いた事か。
ヘルサルでは以前からいた人はほとんど顔見知りになってる。
これは、防衛戦の時連絡役をやっていたのが大きいだろう。
だから、俺やユノだけじゃなく、モニカさんやソフィーとも一緒にいるのを、ほとんどの人が知っていると言っていいと思う。
まぁ、ユノは防衛戦の後からだから、ちょっと遅かったけど……獅子亭でちょこまかと手伝う姿が見られて、俺の妹がいると、あっという間に広まったらしい。
ちなみに、奥さんがマリーさんの事をちゃん付けで呼んでるのは、冒険者だった頃からの知り合いだかららしい。
若い頃のマリーさんをちゃん付けで呼んでいて、そのままという事だ。
あまり年齢の事には触れないようにしてるけど、奥さんの方が二回りくらい年上っぽいからそうなったんだろうけど、今のマリーさんしか知らない俺にとっては、ちょっと違和感があるなぁ。
「お、お前も出てきてたんだな。ん、しょ! ほらリクさん、これが珍しい野菜だ! どうだ、美味そうだろう?」
「え、これは……」
「……キューに似てるのだわ?」
「おっきいの!」
八百屋のおっちゃんが、奥から持って来た珍しい野菜。
両手に持っていたそれを、今し方他の店のおっちゃん達が用意してくれた、二メートル四方はありそうな大きなテーブルの上にデン! と置いた。
どこからこんな大きなテーブルが……と思う以前に、置かれたその野菜に目が釘付けだ。
エルサは、頭の上でキューに似ていると反応し、ユノはその大きさに喜んでる。
キューと似ているのは、見た目の色……それは緑で、縦に黒の縞模様が入っており、丸々としたその野菜は、俺にとってもよく見た事のある物だった。
「リク、これはスイカなのだわ?」
「俺の記憶からだな、その知識は。多分、そうだと思う。おっちゃん、これって?」
「農作物が集まるセンテですら珍しい野菜だ。その名もずばり! スイカだ!」
「おぉースイカなのー!」
「……名前も、そのままなのだわ」
ボソッと、俺の頭にくっ付いたままのエルサが、キューと似ているそれを見て囁く。
おっちゃんに聞いてみると、自慢するように胸を張って、周囲に公表するようにスイカという名前を披露した。
うん、そのままなのか……キューのように少し違った名前が来るかと思ってたけど。
ユノは、地球に来てた事があるから、もちろんスイカの事は知ってたんだろう……手を上げて喜んでる。
……大袈裟な八百屋のおっちゃんを見て、盛り上げるようにしてるだけかもしれないけど。
他の店から集まったおっちゃん達も、スイカを物珍しそうに見ているのに気を良くした、八百屋のおっちゃんは、自分だけが知る秘密を皆に教える……といった雰囲気を出しながら、スイカについて説明を始める。
「なんでも数年前に、各地の視察をしていた現在の女王陛下が見つけた物らしくてな。その地ではそれなりに作られてた物だったらしいんだが、名前はなかったんだ。食べてたにも関わらずな。出荷する事がなかったのが原因らしいが……それを見た女王陛下が、名前を付けて多く作るように言い渡したって話だ。それから、その地の農家はこぞって作り始めたらしいんだが……元々数の少ない物で、献上品扱いにもなったらしくて、あまり街で仕入れる事ができないんだよ」
「それを、無理を言って仕入れたのよね、アンタは。献上品だし、女王陛下が名前を付けた物として、売れるって言ってたけど……数もあまりないし、見た事のない人が多くて、あまり売れないのよ」
八百屋のおっちゃんによるスイカの由来と、奥さんの補足を黙って聞く。
……姉さん……スイカがあるなら言ってよ……。
姉さんもスイカは好きだったけど、俺も好きなのになぁ。
名前のなかった作物を、姉さんが見つけてスイカと名付けたのは……間違いなく前世の記憶というやつかな。
日本でスイカを食べ、慣れ親しんでた俺や姉さんにとって、そのまま同じ見た目の物を見つけたら、スイカと名付ける以外に選択肢はないからね。
エルサが言っていた、キューに似ているというのは当然、同じウリ科の物だからだろう。
水分が多い事や、見た目が緑な事は、キューとスイカのわかりやすい共通点だね。
形は違うけど。
「それじゃあリクさん、食べてくれ!」
「ありがとうござい……え?」
「ん?」
各店から持ち寄った椅子がテーブルの前に並べられ、そのうちの一つに座りながら、スイカが目の前にズズイと押し出される。
というより、テーブルの上を転がされて来た、という方が正しいか。
そのスイカの後ろで、自信満々に胸を張る八百屋の店主であるおっちゃん。
その他の人達は、珍しい食べ物がどんな物なのか興味津々らしく、ジッとスイカと俺を見てる。
……それはいいんだけど……これ、切ったりしないの?
「いや、このまま……ですか?」
「あぁ、そうだ。確か、このスイカを作ってる所では、皮ごと齧るって聞いたな」
「……えっと……ねえ……女王陛下はどうやって食べたので?」
「ん~そこの話は伝わってないんだよなぁ……。直に女王陛下に聞ければいいんだが、俺達がそんな事恐れ多くてできるわけもないし……まぁ、作ってる所と同じ食べ方をするのが、一番だな!」
「あー……えっと……うーん……」
八百屋のおっちゃんに聞くと、そのまま食べるのが普通との事だが……俺が知る食べ方と違う。
特別な食べ方をするわけじゃないけど、ただ切って果肉を頂く……というのが俺の知る食べ方だ。
いやまぁ、皮も食べる方法があったり、塩を振って食べるという事もあるけど、最初から皮ごとというのはほぼないはずだ。
姉さんはスイカを知ってるから、当然切って食べたはずだと思うけど、伝わってないらしい。
スイカを作る所での食べ方が皮ごとであるなら、あまり美味しさが広まらず、数が作られてなかったといのも、頷ける話かもね。
姉さんが名前を付けて献上品となった事で、ある程度は増えたんだろうけど……未だ珍しい食べ物と認識されてるという事は、あまり食べ方が知られてないという事かもしれない。
キューと似たような物で、同じウリ科の食べ物ではあるけど……キューのように丸かじりというのはちょっと……。
分厚い皮はキュー以上の青臭さで、進んで食べようと思う物にはならないと思う。
おっちゃんには悪いけど、さすがに切らせてもらおうかな……。
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