第402話 急ぐエルサと落下危機



「これが、エルサ様の真の姿……」

「ふわぁ……大きいです……」

「圧巻の一言に尽きますね。モフモフですが」


 翌朝、朝食を頂いた後、皆が集まってからヘルサルへの出発となった。

 王城の広い中庭で、エルサに大きくなってもらい、荷物を持った俺達が乗り込む。

 初めて大きくなったエルサを見た組……エフライム、レナ、メイさんは口を開けたま、呆気に取られてる表情でエルサを見上げてた。

 メイさんだけは、エルサのモフモフによる誘惑に引き寄せられそうになってたけど。


「それじゃあ、エルサちゃん、リク、皆、お願いね。ハーロルトも」

「うん、ちゃんとクラウスさんと話して来るよ」

「はっ!」


 姉さんがエルサの足元で声をかけ、それに俺を始め、乗り込んだ皆が頷く。

 ヘルサルへ行くメンバーは、昨日話していた通り、俺、モニカさん、ソフィー、フィリーナ、ユノ、ハーロルトさんだ。

 アルネは留守番する間、城の書庫で魔法に関する文献を見せてもらうらしい。

 勉強家というか、研究家というか……面白い魔法があったら、教えて欲しい所だね。


「これだけの大きさになれるのであれば、ドラゴンの伝説は正しいのだろうな。人間が敵う気がしない。……まぁ、契約をしているリクもそうだが」

「あははは、人間と敵対する気はないから、安心してよ」


 エルサを見て呆気に取られていたエフライムが、いち早く正気に戻り、何やら納得したようにうんうん頷きながら、呟いている。

 とは言え、野盗のような人達以外だと、特に人間に対して何かを使用とは思わないしね。

 この国で普通に暮らしてる人達は、優しい人達ばかりだし。

 それに、元々エルサが人間に対して、あまり興味を持ってなかったみたいだから、ちょっかいを出さない限りは、ドラゴン対人間になったりはしないと思う。


 俺としても、人間を相手にするよりは、魔物討伐をして冒険者として人助けをしている方が性に合ってるしね。

 国の兵士とかじゃなく、自由な冒険者になって良かったと思う。


「リク様、お気をつけて! 帰りをお待ちしております!」

「そうです、レナーテお嬢様。男性は待っていてくれる女性の元に、いずれ帰って来るものなのです。慎み深く、貞淑な女性に弱いのですよ」

「……メイさん、また変な知識をレナに教えて。――レナ、数日で帰って来るから、待っててね!」

「はい、リク様のお帰り、お待ちしております!」


 エフライムの次は、レナとメイさんが正気に戻ったようだ。

 見上げた状態で精一杯叫んでるレナは、ついて行きたいと駄々をこねる様子は既にない。

 昨日あの後、エフライムやメイさんに言い聞かされたんだろうな。

 まぁ、そのメイさんは、レナの後ろからまたよからぬ知識を授けてるけど……。


 待っている女性の元に帰るって……ほとんどの場合、恋人同士とか夫婦の話じゃない?

 とは思うが、出発前なのでツッコミを入れる時間はない。


「それじゃあ、とっとと飛ぶのだわ! 急いでいくのだわ!」


 ほら、エルサが待ちきれない様子だ。

 エルサが急いで飛んでも、移動時間が多少短縮されるくらいで、キューの生産にはそこまで影響はないと思うんだけど……まぁいいか。


「それじゃあ、行ってきます!」

「飛ぶのだわぁ!」

「きゃあ!」

「うぉ!」

「「「「っ!」」」」

「わーいなの!」


 俺が見送りに来てくれた皆に対し、声を張り上げるようにして挨拶すると同時、エルサの背中から出たモフモフの翼が大きく羽ばたきを繰り返し、周囲に風を巻き起こしながら急浮上。

