第166話 噂の男

 ミレイさんはずんずんと男に近寄ると、自分の腰に手を当てる。


「ちょっと! ホムラさん待ってるんだけど!?」


 男は虚な目でちらとミレイを見ると、ぼそっと呟く。


「しつこい人たちだ…………ほっといてくれ」


 そう言って両眼を瞑り、両手を広げる。


 その光景に誰もがぽかーんと、唖然とした表情を浮かべる。


 な、なんだこいつは……。


 なんとも不思議な雰囲気を放つ男だ。

 服装はロンドールの制服、そして襟のバッヂは2年を示していた。


 前のボタンを開け、ネクタイはしていない。

 シャツもズボンから変に飛び出し、片足の裾だけがまくられている。


 男は口を開く。


「ざわついてるね…………街が。こういうのゾワゾワするよね」


 ミレイさんとカレンさんはシンクロするようにため息をつく。


「「はぁ……また始まったよ……」」


「なんかすげえ人がきたなおい……」


 ドロシーはくいくいと俺の袖を引っ張ると小声で語り掛ける。


「ちょっとちょっとギル、誰この人! なんだか不気味なんですけど!」


「知らねぇよ見てただろ急に現れたんだよ!」


「あんたが連れてきたんじゃないの!?」


「んな訳ねえだろ……!」


 俺たちの冷えた空気などものともせず、男はなおも自分の世界をひた走る。


 俺たちどころかミレイさんとカレンさんすら眼中にないかのようにぼうっと空を眺めている。


「はぁ……何か起きないかな……平和すぎるよ」


「「!?」」


 その発言に俺たちは思わず体を震わせる。


 なんだこいつ……。


「あっ! こんなところでサボって!!」


 そう言いながら、もう一人の女性がズンズンと足音を立てながらこちらへとやってくる。


「「――ホムラさん!」」


「出たな……ホムラ・エメリッヒ」


 男は初めてこちらを振り返る。


「ホムラさん……」


「あーギル君にドロシーちゃん、それにその他一年生諸君! ごめんねえ、この子が逃げ出しちゃって」


 そう言いながらホムラさんは駆け足で男の元へと近づく。


「カレンとミレイもありがとね」


「もう全然こいつ言う事聞きませんよホムラさん」


「逃げてない…………僕に労働は似合わない」


 そういってそっぽを向く男の首根っこを、ホムラさんは強引につかむ。


「ぐえっ」


「いいからいくよカース君。みんな待ってるから」


「カース……?」


 どこかで聞いたことある名前に、俺は一瞬頭を捻る。


 ――そうだ、三校戦の説明をホムラさんから聞いた時だ。

 確かホムラさんが化物だと言っていた……ウルラの二年生……。


 こいつが……。


 俺はカースをじっと見つめる。


「もう、本当わがままなんだからこの子は……」


 そう言ってホムラさんはカースをずりずりと引きずっていく。

 襟を引っ張られ、首を絞め付けながらも、死んだような目で声を絞り出す。


「――……む、無駄な練習は嫌いだ」


「無駄じゃないって言ってるでしょ! まったく……戦いだけが魔術じゃないのよ」


「そうだぞ、ホムラさんを困らせやがって!」


「そうだそうだ! ホムラさんを困らせたことでミレイちゃんを困らせて!」


 三人の女子に囲まれ小言を投げかけられる。

 カースは渋い顔をしながら口を尖らせる。


「冤罪だ……僕に練習の義務はない」


「あるの!」


 ――と、引きずられていたカースと俺の目が合う。

 すると、カースはハッとしたような顔をし、ゆっくりと腕を上げ俺を指さす。


「ギルフォード……エウラ……?」


「! 何で俺の名前を……」


「君は…………似た匂いを感じる、僕と……」


「いや…………はい?」


 すると、ホムラさんの鉄拳がパコンとカースの頭をクリーンヒットする。


「そういうのいいから! さっさと練習するわよ! 時間なんてすぐなくなるんだから!」


「不毛だ……」


「練習よ練習! カース君がいないと始まらないわよ!」


「面倒だ……僕はもっと刺激のあるものを――」


「本当、世話の焼ける子だわ……」


 そう言い合いながら、ホムラさん達はカースを引きずり消えて行った。


「な、なんだったんだ……」


「不思議な人だったね……」


 今日は本当にいろんな人に会う日だ。


 ゾディアックにサイラス、マジシャンにカースと来たか。

 そろそろ頭がパンクしそうだ。


「あれが二年のカース……噂には聞いてたけどとんでもない変人っぽいわね」


 ドロシーは渋い顔をして引きずられて行った方を眺める。


「なんだ、詳しいな。知ってるのか?」


「去年の新人戦優勝者でしょうが! 普通知ってるでしょ――って、ああそうでした、あなたはそういう常識がないんでしたね」


「相変わらずうぜえ……」


 だが、この休みで俺自身もある程度の知名度があることを知った。

 ロンドールの新人戦はそれだけ魔術師としては注目度の高いイベントだったのだ。


 去年の優勝者となれば、顔は知られていなくても名は知られているだろう。

 それこそ魔術師ならば特に。


 去年は圧倒的だったらしいし、相当有名なのかもしれない。


「でも今まで見たこともないってのもすげえよなあ、初めて見たぜ俺」


 レンは腕を組みながら眉を潜める。


「食堂でもみたことないもんなあ。いつもは引きこもりなのかもしれねえな」


「私も見たことないなあ。きっと、ホムラさんが引っ張り出してきたんだね」


「うっ、なんかそれを考えると同情心が芽生えてくる……」


 するとベルはあははと笑う。


「ギル君はホムラさんに好かれてるからね。そういうので似た匂いって言ってたのかも」


「なんでこんな奴が色々好かれるのかしら。納得いかないわ」


 ドロシーは大きくため息をつく。


 カース――。

 不思議な雰囲気を纏った奴だったな。


 どんな魔術を使うのかかなり気になる。

 家名はわからないが……彼も原初の血脈なのだろうか。

  

「まあ、気を取り直して練習しましょ。さあ、レン君! いっちゃって!」


「ちっ、忘れてなかったか。……やりますかあ」

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