第364話 ロータの訓練の成果



「……ソフィーも泣いてるのね。私もちょっと感動したけど……」

「まぁな……自分が訓練してやっている子供が、まだ日が浅いし、師匠だからと偉ぶるつもりはないが、少しな……」

「気持ちはわかるわ。私も、妹のように見てるユノちゃんが、あんな風に必死で何かを伝えようとしてたら、感極まってしまいそうだもの……」


 クレメン子爵に向かって、堂々と言い切ったロータは、笑顔でありながらも、涙を流しながら顔を歪ませて無理矢理笑顔になってる。

 また、父親の事を色々と思い出したんだろうな……。

 強がるロータは、父親の剣を受け継いだという自覚と、父親のように誰かを守りたいという決意が感じられた……強い子だ。

 それを見ている周囲の村人達、特にイオニスさんは感極まっている様子だ。


 横で見ているモニカさんやソフィーさんも同様で、特にソフィーが目に涙を溜めてロータを見ていた。

 かくいう俺も、結構ジーンと来てる。

 それはいいんだけど、モニカさん……ユノは多分、このロータのように立派な事を言う事はなさそうだよ。

 ユノは、お気楽成分強めだからなぁ……。


「お爺様、将来有望な子が、領内にいるようですね?」

「うむ、そうだな。だが、この子が成長する頃には、当主はワシではない。……お主もしっかりと前を見据えねばならんな」

「はい。領民の苦労を目にしかと焼き付け、お爺様のように素晴らしい領主になりたい……そう思います」

「うむ……」


 ロータの前で膝を付いて、視線を合わせているクレメン子爵の後ろから話し掛けたのは、エフライムだ。

 父親から受け継いだ剣を握りしめて、泣きながらも決意を示すロータに対し、頼もし気な視線を向けている。

 将来ロータが、冒険者になるのか、それともこの子爵領で兵士や騎士になるのかはわからないが、こういう子供がいるというのは、先の事を考えると嬉しいんだろうね。

 ロータが見せた決意に応えるように、エフライムも次期当主としての決意をクレメン子爵に示す。


 その姿は、俺と同じくらいの年齢とは見えないくらい、大人びて見えた……。

 俺も、もう少ししっかりしないといけないな。



「やっ! えいっ! たぁっ!」

「よっ、ほっ、はっ」

「ロータ、肩に力が入り過ぎている。それじゃあ斬れる物も斬れん! 剣筋を意識しろ、剣の腹ではなく、刃をしっかり相手へ向けて斬り込むんだ!」

「はぁ……はぁ……はい、師匠!」


 クレメン子爵とロータが話した後、イオニスさんの家へと向かったクレメン子爵とエフライム。

 領主としての話があるんだろう、俺達は邪魔になってはいけないと、外に残った。

 以前泊まった時と、同じ宿が用意されていたんだけど、ロータが訓練の成果を俺に見て欲しいと言って来たから、村の広場でロータと向き合ってる。

 ちなみに、レナは難しい話の場にいるのを嫌がり、俺達と一緒にいる。


 イオニスさんやクレメン子爵に連れられて行くエフライムは、レナがこちらに残ると知って落ち込んだ様子だった。

 去り際、捨てられた子犬のような目を、レナに向けていたのは印象的だった。

 さっきの決意は一体どこへいったのか……。


「ふぅ……はぁ……てやぁぁ!」

「ほいっと」

「そうだロータ。リクが相手なのだから、遠慮はいらない。真っ二つに斬ってやるくらいの気迫で攻めろ!」

「はい! やぁ!」

「俺が相手だからって、そこまではちょっと酷いんじゃない、ソフィー?」

「なに、リクならもしロータの剣が当たっても、大した事はなさそうだからな」


 父親から受け継いだ剣を両手で持ち、俺へと振り下ろして来るロータ。

 ロータが持っている剣は、ショートソードで本来は片手で扱える物なんだけど、ロータにとってはまだ重いのか、両手で振るのが精一杯なんだろう。

