第150話 見覚えのある姿

 ベル家での一件の後、俺たちは実に普段通りの生活に戻った。


 寮で、やがて終わりを告げるこの休みを名残惜しそうに指折り残りの日数を数える。


 ほとんどの生徒たちは戻ってきて、寮もにぎやかになってきた。


「ハロハロ~ギルくーん!」


 綺麗な金髪を左右に振りながら和やかに近づいてくる美女。

 露出の多い私服に、実に目のやり場に困る。

 そして困っているの俺の姿を見て楽しむ、それがホムラさんのやり口だ。


 両手には大きな荷物。


 その荷物を床にどさっと置くと、ホムラさんは元気いっぱいに俺の肩をパシパシと叩き、抱き着いてくる。


 当たるわ……!

 羞恥心がないのか!


「あ、あの……」


「あれ、照れてる?」


「……げ、元気っすねえ、ホムラさん」


 すると、ホムラさんは俺から離れ、「はい」っと袋に入った何かを手渡す。


「なんですかこれ?」


「お土産よ、お・み・や・げ。ギル君って魔術大好きっ子でしょ? こういうの好きかなあって思って」


「はあ……ありがとうございます」


 予想外の心遣いに少し驚きつつその包みを探る。何やら硬いものが入っている。


「開けてみて、開けてみて」


 促されるように袋からブツを取り出す。


 ホムラさんから貰ったのは、一冊の本だった。

 著者名にはオースティン・メイアンの文字が。


「――なんですかこれ?」


 すると荷物をごそごそと漁っていたホムラさんが振り返り、心底呆れた顔をする。


 嘘でしょ……っといいった様子で荷物を漁る手が止まる。


「その反応……有名な人みたいっすね……」


「もう、ギル君は常識がないなあ!」

 

 そういってホムラさんはグイグイっと俺の腕を肘で押してくる。


「いてっいてっ! ……そ、それで何なんですかこれ、教えてくださいよ」


 するとそこへドロシーとベルがフラッと現れる。


「帰ってたんですね、ホムラ先輩」


「おかえりなさい、ホムラさん」


「やあやあ、可愛い後輩たち。ベルちゃんは相変わらず巨乳だね」


「えっ……!」


 ベルは恥ずかしそうに体を捻らせる。

 ホムラさんは自分のと比較しようとにじり寄るが、ベルのガードは硬い。


「ドロシーちゃんは…………」


 鑑定士のような鋭い眼光でホムラさんはドロシーを見る。


「……丁度いい!」


「そういうのいいですから!!」


 久しぶりに聞くドロシーの大声だ。

 気にしてんのかな少しは……。


「そ、それよりどうしたんですか、二人して騒いで」


「聞いてちょうだいよ、ドロシーちゃん。ギル君はオースティン・メイアンを知らないみたいだ」


 ホムラさんは大袈裟に両手を広げて呆れて見せる。


「オースティン・メイアンを知らない!? はあ!?」


 ドロシーの全力呆れ顔。

 これも慣れたなあ……。 

 慣れたくなかった……。


 俺は精一杯の抵抗に開き直って見せる。


「悪いかよ!」


「魔術師なら知ってるでしょ、あんたは本当に……――ってそれ!! オースティン・メイアンの著書!! "悠久の魔術師"じゃない!! どこで手に入れたの!?」


「は? この本か? なんかホムラさんからお土産でもらったけど……」


 するとドロシーは唖然とした表情でホムラさんを見る。


「なぜこんな価値も分からないような男に……」


「いやあなに、無知だと可愛く感じるでしょう? ほら、赤ちゃんだって可愛いわけだし」


「俺は赤ちゃんと同列っすか」


 すると、二人の間をするするっと抜けてベルが俺の近くによると、目を輝かせながら俺の貰った本に触れる。


「ギル君、オースティン・メイアンっていうのはね、ロンドールの卒業生ですごい有名な魔術師なんだよ」


「へえ……有名魔術師ねえ」


「その実力から騎士団入りや魔術院へ行くと言われていたけど、『魔術は魔術師だけのものではない。魔術とは、人類の奇跡。私は大衆のために使う』って言ってね、今は各地で魔術について説いて回っているのよ。その過程でいろんな大冒険をしたり発見をしたりっていうのをまとめた本なの、それ」


「詳しいなベル」


「そりゃもちろん、大ベストセラーだからね」


 いつになくベルが俺に詰めよる。

 白銀の髪から覗く蒼紫の瞳が俺を吸い寄せる。


「売り切れ続出だからねえ。いいなー読み終わったら貸して?」


「あ、私も!!」


「いや、まあいいけど……」


 その取り合いの様子を見てホムラさんが満足気に笑みを浮かべる。


「ふふ、買ってきてよかったみたいね。それじゃあ私は先に部屋に荷物片づけてこようかなあ~」


 そういってホムラさんはフンフン鼻歌交じりに、陽気に階段を上がっていく。


「それにしてもホムラさんはギルに甘いわね……何かあるんじゃないでしょうね」


「何かってなんだよ……」


「……ないならいいわよ」


 すると、事務員のお姉さんが寮にやってくる。


「ギルフォード君いる?」


「はい? 俺ですけど……」


 なんだなんだ?

 呼ばれるようなことを思い浮かべてみたが、何一つ思い当たる節がない。


 するとドロシーが腰に手を当て、呆れるように呟く。


「またなんかしたわけ?」


「したかなあ……」


 いまいち否定しきれないのが辛いところだ。


 しかし、事務員の言葉は俺たちの予想を裏切るものだった。


「別に何かして呼び出しって訳じゃないわよ。お客さんが来てるわよ? 今正門前で待ってもらってるけど」


「客?」


 なんだおいおい、クロのやつか?

 本当どこにでも湧いて出るなあいつは。


 ついこの間あったばかりだろうに。


「誰かしら、クロ―ディアさんかしらね」


「さあ……でもそれくらいしか思いつかないな。行ってみるか」



 俺たちはロンドール魔術学校の正門へと向かう。


 クロを見てみたいというベルもついてきて、三人でのお出迎えだ。


 この様子を見られたら何言われるか分かったもんじゃないな……。


 噴水のある広場を抜け、六英雄の像を通り過ぎると正門が見えてくる。 


 すると確かに人影が見える。

 だが、クロ程大きくはなく、むしろドロシーと同じくらいの身長だ。


 金髪に、ショートパンツ。

 健康的な美脚がまぶしい。


 シャツを羽織り、頭の上にはぴょこんとトレードマークのリボン型のカチューシャが乗っかっている。


 するとその少女は俺たちの足音に気付いたのか振り返ると、元気よく手を振る。


「――あ、ギル! 待ってたよ!」


 そう、その少女は……。


「ユフィ!?」


 ユフィは、にっこりとした笑顔を浮かべる。


 ベルは不思議そうに俺を見る。


「誰だろうあの子、知り合い?」


 ベルの反応とは裏腹に、ドロシーの顔が引きつる。


「出たわね……ギルの幼馴染!!」

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