第22話 死体?

 はなさんって女だよなって、シャワーしているときにダイナマイトを見て思った。

 宇宙人で未来人のネル・ミラクルの仲間――。その有力候補は店長こと円谷音生さんと、お好み焼き屋のはなさんだ。だってネル・ミラクルがUFOでお好み焼きで私のそばにいる人が仲間だっていってたもんね。

 店長にはすでにその話はした。ダイナマイトの写真も見せたし実際にネル・ミラクルの肉声だって聞いてもらった。でも、記憶が戻らないのか、それとも私の見当違いなのか判断できないけどとにかく進展がない。

 はなさんにはまだなにも話してない。っていうか、同性だし直接ダイナマイトを見てもらった方が話も早いし説得力がある気もする。だって、埋まってんだぜ? おっぱいのここに? これが。下着姿とかほんとヤバいから。はみ出しちゃってるから普通に。ま、幸か不幸かインパクト抜群の絵面だし、あまりの衝撃にもしかしたら記憶だって戻るかもしれない。だったら見せるしかない。あぁー、なんかいいタイミングないかな。銭湯とかってどうなんだろう。いや、他にも人がいるしダメだ。あー、んー。

 シャワーですこし目が覚めたからか、さっきからやたらと頭が回る。考えてるだけじゃ無駄なのに。


 仮眠後のお品書きの製作ははかどった。油汚れを拭き取りやすいスタンドタイプで、サイズ的には文庫本をひとまわり大きくしたくらいだからわりと小さい。文字が潰れてしまっては意味がないので、両面目一杯使ってメニューを書いたし、値段や商品名は何度も何度も確認した。自分の目だけじゃ不安だから、はなさんにも確認をしてもらおうかなって思ってる。

 さすがに文字情報だけだと殺風景すぎて楽しくもなんともなかったから、はなさんをデフォルメした三頭身のキャラクターを描き加えた。作務衣みたいなのを着て腰には前掛け、それからキャスケットを被って、テコを持った両手はクロスさせてポーズをキメてる。カッコかわいい感じ。気に入ってくれると嬉しいんだけど、却下されるかもしれない。ダメ元でいい。


 描き上げたお品書きをバッグに入れて、駅前のビジネスコンビニで両面プリントしてからのれんを受け取りに行った。今朝もいた受付の女神さんに声をかける。

「あの、朝にお願いした者ですが。これ、控えの紙です」

「三輪様ですね。できてますよー」

 女神さんは、折り畳まれた藍色ののれんを手に持って広げて見せてくれた。

「お間違いがないか、ご確認をお願いします」

「おおおぉぉ! めっちゃ感動です。文字が! 布になってる!」

 問いかけに対してテンションだけで返答してしまった。受付の女神さんは、のれんの上から顔を覗かせて微笑んでる。

「大丈夫そうですか?」

「あ、はい。大丈夫っす! ありがとうございます。生地のこと相談してよかったっす」

「それはよかったです。このあたりってお好み焼き屋さんがすくないので、オープン楽しみにしておきますね」

「是非ッ! めっちゃくちゃおいしいっすから! って、私は従業員とかじゃないんすけど」

「デザイナーさんでしたか、失礼しました」

「あっ、いや、そういうわけでもなくって。とにかくオススメっす!」

 デザイナーなんて分不相応な肩書きだ。いまだ何者でもないし! 強いて言うならお団子頭とかUFOの子とかそんなもんだよ。

 のれんと、のれんに通す棒の代金を支払ってはなさんの元へと急いだ。たぶん、きっと気に入ってくれるに違いない。いや、わかんない! ほんとにこれで大丈夫か。私とはなさんじゃ感覚も違うだろうし、私のいいは、はなさんのいいとは違うのでは……あぁもう考えててもしかたない。店までぶっ飛ばす!


          *


「どうっすかね……」

 お好み焼きはなまるの前にいた。のれんをかけてみた。隣りにはなさんもいる。

 通りの歩く人の視線が痛い。私に向けられてるわけじゃないけど。のれん、晒してごめんね。心の準備とかいるよね。

「いい。すごくいいよ、環ちゃん! 私のお店できた!」

 思いっきり抱きつかれた。はなさんは背が高いから、こう、胸がね、もろに顔面に当たって苦しい。その心地よい苦しさでなんかこのまま眠ってしまいそうだった。ふごふごって言いながら息が止まりそう。酸欠気味だったのかもしれない。母性みたいなものを感じてたのかもしれない。まぁ今はそんなことどうでもいいや。素直に安堵して脱力してはなさんに身を委ねちゃおう。すごくいいよ、っていう言葉に他意なんてないから、そのまま受け取ろう。

「あれ、環ちゃん、寝ちゃった? え、死体? なんか重いんだけど」

「……あぁすみません。ヨダレついちゃいました」

 作務衣にオーストラリア大陸みたいな染みができちゃった。はなさんにおでこを小突かれた。わりと悶絶するくらい痛い。

「もう、大げさね」

「うぅ。脳が揺れてるっすよーもぉ」

 ちょっと甘えた感じの声になってひとり照れた。

 ショルダーバッグからお品書きを取り出して、値段と品名の確認だけしてもらった。とにかく誰が読んでも読める字でってことを意識して作ったけど、そのへんは店長に教えてもらったプライスカード作りが役に立った気がする。価格と商品名は読めなきゃ意味がない。調子に乗って店長みたくコメントも書いてみようと試みたけど、Great Seafood YAKISOBA!! とか、Cosmic OKONOMI YAKI!! みたいな言葉しか思いつかなくって絶望的にセンスがないことに打ちのめされて三秒で諦めた。

「このイラストって――」

「え、あ、はい。はなさんのつもりです。ダメっすかね」

「そんなことない。嬉しい。こんなふうに描いてもらったの初めてだよ。……なんか照れくさいもんだね」

 そんなふうに言われたらなんか私も照れる。

 はなさんが俯き加減の私を覗きそんできた。潤んだ瞳が酷く揺れてる。キスでもされるんじゃないかって思った。そんなことなかったけど!

「環ちゃん、照れ顔いいね」

 へへって笑われた。胸のダイナマイトが、ボッと熱を持つ。

「お疲れ様。ありがとうね」

「あ、いや……はぁー。なんか色々初めてのことばっかりで、変な感じで、先週の私じゃ想像もしてないくらい激動っすよ」

 ダイナマイトのことも含めて。なんだか目まぐるしくて、日常っぽくない。

「そうやって人は大人になっていくのだ!」

 背中をばしばし叩かれた。激励されてる気がして嬉しくて口元が緩んでヨダレが出た。私はそれを袖で拭ってから、ありがとうございますって大きな声で言った。素直な気持ちを伝えることができた。

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