第288話 最低ランクの依頼



「……大丈夫?」

「うん……ありがとうございます」


 慰められていたロータが、ようやく落ち着いてきたようだ。

 今は、抱き着いてしまった事を、少し恥ずかしそうにしている……まぁ、このくらいの年の男の子は、そんなもんだよね。

 ……父親が殺されたんだから、もう少し甘えても、誰も文句は言わないだろうに……気丈な子だ。


「お願いします、村を……母ちゃんと爺ちゃんを助けて下さい……」


 受付の女性から離れたロータは、まだ赤い目を擦りながら、一生懸命俺達へお願いをする。


「母親と、お爺さんがいるの?」

「うん。爺ちゃんは、足が悪くて……歩けはするけど、遠くまでは行けないんだ。だから母ちゃんが残って世話してる」

「そうか」


 村にはまだ、ロータの母親とお爺さんが暮らしてるらしい。

 これ以上、ロータに家族を失わせたくないな……。


「マティルデさん……この依頼ですけど……」

「……リク君の言いたい事はわかるよ。優しいリク君の事だからねぇ。でも、その前にもう一つ確認してもいいかな?」

「はい」

「えーと、ロータ君。村から王都まで来たようだけど、何故村の近くの街には行かなかったの? 街まで行けば、そこに冒険者ギルドがあったでしょう?」


 ロータと村を助けるため、決心をしてマティルデさんを向くと、何やらまだ質問したい事があるようだ。

 マティルデさんの質問は、どうしてわざわざ王都まで来たか、という事らしい。

 確かに、王都までより近い街の冒険者ギルドがあるのなら、そっちにいた方が時間もかからないし、危険も少ないだろうと思う。


「……近くの街……領主様がいる街があるけど、そことの間に魔物がいるって、村の人達が言ってた……」

「ふむ、成る程ね……あの村と領主のいる街……間に魔物がいるとしたら、迂回するしかないけど……そうだね、わざわざ迂回するより、王都まで来た方が時間がかからないわね」

「そうなんですか?」

「ええ。完全な地理が頭に入ってるわけじゃないんだけどね。確か、あの村とあちら側の領主の街との間をつなぐ道は、狭いんだよ。その道を迂回するとなると、大分遠回りになってしまうの。……本来なら、馬で1日かからないくらいなのが、4日くらいになるんだったかな?」

「ギルドマスター、5日です」

「という事だね」

「成る程……」


 王都と村では、馬で片道2.3日。

 近くの街までは1日だけど、魔物達に封鎖されてるから、迂回するためには5日の移動をしないといけない……と考えると、確かに王都へ来る方が良いか。


「でも、領主側も何もしないとは思えないけどねぇ。村との道が寸断されたのだから、兵士を動かしてもおかしくないんじゃないの?」

「……領主様は、最近まともに動かないって、爺ちゃんが言ってた」

「領主が動かない? ……貴族である領主が、領内の変事に何もしないなんて事があれば、国から罰せられそうだけど……」

「爺ちゃんが言うには、領主様は最近、ずっと館にこもって外に出ないらしいんだ。街の方にはガラの悪い人達が増えて、それでも何もしない領主様……きっと魔物を討伐してくれる事はないだろう……って」

「そう……」


 これは、姉さんにも報告して聞く必要があるかな?

 冒険者が動かず、国民に被害が出るような状況で、領主である貴族が動かないなんて事、姉さんは許さないだろうし。

 ヘルサルの時は、実際は間に合わなかったけど、領主の方からもしっかり兵士が派遣されたのになぁ……到着した時、俺は寝てたけども。


「マティルデさん。俺はこの男の子の依頼を受けようと思います。ギルドでは受諾できますか?」

「そうねぇ……報酬が用意出来そうに無いのがねぇ」

「……村に帰れば、多少は何とかなると思います……でも、今は……依頼金は父ちゃんが持ってたので……」

「本当はギルドへ依頼する時、依頼者が先払いで、成功したら冒険者への報酬、失敗したら依頼者へ返金……となるのだけど……」

「じゃあ、個人的にこの子の依頼を受けます。報酬はいりません」


 難しい顔をするマティルデさんに、俺ははっきりと告げる。

 男の子や村を助けるためだ、報酬だとかはどうでも良い……まぁ、お金に困ってないから言えるのかもしれないけど。

 依頼を仲介するのがギルドの役目だけど、それができないなら、個人的に受けるしかないね。

 俺の言葉に、モニカさんやソフィーも頷いてくれてる。


「はぁ……そういうことをし始めたら、ギルドの存在意義が危ないわ。……仕方ないわね。最低ランク……Fランクの依頼として処理します。良いわね、ミルダ?」

「はい。そのように手続しておきます。ギルドマスターと副ギルドマスターの権限で、発行、受諾したとしておきます」

「……副ギルドマスター?」

「おや、紹介してなかった?」

「そういえば、そうですね。……改めまして、中央冒険者ギルド、副ギルドマスタ―を務める、ミルダと申します。以後、お見知りおきを」

「……はぁ……」


 ロータからの依頼を、ギルドが何とか処理してくれるという事よりも、受付の女性の正体の方が驚いた。

 俺もそうだけど、モニカさんもソフィーさんも驚いた顔をしている。

 ロータは、よくわかってない顔だ……ユノもだな。

 しかし……受付にいた女性が副ギルドマスターだったなんて……。


「ミルダは、細々とした仕事が好きでね。上の役職なんだから、そんな事はしなくて良いのに、率先して受付なんてやるのよ」

「私の趣味です。お茶を淹れるのも楽しいですしね」

「そうなんですか……」

「そんな事よりも、リク君。Aランクの貴方が受ける依頼としては、ランク付けは見合っていない依頼になるわ。当然、ランク昇格への審査には影響が少ない物よ。報酬もギルドで用意するけど、少ないのは間違いないわ。それでも良いのね?」

「はい。元々、報酬が無くても受けるつもりでしたから、問題ありません」

「私も、それで良いです」

「私もだ。ランク昇格を考えられなくとも、それのためだけに動く冒険者には、なりたくないからな」

「わかったわ。それじゃ、すぐに処理しておくわ」

「これで、リク様達は依頼を受諾した事にしておきます。良かったわね、凄い人が依頼を受けてくれたわよ?」

「はい、ありがとうございます」

「僕、ちゃんと依頼できたの?」

「ええ、しっかりと依頼して、冒険者がその依頼を受けてくれたわ」

「……良かった……良かったよぉ……」


 副ギルドマスター……ミルダさんの事は置いておいて、まずは男の子からの依頼。

 依頼者から報酬の出る者じゃないから、ギルドとしては低ランクの依頼とするだけでも異例なんだろう。

 エルフの集落の時は、ヤンさんが冒険者全体の影響を考えて、特別依頼としてくれたけど……あの時は国やギルドに関わる事だったからなんだろう。


 ミルダさんに言われて、ようやく自分がギルドに依頼を出し、それを冒険者が受諾してくれたと理解したロータは安心したのか、またぽろぽろと泣き始めた。

 まぁ、最初は誰も取り合ってくれず、別室に連れて来られたと思ったら色々聞かれて……野党に襲われてから、気の休まる時も無かったんだろうし、仕方ないよね。



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