裏第4話:黒猫の談語

私は猫である。名前はまだない。


人間というモノは不思議な生き物だ。


特にここ最近見かける人間は不思議だ。何せ鳥のように空を飛んでいるのだから。


その人間は何かを探すように私の遥か頭上を飛んでいく。


他の者たちはそれに気づいてはいないようだが私にはそれが見て取れる。


最近は寒くなってきた。草木が芽吹き出す暖かな頃は、日差しがとても心地よくこの広場でよく居眠りをしていたわけだが最近はそうもいかない。


今は私がいるこの広場の端に白い塊、人間が雪と呼んでいる物が積もっている。


それ自体は特に気にもならないのだが如何せん寒さが身に染みる。


この季節を過ごすのはこれで二度目になるが、私のような者にとってはあまり嬉しくはない季節だと言える。




今日は空を飛ぶ不思議な人間が私の元へとやってきた。


不思議そうに私の事を見つめながら手を振っていたので返事をする。


その人間は最近この公園にやってきた私と同じ色をした猫を拾いあげて再び空へ飛び立っていった。その人間の探し物はその猫だったようだ。




次の日もその人間はやってきた。私がいつも座っている場所の隣に腰を下ろした。


人間は近づくと暖かいので、すり寄って寒さをしのぐ。


その人間が話しかけてくるのでとりあえず返事をする。


するとその人間は私の頭を撫でてくる。


特に理由は無いのだがその場でゴロゴロと寝転がる。


次に来るときには差し入れを持ってきてくれると言っている。


私にとってはありがたい申し出だ。


人間が帰ろうとする姿をじっと見つめている。


自分では私の事を預かることは出来ないと言うようなことを話している。


少なくともこの人間は私に好意的なようだ。


去っていく人間を少し追いかけてみることにする。


すると観念したかのように、別の人間の元へ連れていくと言っている。


私としてはこの寒さから逃れられるのであれば願っても無い事だ。


その人間に抱きかかえられながら空を飛ぶ。私は鳥ではないのでこのような景色を見るのは初めてだが中々に気分がいい光景であった。




しばらくすると人間が住んでいるであろう場所に連れていかれる。


そこには別の人間が私を抱きかかえた人間の帰りを待っていたようだった。


挨拶代わりにと、その人間の足元にすり寄る。すると柔らかい手で撫でまわされる。


どういう訳か体が自然と動きその場でゴロゴロと転がってしまう。


しばらくするとその人間に抱き上げられる。


先程の人間とは違って胸のあたりに柔らかいものが付いている。


人間にも色々な種類があるようだ。


今私を抱えている人間は杏莉と呼ばれている。


私を連れてきた人間は慧。そして私には陸という名を与えられる。


生まれてこの方、己が名など気にも留めなかったがそれが私という存在を示す言葉なのだと思うと悪い気はしなかった。


二人は私をここに住まわせてくれるようだ。私はその好意に対し、敬意を表する。


人間のそれと同じく背筋を伸ばして頭を垂れる。




私の目の前に今まで見たことのない物が運ばれてくる。


美味しそうな匂いが私の食欲をそそる。


それを口にしてみると今までには味わったことのない感覚に襲われる。これは美味だ。


ここに連れてきてくれた慧という人間には感謝をせねばなるまい。


そしてこの美味なる物を差し出してくれた杏莉という人間にも。


私は心に誓った。何時かこの人間達には礼をせねばなるまい。此処へ連れてきてくれた人間の事を主殿、美味なる物を差し出してくれた人間を杏莉殿と呼ぶことにした。




主殿が去った後に杏莉殿が「オフロ」と呼ばれる場に私を入れてくれた。


私の体が入る程度の大きさの物の中に水が入っている。


触れると丁度良い加減に暖かい。その中に浸かってみると中々に快適であった。


まるで暖かい日差しの中で微睡まどろむ様なそんな気分になる。


その後は杏莉殿が私の体を綺麗に洗ってくれる。これも中々に心地よかった。


本当に感謝してもしきれない。


今度は杏莉殿がオフロに入っている。


暫くすると何か思い詰めるような顔をしながら出てくる。


私はそんな杏莉殿を出迎える。すると笑顔で私の事を見つめてくれている。


暗闇の中杏莉殿は眠りにつく。それを確認してから私も眠りにつく。


此処は至極暖かで居心地が良い。 




主殿は探偵と呼ばれる何かを探し出す様な仕事を生業としているようだった。


杏莉殿はその補佐をしているようである。 


今宵も主殿は何かを探しに出かける。しかし今回は何か嫌な予感がしていた。


主殿の身に何かあるのではないかという予感が。


いつもは主殿へ挨拶をして送り出していたのだが今日はその予感を伝えなければならないと感じた。


しかし私は猫だ。人間の言葉など話せる訳もない。


出来ることと言えば真剣な顔をして見つめることぐらいだ。


果たして主殿に私の気持ちが伝わったのだろうか?それは私には解らなかった。


主殿がいない間、杏莉殿は落ち着かない様子でその帰りを待っていた。




暫くすると主殿は何事もなかったかの様に帰ってきた。


しかし私にはわかる。主殿の身に何かあったのだと。


平静を装ってはいるが大分力を消耗しているのが見て取れる。


我々が縄張り争いをするように、人間達にも人間同士の争い事があるのだろうか。


しかし流石は主殿といった所か。 かすり傷一つ負わずに敵を撃退したようだ。


これならばこの先も心配するようなことはあるまい。




新しい日々が始まる。主殿と杏莉殿に見守られる日々が。


この恩はいつか必ず返さねばなるまい。

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