第121話 王都レスタリア

 ミスティオ王国、王都レスタリア。


 千年前から変わらずそこにあるこの王都は、巨大な塀に囲まれた城塞都市だ。

 天気は晴天。道中の馬車の窓から見える景色は長閑でここ最近の慌ただしい日々を忘れられる。


「いい天気だなあ‥‥‥」


 しかし、長い馬車での旅で既に尻の痛みは限界に達し、俺から思わず苦言が漏れる。


「――というか、なんで俺たちも王都に付いてこなきゃいけなかったんですかねえ!!」


 少し棘のある言い方になってしまったため、正面に座るリザさんがアハハ‥‥‥っと苦笑いを浮かべる。


 何故俺たちは騎士団の面々とこんなところまではるばる来ているのか。


 吸血鬼キャスパーとの死闘の後、俺たちはお役御免と大人しくぶっ壊されたディアナさんの家に帰り、これからについてクロと話し合おうとしていたのだが‥‥‥。


 クロも少しむすっとした様子で足と腕を組み、馬車の外の景色に視線を投げる。


「まったくだよ。私たちは君たちとは無関係の善良な一般人じゃないか。御高名な騎士様や魔術師様がいるようなところに私達が行く道理はないと思うんだがねえ」


 リザさんは両手を上下に動かし、俺たちをなだめる。


「ま、まあまあお2人とも‥‥‥。ずっとそんな調子では疲れちゃいますよ」


「もう疲れてるんだよなあ‥‥‥」


 ロンドールから見て北東に位置する、ミスティオ王国一の都市。

 その旅路は長く、疲れがないとはいえなかった。


 何よりこれから何が始まるのかと心労も相まってその疲れは倍増していた。


「くそ、折角の休みが‥‥‥」


 もうロンドール魔術学校の休みも折り返しが近い。

 カリストへ来る前は暇で暇で仕方がなかった訳だが、呑気に旅行している女子3人組を思い出すと、今になって俺も休みを謳歌したいと思えてくる。


 そこでようやくスピカさんが口を開く。


「まあまあ、ギル君。私達の助けになると思って我慢してくれないかしら? 私達も別にクローディアさんやギル君は呼ぶ必要はないと言ったのだけれど、エレディンさんが気に入ったって言って聞かなくてね‥‥‥」


「エレディン‥‥‥」


 ディアナさんの家に到着するや否や騎士たちが家を訪れ、半ば強引にエレディンの元へと連行された。


 彼が言うには一応"アビス"及び吸血鬼と一戦交えた者として情報を提供して欲しいということだったのだが‥‥‥。


 どう考えてもあの場での情報共有だけで十分なはずなのにこの扱いだ。


 スピカさん曰く、「エレディンさんの悪い癖」だそうだ。


 気に入った奴がいるとすぐ手元に置きたがる悪癖。

 気に入られたが運の尽きだという。


 一応クロの正体を握られている手前、その召喚を無下には出来ず、俺たちは黙って騎士達の帰路に同席するに至ったと言う訳だ。


「――はあ。まあスピカさん達は別に悪くないですからね、すいません。すべてはあの剣聖の男‥‥‥覚えてろよ‥‥‥」


「アハハ、ギルは変なのに気に入られるのが本当に好きだな」


「誰のせいだと思ってんだよ」


 クロはニヤリと口角を上げるだけで、それ以上何も言わない。


 ‥‥‥まあ、王都に来るのは本当に久しぶりだし、悪いことばかりではないか。

 と、俺は心を持ち直す。


 すると、リザさんが声を上げる。


「お、そろそろ王都ですね」


 城門前には大勢の商人や旅人が行き交い、他の街とは明らかに活気の度合いが違うのが見て取れる。カリストとはまた違った、上品な活気だ。


 跳ね橋を渡り、城門を超えると熱気が広がる。

 馬車を降り、その熱気の中を歩く。


 騎士に魔術師、冒険者、商人に工匠。

 多種多様な人々がその活気を作り出していた。


 噴水のある巨大な中央広場では美しい踊り子が舞い、それを楽しそうに客が眺める。


 他にも魔術を使った大道芸や、楽器の演奏など、賑やかこの上ない。


 通りには、綺麗に舗装された石造りの道がどこまでも続いている。

 

