第201話 基礎を疎かにしてはいません
「見てたぞ、ユノに技を真似されただけじゃなく、軽々と上をいかれていたな」
「あぁ……さすがに自信を無くしそうだ……」
「はっはっは、ユノは俺も簡単にあしらわれたからな。しかも、手加減をしながらだ……」
「そうなのか……マックスがそうなら、今回の事も仕方ないのだろうな……」
「その通りだ。昔もそうだったろ? 強い相手が現れたらどうするか……?」
「……ひたすら鍛えて自分を強くする。脇目も降らず努力すべし……だったな……」
お互いを見て、ニヤリと笑っているマックスさんとヴェンツェルさん。
しかし、昔からそんな脳筋のような考えで鍛えて来たのか……いや、そういう努力の仕方で強くなるというのもありだとは思うけどね。
実際、それでヴェンツェルさんは将軍という地位もあって、武力では有名な人物になってるんだから。
「さぁ、鍛錬をするぞヴェンツェル!」
「あぁ、マックス!」
ガッシリという音すら聞こえそうなくらい、しっかりと握手をする二人。
……ここだけ異様に温度が上がったような気がするんだけど……気のせい……じゃないな。
その後二人は、意気揚々といつの間にか全速力ランニングから腕立て伏せに移行していた新人さん達の方へと向かって行った。
マリーさん……あんな速度でランニングしてから休憩せずの筋トレって……新人さんたちが潰れてしまわないかちょっとだけ心配だ……。
まぁでも、兵士という事で厳しい訓練には耐えられないといけないものなのかもしれないね。
「やっといなくなったのだわ……」
「エルサは、本当に暑苦しいのが苦手なんだな?」
「息苦しくなるのだわ。私の近くではあまり暑苦しい事はしないで欲しいのだわ」
「ははは」
暑苦しいのが苦手なエルサ。
確かに周囲の温度が本当に上がるような気もするし、苦手な人は苦手だろうと思う……エルサはドラゴンだが……。
「さて、そろそろ俺も何かしら訓練に参加するか」
「リクもするのだわ? だったら私は離れておくのだわ。回転されるとさすがに危ないのだわ」
「わかった」
そう言って俺の頭から離れるエルサ。
とは言え、さすがにもう回転攻撃を試す気は無いんだけどね。
契約して得た身体能力に頼るんじゃなくて、純粋に俺個人としての技量を上げたいから。
それに、せっかくの訓練なんだから、色々とやってみたいからね。
エルサに見送られて、俺はユノがいる所へと近づく。
「リク様。先程の動き、見事でした」
ユノの所へ行く前に、その周囲にいた兵士さんの一人に声を掛けられる。
その人は、他の兵士達とは少し違って、ヴェンツェルさん程ではないけど指導する立場のような人だ。
確かこの人、魔物襲撃の時に頑張ってたのを見掛けた気がするね。
「我らにも、色々とご教授願えませんでしょうか?」
「いや、俺が誰かに教えられる事なんてありませんよ」
「ご謙遜を」
別に謙遜してるわけじゃないんだけどなぁ。
俺は基本、力任せだから技量には不安しかない。
そんな俺が、兵士達に教える事なんてほとんどないだろう。
「本当ですよ。それで相談なんですが……大きめの剣を扱う時の基礎なんかを教えてもらえませんか?」
「大きめの剣ですか……それは、先日使っていた黒い剣と関係が?」
「覚えていたんですね。今までショートソードのような短めの剣を使っていたので……ちょっと違和感があるんですよ」
「成る程……わかりました。力になれるよう、全力でお教え致します」
「ははは、お願いします」
教えてもらう方は俺なのに、その場で敬礼のような動きをする兵士さん。
本来なら、俺が教授してもらうんだから、それをするのはこっちなんだけどなぁ、とそれを苦笑しながらお願いした。
ヴェンツェルさんとの手合わせで、新しく買った剣と似ている感じの大きな木剣を使ったけど、やっぱりそれだけじゃまだまだ不安が残る。
冒険者になる前、マックスさんから少し教えてもらったけど、あの時はショートソードを持つ前提だったからね。
この機会に、大剣とかに近い剣の扱いを覚えておこうと思う。
「リクがやるなら私もやるの!」
「ユノ……でもお前、やる必要があるのか?」
ユノは技量でベテランのヴェンツェルさんを圧倒した程の腕前だ。
そんなユノが、俺と同じように基礎のような訓練をするのに意味があるのかどうか……。
「基礎は何でも大事なの。基礎を疎かにする人は基礎に泣くの!」
「……基礎が大事なのはわかるけど……まぁ、いいか。それじゃ、ユノも一緒でお願いします」
「はっ、了解致しました。ヴェンツェル様を圧倒したお二人にお教えする事があるのかはわかりませんが、誠心誠意努めます!」
「ははは、俺はただの初心者ですからね。そんなに畏まらなくても良いんですよ」
俺とユノ、確実に年齢が下な若造二人に対して畏まっている様子の兵士さん。
ユノはともかく、俺は本当に初心者と変わらないだろうから、畏まる必要はないんだけどなぁ。
そうは言っても、兵士さんは訓練の間ずっと畏まった様子を崩さなかった。
ちなみに、兵士さんに色々と教えてもらって気付いた事なんだけど……俺、剣の握り方から間違っていたみたいだ……。
ショートソードの時と基本は変わらないはずなのに、大きな剣を握るという事で無意識に握り方を変えていたという事らしい。
違和感の原因の大半がこれという……本当に初歩的なミスをしていた……ちょっと恥ずかしい。
「はぁ……握り方を間違えてたなんて……」
「ふふ、リクさんらしい間違いね。……どこか抜けてる所があるように感じるから、ほっとけないのかしら……?」
「ん? モニカさん、何て?」
「いえ、何でもないのよ」
「ははは。リク、わざとやっているのかと思っていたぞ? 傍から見て軽々と扱っているように見えたからな。むしろ新しい扱い方を考えたのかとすら思ったくらいだ」
「ソフィーさん……気付いてたなら教えて下さいよ……おかげで恥ずかしい思いをしました……」
モニカさんが何か言ったような気もするけど、笑って誤魔化してるから大した事じゃないんだろう。
それよりもソフィーさんだ、俺が剣の握り方を間違えているのには気付いていたらしい。
軽々と扱っていたのは、力任せに振っていただけだからなんだけど……間違えていたから、教えて貰う兵士さんも苦笑いしてたじゃないか……。
訓練も終わり、部屋へと戻る道中についさっきあった事を後悔する俺……今度から、新しい武器を買う時は誰かにちゃんとした握り方や使い方を聞いてからにしようと思う。
「リクは人にはできない事をしているのに、まだまだ基礎が身についていないからなぁ」
「マックスから聞いたが、つい数か月前までは剣も握った事がなかったのだろう? それなら、握り方の一つくらい間違えていても仕方ないだろうな。はっはっは!」
「いや、まぁそうかもしれませんが……」
マックスさんとヴェンツェルさんの二人は、訓練で存分に筋トレができたのか、満足気な様子だ。
心なしか、汗を流した事で顔がつやつやしてるように見えるけど……こういう人達って筋トレでストレス解消とかになるんだろうなぁ。
俺も、体を動かすのは好きな方だけど、この二人のように笑いながら筋トレとかはさすがにできないと思った。
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