第365話 エルサの受難



 ロータの剣を受けながら、離れた場所でユノから尋常じゃない速度で振られる剣を、全力で避けるエルサを見ながら、心の中で謝った。

 もし、ユノの剣が当たってしまって、エルサが怪我をしたら、全力で治癒魔法を使ってあげようと思う。

 ドラゴンに必要なのかわからないけど、ユノならそれくらいの怪我をドラゴンに負わせる事もできそうだしな。


「よし、そこまでだロータ!」

「ぜぇ……はぁ……はい……はぁ……ふぅ……」

「お疲れ様、ロータ」

「はぁ……ふぅ……やっぱり、リク兄ちゃんは凄いや。ふぅ……全く剣が通る気がしないよ」

「ははは、それはまだ、ロータが剣を扱いきれてないからだよ。俺なんてまだまだだからな」


 日が沈み始めて、当たりが暗くなって来た頃、ソフィーの声でロータとの訓練が終わる。

 途中、息を整える時間も交えながらで、大体1時間くらいかな。

 剣を杖にして、息を切らしながらもなんとか立ってるロータが、俺を褒めるが、実際真っ直ぐ振り下ろされるだけの剣だから、褒められるほどの事はない。

 むしろ、小休止があったとはいえ、長い間剣を振り続けていたロータを褒めるべきだと思う。


「ロータ、お疲れ様だ。そろそろ家に帰る頃だろう?」

「そうだった! それじゃ、リク兄ちゃん、ソフィー師匠、ありがとうございました! 僕はこれで!」

「うむ、しっかり母親を手伝ってやれよ?」

「はい!」

「またな~」


 ソフィーが近付いてロータに声をかけると、忘れてた事を思い出したように、顔を上げてすぐに母親の待つ家へと向かって駆けて行った。


「元気だなぁ……さっきまで疲れ切ってたのに、もう走ってる。というか、手伝いって何かしてるの?」

「あぁ、母親が家の事をやっているのだが、いつも手伝いをしているらしいんだ。今は、訓練のために日中はやらなくなったらしいが、日が暮れた後はそちらを手伝いたいらしくてな」

「そっか、親孝行だね」


 息を整えながら、少し話しただけで回復し、走って行ったロータを見送りつつ、ソフィーに話を聞く。

 俺達がこの村に来る以前から、ロータは進んで母親の手伝いをしていたらしく、今は剣の鍛錬があるけど、それでもしっかりと手伝いはしているらしい。

 まだ小さいのに……偉いな、ロータは。

 まぁ、完全に手伝いを止めたりしないのは、父親を亡くした事が大きいのかもしれないけどね。


「それはそうと……あっちは、まだ終わらないの?」

「そろそろ、終わってもいい頃合いだとは思うが……」


 ロータの事は置いておき、ソフィーと共に視線を別の方へと向ける。

 そちらでは、目にも止まらぬ……というより実際、目で追えない程の速度で剣を振っているらしいユノと、それを器用に身を捩ったりしながら、避けているエルサの姿があった。

 剣を振っているらしい、というのは、薄暗くなって来た事と、ユノが振る剣と腕の速度が速すぎて、本当に目に見えないからだ。

 ユノも相当だけど、それを当たらないように、避け続けてるエルサもどうかしてるとしか思えない。


「あはははは! 全然当たらないのー!」

「ぎゃー! 今、毛をかすったのだわ! 私の大事な毛が切れたのだわ!」

「体に当たってないんだから、大丈夫なの! ほらほらぁ、もっと行くよー!」

「ちょっと、待つのだわ! さすがに、暗くて見えなく……ぎゃー! また毛が切れたのだわ!」

「終わる様子はなさそうだな……」

「そうだね。そう言えばソフィー?」

「どうした、リク?」

「以前エルサが言ってた事なんだけど、ドラゴンの毛って、戦闘状態になると特別硬くなるらしいよ?」

「それは……グリーンタートルよりも硬いのか?」

「……どれだけかはわからないけど、多分」


 騒ぎながらも、常軌を逸した動きをしているユノとエルサ。

 その二人を見ながら、以前エルサが言っていた事を思い出した。

 俺もそうだけど、エルサもドラゴンの魔力によって、そこらの武器では斬れないくらい硬くなるって言ってた。

 どれだけ硬くなるかは、試したことがないからわからないけど、神様であるユノが作ったドラゴンなんだから、ハンマーで叩けば砕けるくらいのグリーンタートルより、硬くないという事はあまり考えられない。


