第368話 ロータに素質あり



「そうだな……素質は悪くないと思う。まだ子供だから、判断が付かない部分もあるが……指示は素直に聞き、強くなる事に貪欲だ。これは、父親の事や村を守ると言い切った覚悟に関係しているんだろう。体を鍛える事を優先したから、体力は数日でもわかるくらいついているが……2日目や3日目は、動くのも辛そうだったな」

「ははは、それはソフィーの訓練が厳し過ぎたんじゃない?」

「まぁ、厳しくしている自覚はあるな。戦うという事は、命が掛かっている。もしロータが不十分な訓練で、魔物に戦いを挑んだとしたら……待っているのは悲しい事だけだからな。父親の事があってか、その事は十分にわかっているから、辛くともしっかりこなす気概はある。まぁ、さすがに愚痴を言ったりはするがな」

「まぁそこはね。不満というわけじゃないんだろうけど、文句を言いたくなる事はあっても仕方ないよね」


 まだまだロータは子供なんだ。

 それこそレナよりも小さい。

 そんな子供が、なんの不満や文句、愚痴もなく黙々と訓練だけをするとは思えない。

 大人でも、多少は出てしまうものだしね。


 まだまだ遊びたい盛りの年頃だ。

 それなのに、言われた事を聞いて訓練をし、さらに母親の手伝いまでこなすなんて、それだけで立派だと言える。


「まぁな。成長が楽しみだ」

「そうだね。……ロータが成長した頃には、俺ももっと成長してなきゃなぁ……」

「なんだ、これ以上人間離れして行くのか、リクは?」

「人間離れって……酷いな」


 剣の技術もそうだけど、魔法を失敗しないようにしたいし、姉さんやマックスさん、クレメン子爵のように、大人として立派になりたいとも思う。

 強さだけじゃなく、人間として成長して行きたいと考えてる。

 年齢もそうだけど、色んな人と出会う中で、自分はまだまだだと実感させらるばかりだ。

 せめて、ロータやレナのような子供が成長した時に、立派な大人だと誇れるようになりたいと思う。

 ……果てしない道のような気がするけどね。


 その後、少しだけソフィーと笑いながら談笑した。

 部屋へと戻るソフィーを見送った後、エルサを抱き上げて風呂へと向かう。


「ほら、エルサ……ユノとの訓練で怪我汚れてたから、洗い落して綺麗にするぞ?」

「ふわぁ……だわ。眠いのだわぁ……」


 キューの浅漬けをこれでもかと食べたエルサは、俺とソフィーが話している間に、ユノと訓練をした疲れが襲って来て、ほとんど目が開いていない状態だ。

 自分で動く事を忘れたのかと思う程、立たせてもすぐに床にペチャっと潰れたようになるエルサを、なんとか風呂で汚れを洗い落し、ドライヤーもどきの魔法も使って、モフモフを綺麗にしておいた。

 風呂から上がる頃には、完全に寝てしまっていて、毛を乾かす時も起きる事はなかった。

 ユノに斬られた毛は、エルサ自身が言っていたように、短くなった跡などもなく綺麗になっており、乾かした後のモフモフに安心しながら、エルサを連れてベッドへと入り、就寝した。



――――――――――――――――――――



 翌日、イオニスさんと村の様子や、畑を見ながら話す事になったクレメン子爵やエフライムとは別に、俺はモニカさん達とロータの訓練を見守っている。

 レナは、俺と一緒にいる事を望んだのでこちらにいるけど、離れる時はやっぱり、エフライムに恨めしそうな目で見られた……俺、何も悪い事してないんだが……。

 マルクスさんは、馬車の整備と馬の世話をしてくれてる……ありがたい。


「ロータ、私は明日王都へ戻る事になる。だが、その後ももちろんロータには訓練をしてもらう。短期間で終わっては、訓練の意味もないからな」

「はい、師匠!」


 広場の隅で、エルサやモニカさん、ユノやレナと固まって座り、のんびりしながらソフィーが行うロータへの指導を見守る。

 今は、走り込み等の基礎訓練を終えて、俺達が王都へ帰った後に、ロータがする自主訓練を教えてるようだ。

 ソフィーがいなくとも、ロータなら真面目にやるだろうけど、どういった訓練をすればいいのか、ソフィーから教えられてる。

 夕方には、ソフィーがロータの家について行って、母親にも同じ事を教えるらしい……ロータだけに教えても、忘れてたり間違えたりしないためという事だね。


「ロータ君は、冒険者になるつもりなのでしょうか?」

「……メイさん? いつの間に……」

「私は、レナーテお嬢様の護衛兼メイドです。お嬢様がおられる場所が、私のいる場所なのです」


 ぼんやりと、ソフィー達の方を見ていたら、後ろから急にメイさんから話しかけられた。

 全然、気配も何もなかったんだけど……俺、メイさんにかかったら、簡単に暗殺とかされてしまうんじゃないだろうか?

 メイさんが気配を殺してまでレナの近くにいるというのは、攫われた時に離れていた経験からかもしれないけど。


「私の事よりも、ロータ君の事です。彼は、将来冒険者になるのでしょうかね?」


 自分の事を話すのは、苦手らしく、メイさんは振り向いた俺から目を逸らしつつ、ロータの話へと戻す。

 意外と恥ずかしがり屋さん? もしかして、注目されないように気配を殺してるとかではないよね?

 それはともかく、今はメイさんの事じゃなくロータの事か。


「ん~、どうなんでしょう。そのあたりは、ロータがどうするか、これから決めるんじゃないですかね? 強制する事でもありませんし。メイさんは、ロータが冒険者になる事は反対ですか?」

「子爵家の人間としては、子爵家に仕えて欲しいとは思います。騎士や兵士になってもらえれば、将来の子爵家は安泰ですからね」

「ロータがこれからどうなるか、まだまだわかりませんよ?」

「ですが、子爵様の前で覚悟を言った気概は、評価すべきだと思っています。あれくらいの年頃で、それができる子供がどれだけいるのか……」

「それは確かに、そうですね」


 ロータの場合、父親を亡くした経験からだろうけど……似たような経験をしたからと言って、他の子供がロータと同じようにできるとは限らないしなぁ。


「なので、リク様達が去った後は、みっちりと特訓を受けてもらえるよう手配致しましょう」

「はい?」

「少しの間、レナーテお嬢様をお願いします。すぐに戻りますので」

「それはいいんですけど……何をするん……って、もういない!?」

「リク様、どうしたのですか?」

「いや、今メイさんと話してたんだけど……いつの間にかいなくなってて……」


 急にレナの事を俺に任せられ、どうするつもりなのか聞こうとした時には、既にメイの姿はなくなっていた。

 レナを任されたのは、俺への信頼かもしれないけど……少し目を離しただけで、離れて行くのもわからないくらいの一瞬でいなくなるなんて、メイさんは本当に何者だろうか?

 姿の消えたメイさんに驚いていると、隣に座っていたレナが首を傾げた。


「メイドですか? いつも気が付けば近くにいるし、気が付けばいなくなってますよ」

「そ、そうなんだ」


 レナは何でもない事のように言うけど……本当に何者なんだ、メイさんって……?



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