 俺達を見上げていた皆は、その風に悲鳴を上げ、飛ばされないようにしている。

 一番危なそうなレナは、後ろでメイさんが支えてるから大丈夫そうだ……良かった。

 エルサの背中に乗っている皆も、急に飛び上がったため、押さえつけられるような重みを感じ、微かに声を漏らした。


 ……落ちるとかじゃないけど、ちょっと苦しいな。

 ユノだけは、少し楽しそうな雰囲気だけどね……。


「しっかり掴まっておくのだわ!」

「ちょ、おい……エル……っ!」

「「「「ぐっ……!」」」」


 数秒程で、城を見下ろす程の高度に達したエルサは、体をヘルサルへ向け、急加速。

 突然の動きに、俺達はエルサの背中……正確には毛に全身で捕まって、振り落とされないようにしがみつくので精一杯だ。


「ひゃっほー! だわぁ!」


 キューのためなんだろうけど、空を飛ぶ事自体は楽しいらしいエルサは、喜びの声を上げながら、今まで以上のスピードで移動し始める。

 調子に乗ったエルサが横に回転したりして、乗っている俺達は大変だ。

 俺はなんとかしがみ付けてるけど、他の皆が振り落とされるんじゃないかと、冷や冷やする。

 今の所、誰も落とされたりはしていないが、この状態が続くと、いつかは誰かが落ちてしまうだろう……。


「おい、エルサ! おいってば!」

「気持ちいのだわぁ! キューの所までひとっ飛びなのだわ!」


 尋常じゃないスピードと動きをするエルサに対して、叫んで止めようとするが、聞こえていないのか速度を緩める様子はない。


「くっ……リクさん……っ!」

「モニカさん!」


 モニカさんが辛そうに声を上げている……。

 俺もそうだけど、皆風圧で息をするのも辛そうだ。

 このままだと、落ちるのも時間の問題か……結界で拾う準備をしておこう。

 ……ん、結界?

 そうだ!


「結界!」

「ふぎゃ!」


 ごちーん! という音が鳴り響き、俺が作り出した結界と、エルサの顔面が正面衝突した。

 何かが遮るとは思ってなかったエルサが、スピードに乗ったままぶち当たったから、かなり痛そうだ。

 まぁ、自業自得だな。


「な、何をするのだわ! 痛いのだわ!」

「何をするじゃない! 調子に乗って速度を出し過ぎだ! いつもはしないような動きもして……今エルサは結界を使ってないだろう? 皆落ちそうになってるんだ!」

「はっ! そうだったのだわ。結界を忘れてたのだわ! 結界! だわ」

「はぁ……ようやくか……」


 エルサが怒って叫ぶけど、叫びたいのはこっちだ。

 いつもならエルサは、もっとゆっくり移動してくれるし、乗っている俺達の息が苦しくなったり、落ちてしまわないよう、風圧を和らげる結界を張っているはずだった。

 なのに今回は、空を飛ぶ事とキューの事で頭がいっぱいで、それを忘れていたらしい。

 俺がエルサを止めて叱った事で、ようやくエルサの周囲に結界を張ってくれた。


 ワイバーンを持って帰る時みたいに、俺が結界を張って皆を守れたら良かったんだけど、エルサが動きま回るし、速度も一定じゃないから、結界を一緒に移動させるというのができない。

 エルサの前に結界で壁を作って、激突させるのがせいぜいだね。

 まぁ、おかげでエルサが止まってくれたんだけど。

 今は、俺の結界にぶち当たった痛みで、エルサが空中で静止している状態だ。

 翼はばっさばっさと羽ばたいてるけどね。


 ようやく落ち着けたことで、皆体の力を抜いて息を吐いている。

 全力でしがみついてたから、疲れるよね……。


「はぁ……はぁ……エルサちゃん、お願いだからもう少しゆっくり飛んで……死ぬかと思ったわ……」

「こ、これ程の事……訓練でも味わった事はありません。これがドラゴン……」

「もうあのスピードは出ないの?」


 フィリーナがエルサにお願いし、ハーロルトさんは戦慄した様子で呟いている。

 モニカさんとソフィーは、息を整えるので必死みたいだ。

 あんな動きと速度で飛ばれたら、死を覚悟してもおかしくないよね。

 ユノだけは、少し残念そうだったけども……。



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