第32話 流線型で水色のなにか

 バカみたいにくるくるしてるうちに終電を逃してしまったはなさんを私ん家に泊めてあげることにした。

 二十四時間営業の量販店で替えの下着と着ぐるみパジャマを買ってから家に向かう。ちなみの私の分の着ぐるみパジャマも買ってくれた。はなさんがトラで私がニワトリ。いったいどういう基準で選択されたのかわからなかったけど、私の意見を挟む余地はなかった。性的な意味で喰うぞってことだったらどうしよう。

 ご飯はいつものコンビニでサラダらおでん、お菓子なんかをかごいっぱいにして、パジャマパーティーでも始めるんじゃないかって勢いで買い込んだ。

「あたしも徒歩圏内に引っ越してこようかな」

 いつもどおり私はオレンジ号を担いで、はなさんはヒールを小さく鳴らしながらアパートの階段を上がる。なんかいけないことしてるみたいで妙に照れるな。

「私ん家にパジャマ買い置きしておいて、よくいいますよ。ねぐらにする気満々じゃないっすか」

「ほどほどにしまーす。へへ」

 順番にシャワーを浴びて、着ぐるみパジャマに着替えてご飯を食べながらタブレットで映画を観た。新作で評価も高かったSF映画。あらすじだけ読んだ感じだと宇宙人と地球人の友情物語みたいなやつかと思ってたら、最後には宇宙戦争になってお互いを殺し合うなかなかにしんどい展開だった。どちらにも正義があって、戦う理由があって、なんとも言えない気持ちになったけど、私が主人公だったら仲良くできるルート分岐みたいなのを見つけられそうだなって思った。

「ねぇ環ちゃん。もう一度さっきの絵見せてもらってもいい? お花見の方の」

「あ、はい」

 リングノートをテーブルのど真ん中に広げた。こうして明るい部屋でまじまじ見られるとやっぱりちょっと気恥ずかしいかも。

「これ見てると春が待ち遠しくなるね」

 桜の花びらを指でなぞりながら微笑んだ。

「そう思ってもらえるなら嬉しいです、ほんとに」

「でもさ、このでっかいモモンガみたいなやつ、こいつだけ浮いちゃってるよね。未来からきた、宇宙人だっけ? ップフ」

 ひっくり返ってケラケラ笑われた。店長にも指摘されたけど、たしかにそうなんだよね。浮いちゃってるかもだし、あと変な違和感もある。でもネル・ミラクルはなんとなく外せないからさ、だったらどっかでバランス取るしかなくない? 変には変を。そう思って、はなさんが笑い転げてる隙に描き加えた。

 絵の中では正座してネル・ミラクルのもふもふした毛並みを撫でてるはなさん。その頭のてっぺんから、アンテナみたいな触角みたいな宇宙人的なシンボルを生やしてあげた。たいへんにキュート。

 でもなんでだろう。たったそれだけのいたずら書きなのに、妙にしっくりきた。調和の取れた絵になった気がした。

「なにー? またなんか描いてくれたの?」

 はなさんが意地悪そうな顔でにやにやしながら覗き込んできた。

 私もニヤっとしたけど、すぐに引っ込めた。空気が固まった気がして、自然と顔が引き攣る。はなさんは目を見開いて、瞬くのも息をするのも忘れているみたいだった。

「う、宇宙人が二人でいい感じじゃないですか?」

「……環ちゃん、あたし」

「はい?」

 はなさんは着ぐるみパジャマのフードを脱いだ。

 長い黒髪が溢れるみたいにして頬を覆う。でも乱れたのはほんの一瞬で、まるで形状記憶してるかのように、髪はさらさら流れて綺麗にまとまる。

 濁りのないしっとりした艶やかなの髪は真っ暗な夜空みたいで。

 そこから飛び出すの流線型で水色のなにかは流れ星みたいだった。

 端的にいうと、はなさんの頭から宇宙人っぽいなにかが生えてた。それは淡く発光してて、微かに揺れていた。

「あたしの名前は、ハナ・ミラクル。ずっと遠い未来からきました。環ちゃんと、未来の地球の守るために」

 はなさんは正座して、背を真っ直ぐ伸ばして、私の目を見つめた。その姿もやっぱりかっこよくて、頭から生える雫みたいな流線型で水色のなにかも、見ようによってはおしゃれで、なんか羨ましいくらいにぷるるんってて瑞々しい。

 やっと会えた未来人で宇宙人のネル・ミラクルの仲間を目の前にして、私はなんだかほっとして、緊張して、わくわくして、他にもいろいろ入り混じっておかしくって謎の涙で視界がぼやけてた。目の中に溜まる涙は、はなさんの頭に生えてる水色のやつと同じ色をしてるような気がして――。

「環ちゃん。あたしは宇宙人です」

 そう告白してはなさんは視線をそらした。宇宙人とか地球人とか関係ないのに。私とはなさんの繋がりはなにもかわらないよ。お願いだから気まずそうにしないでほしい。

「私、はやく会いたいって思ってました。ようこそ地球へ!」

 テーブルを飛び越えて抱きついてやった。はなさんは柔らかく受け止めてくれたけど、ちょっとだけ強張ってて、いい匂いがして、なんだか愛おしくって。だから私はしばらくこのまま抱きついてようと思った。

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