 離れた場所から飛んで来るソフィーの声に従い、全力で俺に向かって来るロータに対し、俺は自分の剣でそれを受け止める。

 ソフィーの言った、俺を斬るくらいの気迫を……というのはわからなくもないんだけど、真っ二つにするとか、俺相手だからってのは、ちょっと言い過ぎなんじゃないかと思う。


 まぁ、まだまだ剣を使い始めたばかりのロータが相手だから、万が一というのもなさそうだけど。

 ソフィーにそれしか教えられてないからだろう、ロータはずっと、上から振り下ろすだけの攻撃しかして来ない。

 毎回同じ軌道でしか剣が来ないのだから、当然受けるのも簡単な事だ。

 もちろん、ソフィーからは俺に反撃は絶対するなと言われてる……ロータに、剣を人に対して振るという感覚を覚えさせよう、という事らしいけど、言われなくともさすがにロータに向かって反撃をしたりはしない。

 俺は単純に、ロータの剣を受けて、成長する姿を楽しませてもらうだけだ。


「あの子、リク様にいいようにあしらわれていますね?」

「ロータは、まだ剣を習い始めて数日ですから。むしろ、しっかりと剣を振り下ろせてる事を褒めるべきですね」


 ソフィーの横で、レナとモニカさんが話しているのが、かすかに聞こえる。

 レナは、自分より年下の子が剣を振っている事よりも、俺が簡単そうに受けている事を気にしているみたいだけど、モニカさんの言う通り、剣を習い始めたばかりのロータが、ぶれる事も少なく、真っ直ぐ剣を振り下ろして来ている事を褒めるべきだと思う。

 重い剣だとか、疲れが出て来ると、剣筋がぶれるのも普通なんだけどね……これも、ソフィーの指導がいいのか、ロータの素質がいいのか……。


 それはともかく、ロータの剣を受けながらも、視線をずらして俺達やソフィー達から離れた場所の方を見る。

 そちらの方が色々な意味で危険そうで、気になる状況になってるからね。

 ソフィーはロータへの指導で、レナは俺を見てるだけで気にしてないけど、モニカさんは気になるのかチラチラとそちらへ視線を送っている。


「エルサー、いくのー!」

「ぎゃー! ちょ、ちょっと待つのだわ! せめて、せめて木剣にするのだわ! ユノが振るとシャレにならないのだわ!」

「木剣じゃ練習にならないの! だからこのままで行くのー! やー!」

「危険なのだわ! 危険なのだわ! 危険なのだわぁ!」


 俺とモニカさんが気にして視線を送った先では、人のサイズくらいになったエルサに向かって、ユノが剣を構えてぶんぶん振っている。

 それを間一髪のところで、叫びながら避けるエルサ……という構図だ。

 ユノの振ってる剣、軌道とか腕の動きが全く見えないくらい早いんだけど……それをしっかり避けるエルサもさすが……と言えるのか?


 なんでも、先日俺が騎士達と訓練した事を聞いたのと、ロータを見て自分も訓練をしたいと思ったそうだ。

 ユノが訓練と言っても、剣の技術だけでグリーンタートルの甲羅を斬る事ができるのだから、相手ができるのは限られてる。

 モニカさんとソフィーは早々に辞退、というより、自分達では訓練にもならないと遠慮し、見た目の年齢が近いロータはもちろん無理。

 レナが剣を使えるなんて事は一切ないため、こちらも無理。


 そうなると、俺が相手……となるはずだったんだけど、ロータは俺に相手をして欲しいらしく、今回はそちらを優先した。

 訓練をしたくて、剣を取り出したユノをどう説得して諦めさせるかと考えていたところ、ユノがエルサを指名。

 ドラゴンが相手ならば、なんとかなるだろうと、嫌そうな表情と雰囲気を醸し出していたエルサを、ユノへと差し出した。

 すまんエルサ、ユノはお前を作った元神様だから、その要求に答えるのが、作られた者の使命だと思ってくれ……。



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