 そんなドラゴンの毛を、笑いながら剣で斬るユノって……さすがは元神様と言うべきなのかな?

 いや、今は人間とほとんど変わらないとか言ってたっけか。

 あれを見ると、人間とは思えない動きをしてるようにも見えるけど。

 ともかく、魔力が異常にあるだけで、英雄だなんだと言われてる俺よりも、ユノの方がよっぽど怖いと思う……。


「さすがにそろそろ止めないと、不味くないか? 暗くもなって来た……エルサがユノの攻撃を避けるのも苦労してるようだ。実際、毛を斬られるなんて事は、さっきまでなかったはずだが」

「そうだね。ソフィー、止めて来てくれる?」

「……あれを、私に止められると思うのか? マックスさんやヴェンツェル様を見た時は、自分の力不足を実感する程度だが、あれは違い過ぎて笑しか出て来ないぞ?」

「そうだよねぇ……」

「止められるのは、リクしかいないだろう?」

「いやいやいや、何を言ってるの? 俺だってあれを見たら怖いし、危険だと思うよ! ……止めるとか、無理じゃない?」


 ぎゃーぎゃー騒ぎながら、動き続けてるユノとエルサを見ながら、ソフィーと話す。

 確かにソフィーの言う通り、マックスさんやヴェンツェルさんとは違い、ユノの動きは真似をしようとか、参考にしようとか考える事すらできない。

 あれ、どうやったら止められるんだろう?

 夢中になってるから、こちらの声は届きそうにないし……エルサが止めようと叫んでも、笑うだけで止まらないしな。

 間に入ったら、一瞬で体が切り刻まれそうで嫌なんだけど……。


「あそこに行けるのは、リクさんしかいないと、私も思うわよ?」

「モニカさんまで……俺が行っても、巻き込まれて斬られるような気がするんだけど……?」


 いつの間に近づいて来たのか、レナを連れたモニカさんが、声をかけて来た。

 モニカさんもソフィーと同意見なのか……でもさすがにあれはなぁ。

 ちなみにレナは、自分と同じくらいの見た目をしているユノが、あそこまでとは思ってなかったのか、唖然としたままユノとエルサが戦ってる方を見ている。

 クレメン子爵達と、ユノの事を話した時、眠そうであまり聞いてなかったみたいだからね。

 まぁ、話を聞いていても、実際に見たら驚くか。


「リクさん、あの結界って魔法を使えばいいんじゃない? あれなら、ユノちゃんの剣を防ぎつつ、二人の間に入って止められると思うんだけど?」

「あぁ、そうか。それがあったね」


 モニカさんの提案、結界の魔法。

 不可視の結界で体を覆って行けば、ユノに切りかかられても、怪我をする事なく止められそうだ。

 ……結界の耐久力というのは、試した事がないけど、エルサがよく使うくらいだから、きっとドラゴンの防御力よりは高い耐久性なんだろう。


「成る程な。それじゃ、リク、任せた」

「はぁ……わかった。仕方ないね。それじゃ……結界!」


 仕方なく、俺は一瞬の集中で、自分の周囲を覆うように結界を張る。

 結界は完全に内側と外側を隔てる物だから、完全に体を覆ってしまったら、外からの音も聞こえなくなるため、俺の足元と頭上は隙間を空けてある。

 透明な筒に入ってるような形だね。

 結界ができたのを、手で触れて確認し、動くように操作しながら、ゆっくりとユノとエルサのいる危険地帯へと近付いて行った。



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