第167話 早朝
連日に及ぶ放課後の準備で多少なりとも疲れがたまっていたのか、前日早めにぐっすり眠り、今日はかなり朝早くに目が覚めた。
寮の個室に備え付けられた窓から陽の光が薄らと差し込んでいる。
だが、時計を見るとまだ五時過ぎ……。
「……二度寝――はする気分じゃねえな……」
珍しくすっきりと目覚めたのもあって、俺はベッドから這い出る。
制服を着こみ、最低限の身支度をすると寮を出る。
天気は快晴。
俺は朝の肌寒い空気に少し身を強張らせる。
だが、すっきりとしていて悪くない気分だ。
ポケットに手を突っ込み、プラプラと学校の敷地を歩く。
何となく寮の前の通りを抜け、本館方面へと進む。
まださすがに起きている生徒はいないようで、この中庭には俺一人だ。
至る所に作業の後があり、学校祭の準備が順調に進んでいるのが分かる。
正門には既に飾り付けがされており、今にも始まるのではないかと錯覚する。
そこから見える正門前の六英雄の像を改めて不思議だなと思いながら眺める。
見れば見るほどあんまり似てないな……。
千年前ともなればそんなもんか。
そうしてひとしきり感慨にふけり、俺は踵を返す。
ベルと最初に会った噴水広場に出て、そこから見える校舎に目を移す。
相変わらずデカい学校だな――
「ギル……!!」
と、少し上ずった声の女性の声に俺は振り返る。
そこにはクロに負けず劣らずの綺麗な長い黒髪をした女性が、制服姿で立っていた。
「……ユンフェか。おはよう」
「お、おはよう! 早いのね、朝」
「いやーいつもはそうでもないんだけどな。たまたま目が覚めてさ」
突然会ってびっくり――と言いたいところだが、ユンフェと突然出会うという状況は、俺もユンフェも慣れっこだった。それこそ休みの間はよく遭遇していた訳だし。
――そのはずなのだが、一方のユンフェはいつもの澄ました様子とは違い、本当に偶然あったのは初めてだったかのように動揺して目をぐるぐる回している。
そのあわあわしている様子が何だか可愛らしくて思わず笑いが零れる。
「おいおい、落ち着けよ。ユンフェこそどうしたんだ?」
「え、ええ……。私はちょっといろいろと学校祭の準備があって」
そうか、まあ色々とやることはあるよな。
朝早くからご苦労なことだ。
ふと視線をずらすと、そのユンフェの後ろで身を隠すもう一人の女の子に気が付く。
あの子は確か新人戦の時に見た……。
「そっちの子は?」
「あ、リリちゃんだよ、覚えてるかしら? 新人戦の時にちらっと会ったくらいだけど」
「……どうも」
リリ……確かリリエール・エンジェルとか言ったか。
リリエールは俺を恐れているのか少し警戒するような表情を浮かべ、軽く頭を下げる。
「な、なんか怖がられてるような……」
「そ、そんなことないから! 早く行こうユンフェ!」
「ちょっと待ってよリリちゃん、せっかく会えたのに」
「そうだなあ、暇だし少し話すか?」
するとリリエールは初めて身体を前に乗り出す。
「ユンフェはそんな時間な――」
「話しましょう!」
「えっ」
食い気味でリリエールに被せるユンフェに、リリエールは露骨に嫌な顔をする。
「ちょ、ビンの回収はどうするのよ!?」
「まだ時間あるし、ね? ちょっとだけ」
リリエールは何か言いたそうな表情を浮かべるが、観念したように溜息をもらす。
「――はあ、わかったわ、先行ってるわよ私。それじゃあね」
「え、一緒に話していかないのリリちゃん?」
「私はいいわよ、別に知り合いでもないし」
そういってリリエールはその場を去っていく。
「もう……」
俺たちは去っていくリリエールを見送ると、噴水広場の近くにあるベンチに並んで座る。
少しの沈黙が流れる。
「……ユンフェのクラスは学校祭に向けて何作ってるんだ?」
「私たちのクラス? 私たちは霊薬の試飲とか薬草とかの試食よ」
「霊薬……? 凄いな、レベル高くないか? つーか危なそうだなおい」
うちの魔道人形の魔術体験に比べて知的な内容に軽く驚く。
それに、霊薬を非魔術師に与えるならそれなりの知識が必要なはずだ。
配合を間違えば事故じゃすまない。
「うん、学生だけじゃあれだからって、錬金術とか薬草学の先生も最低限だけど手を貸してくれてるの」
「まじかよ、うちは学生だけでやれって放任されてるぞ……」
「うふふ、例年アングイスの出し物は手伝ってもらえるみたいなのよ。本来は二年生以上で本格的に学ぶ霊薬とかも扱うから危険だしね。二年生以上はパレードにかかりっきりだから……」
「ふーん、クラスによっても大分違うんだな」
「それでその、私は従業員としてウェイトレスみたいなことするのよ……ちょっと恥ずかしいけどね」
ウェイトレスか。
クロのウェイトレス姿を思い出すな。
あれは悔しながらよく似合っていた。
「へえ、ユンフェなら似合いそうだな。美人だし」
「――!!」
ユンフェは顔を真っ赤にして目を真ん丸と見開く。
あ、やべ……今のは迂闊過ぎたか……!?
クロのこと考えてたらつい美人と……。
「あっと、なんか変なこと言って悪い、つい……」
「う、ううん! 気にしないで。お、お世辞でも嬉しいわ……。――その、時間があったら見に来てね」
「おう、行く行く。サービスしてくれよな、なんて……あはは」
微妙な空気が流れる。
時が止まったかのように、お互いじっと地面を見つめる。
「――ギルのところは?」
「俺たちは魔導人形の魔術体験コーナーだよ」
「へえ。準備より運営が大変そうね」
「全員が扱えるようにならないといけないからなあ。レンとか心配だよ……」
「がんばってね。……と、そうだ!」
不意にユンフェが立ち上がる。
「ど、どした?」
「前から思ってたんだけど……今日時間あるし、たまにはお昼、作ってあげようか? 何か作るわ!」
「へ?」
あまりに急な提案に、俺は間抜けな声が出る。
ちょっと突拍子すぎないか?!
「いつも学食じゃ飽きもくるでしょ? 今日くらいいいじゃない!」
「い、いいのか? 手間じゃねえか?」
「任せて、簡単なものにするから!」
そう言うユンフェの目はさらに一段とキラキラしていた。
「強い魔術師として実力を維持するにはまず食事からよ!」
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