 俺は何度も驚嘆の声を上げ、そのたびにスピカさんやリザさんにクスリと笑われる。田舎育ちである、ということは疑いようのない事実ではあるが、俺の場合はこの都市の発展具合の方にも驚きを隠せなかった。


 千年前も王都とは殆ど縁は無く、大抵は戦場で生活していた訳だが、何度かは訪れたことがあった。そこまで王都に詳しくはないが、時代もあったのだろう、こんなに活気に溢れてはいなかった。


 遠くに見える城壁にも補修・改修の後が見える。


 中央に聳えたつ王宮は、白く美しい。

 王宮はいつごろか建て替えられたのかかつての面影はない。


 そこからそれ程遠くない位置に、これまた大きな石造りの建物が聳え立つ。

 敷地はかなり広く、塀で囲まれ、その周りを鎧を着た騎士達が警備している。


 その前でスピカさん達が止まる。


「着いたわよ。ここが騎士団本部」


「広っ‥‥‥」


 ロンドールの魔術学校もかなり広大な施設だと思ったものだが、ここはそこの倍はあろう広さだった。


「そりゃそうよ。騎士団本部と騎士訓練学校が一緒になっているんだから」


「騎士学校?」


 スピカさんは続けて答える。


「そうよ。私達もだけれど、魔術師は魔術学校卒業してから騎士試験を受けて入団というのが基本的なルートよね。けれど、一般騎士は少し特殊で、ここの騎士養成学校を卒業するっていうのが王道なの。‥‥‥まあ、たまにその力だけで試験を突破して一気に騎士になる人もいるけれど――」


 と、ちらっとエレディンの方に視線を送る。


 あぁ、なるほど‥‥‥。

 と俺は妙に納得する。あの感じは、学んでどうこうというレベルではないのはわかる。


「一般騎士の殆どはここの学校の出ね。魔術を使えない代わりに、剣術や体術を叩き込まれるの」


 確かに、中からは活気ある声が響いている。


 訓練中なのだろうか、木剣をもった同い年か少し年齢の高い青年たちが鍛錬に励んでいる。


「ほお、王都に来たのは久しぶりだが、こんな施設があったのか」

 

 そう言いながらクロは楽しそうに笑みを浮かべる。


「しばらく来てなかったのか?」


「あぁ。王都にはいい思い出がなくてね。来る必要もないし、最近はめっきりさ」


「そうなのか」


 過去に何かしでかしたのか?

 最近って言ってもどうせここ数百年とかの話だろう。


 ま、どうせ聞いたところで詳しくは話してくれないのがクロだ。


 俺は適当に聞き流す。


「さあ、本部に行きましょうか。全員待っているわよ」


 俺たちはスピカさん、エレディンに付いて騎士団本部の敷地内へと入っていく。

 サイラスとリザさんは途中で別れ、別の建物の方へと向かっていった。


 広大な敷地内を歩く。左側に見える質素な建物は恐らく騎士学校の建物だろう。

 芝生の広がる中庭を抜け、立派な石造りの建物へと入る。


 階段を上り、絨毯の敷かれた廊下を進む。


 外で訓練する騎士達の声が遠くで響く。

 外とは別世界の様な、静かな空間だ。


 しばらく進み、俺たちは巨大な両開きの木の扉の前で止まる。


「さ、ここよ」


「さ、と言われても‥‥‥何するんですか?」


「君たちは普通に俺たちの質問に簡単に答えてくれればそれで構わん。基本は俺が情報を共有するからな。――ただ、俺は構わないんだが‥‥‥気難しい奴もいるからな。変なことは喋るなよ」


 そう言ってエレディンは俺たちに釘を刺す。


「は、はあ!? というか何の集まりなのか俺たちは全く聞かされていないんですけど‥‥‥」


「ハハハ、まあ入ればわかるさ。人生経験だと思っていればいいさ。さ、行くぞ」


「はぁ‥‥‥。クロ、大人しくしていろよ」


「はは、任せておけよ」


 俺は大きなため息を付きながら、扉を激しい勢いで豪快に開けるエレディンに続く。

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