第383話 子爵家と女王の情報共有



「成る程ね。それで子爵領の方は、何も動きがなかったのね。連絡を取ろうとしても、返答が帰って来ないわけだわ。クレメン子爵まで届いてなかったんだから。……そうなのね、あの男から聞き出した事とも、辻褄が合うわ」

「あの男、ですか?」


 納得しながら頷く姉さんだが、エフライムはあの男という言葉に引っかかったようだ。

 多分、捕まえて事情を聞き出した男の事だと思うけど、子爵領に関する事を何か言っていたのだろうか?


「リクが子爵領へ向かう前、一人の男を捕まえたのよ。この男は、バルテルの配下ではないのだけれどね。でも、直接つながってた者でもあるわ……」


 今度は姉さんの方から、捕まえた男の事を話し始める。

 女の子を差し向けて、姉さんの命を狙った事。

 帝国との関係や、バルテルと帝国の関係も含めてだ。

 バルテルが帝国と繋がっていた事や、姉さんの命が狙われた事に、エフライムのみならず、レナやメイさんも驚いていた。

 バルテルの事は話してたけど、帝国との事は話してなかったからね。

 

「そして、その男が言った事の中に、帝国が我が国に攻め入る時……一番の障害を排除していると言っていたの」

「一番の障害?」


 国同士で戦争……というより、一方的に攻め入る場合、色々と障害はあるとは思うけど、一番はやっぱり相手の軍事力が障害になるだろう。

 それはわかるんだけど、何故子爵領の話と、障害の話が繋がるのかわからない。


「子爵領の話を聞くまでは、王都の事だと考えていたわ。当然の事だけど、王都は国の中心なのだから、一番軍事力があるからね。でも、バルテルの行動で私を攫う事に成功した場合、王都は大混乱に見舞われるのは間違いない。それに、バルテルが行動を起こす時、兵士達の半数は行動不能にされていたわ」

「そう言えば……ヴェンツェルさんとかも、痺れ薬のような物で動けなくなってたんだっけ」

「えぇ。軍事力が半減し、さらに混乱の真っただ中に攻め入る……と考えると、王都は一番の障害にはならないの。そんな状況の中、帝国が大軍勢で押し寄せて来たら、さらに混乱する事は間違いないしね」


 姉さんが攫われ、ヴェンツェルさんが動けない……ハーロルトさんは大丈夫だったけど、一人では全てを取りまとめる事なんてできないだろう。

 指揮系統が混乱した軍隊は、多少戦えるだけで、有象無象となるのは簡単に想像できる。

 それに、もしかしたらバルテルは、突発的に行動を起こさなければ、もっと用意周到に兵士達を動けなくしていた可能性もあるし。

 実際には痺れて動けなくなった人達は、翌日には全員回復してたみたいだけど、誰も処置する余裕がなければ、もっと長い時間動けなかった可能性もある。


 そんな状況で帝国が攻めて来たら……簡単に王都は陥落してしまうだろう。

 まぁ、魔物が押し寄せて来たから、先にそちらで王都が壊滅とは言わないまでも、大打撃を受けてた可能性もあるしね。

 魔物の事はさておいて、そういう状況になった場合、攻める側の帝国にとって一番の障害は王都とはなり得ない……という事かな。

 貴族達も、王都に集まっていたから、軍を編成して援軍に……なんて事はすぐにできない状況だろうし。


「それなら、一番の障害って言うのは、子爵領の事?」

「そうよ。子爵領は、帝国方面では一番の兵士と騎士を抱えてる貴族よ。国境付近にも、兵士達はいるけど……無警戒とは言わないまでも、今回の事があるまで、帝国が強行な手段に出るとは考えられてなかったからね。帝国が真っ直ぐ王都へ向かって進軍すると考えた場合、子爵領を通る事になるわ」

「でもそれなら、どうしてクレメン子爵を街に押し込めたんだろう? 授与式に参加させて、王都に来させた方が動きづらかったんじゃないかな?」

「リク、我が子爵領では、当主が不在の場合に何かが起こった際には、騎士団の権限で兵士を動かせる事となっている。つまり、帝国の軍が来た場合、騎士団長が率先して防衛に当たる事になっただろう。……まぁ、貴族領の軍編成では、国の軍隊を追い返す事はできないだろうが……」

「それでも、数日は持ち堪えるはずよ。その時間があれば、各地の貴族が王都へ向けて軍を出す余裕も、少しは生まれたはず。最終的には帝国が勝つとしても、向こうの被害は決して少なくないはず」

「成る程……だから、子爵自体を押しとどめておいて、その間に進軍しようと考えた……と」


 戦争をするうえで、まっとうな王なら考える事の一つに、自軍や自国への被害があるはずだ。

 よっぽどの暴君でもない限り、自分達への被害がどれだけ出るかを考えず、他国へ攻める事なんてしないだろう……と思う。

 つまり帝国にとっては、バルテルを利用する事で、姉さんを攫うだけでなく、被害を最小限に抑える事もできる最良の策だったわけだ。


「なんにせよ、結局はリクの活躍によって、バルテルの凶行は防がれて、私は無事にここにいるわ。それに、その後の魔物襲撃もなんとか退けたし。報告によれば帝国は、国境付近に兵を集める途中だったらしいけど、今は退いてる。被害はあったけど、大きな混乱には至ってないわ」

「それに、それだけの計画を潰されたのですから、帝国の方もしばらく動けないと考えられますね」

「まぁ、兵を動かすにも、準備からなにから、必要な物が多いしね」

「……全てリクが成した事……一つの街を救ったどころではなく、結果的に国全体を救ったとも言える。リクの功績が計り知れないな……」

「いや、俺だけじゃなくて、兵士さん達も戦ってたし、一人の功績じゃないよ?」

「リクがいなければ、私は殺されていたか攫われていたか……王都へ来ていた貴族も同様ね。それに、魔物の襲撃で、大半の魔物を倒したのもリク……これだけ考えると、とんでもないことをしてるわよ?」


 うぅむ……そうなんだろうか?

 姉さんを助けたのは、弟として当然だし……ユノの協力や、謁見の間に裏から入る場所を教えてくれた兵士さん達のおかげで、怪我をさせたりする事なく助けられた。

 それでも、貴族の人達には被害が出てる。

 魔物の方は、俺だけじゃなく兵士さんや、モニカさん達もいて、街の方からは冒険者達も手伝ってくれていた。

 被害が多くならないよう、魔法を使って殲滅したけど……俺がいなくとも何とかなってたんじゃないか、とも考えてるんだけどなぁ。


「やっぱり、リク様は凄い方です!」

「あー、あははは、そう……かなぁ?」


 レナが目を輝かせて、向けられる尊敬の視線にちょっと困る。

 結局、皆で俺の功績が凄いと言ってくれたけど、あまり実感が沸かない。

 そんな中、エルサが騒ぎ始めたので、すぐに夕食となり、いい機会だとエフライム達も交えて一緒に食べた。

 レナは俺と一緒にいられて上機嫌な様子だったけど、エフライムはエルフの二人だけでなく、姉さんとも一緒にという事で、随分と恐縮しているみたいだったね。


 食後に少し休んだ後、その場は解散となった。

 エフライムとレナは、慣れない馬車旅だったから、用意された部屋でゆっくり休んで欲しい。

 姉さんは不機嫌だった事を忘れたように、上機嫌になって部屋を出ていった。

 お腹が膨れたからかな?


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