第89話 幕切れ

 リオルは片手で再度"コールブランド"を発現する。


 左手一本で戦おうとする姿を見て、免疫のない観客の中にはもうやめてくれとで叫び始める者も現れる。

 俺にも、もう攻撃しないでくれと懇願する声も聞こえてくる。


 そりゃそうだ、この痛々しい姿を見て、まだ続けて欲しいと願う奴などいない。

 この状態で更に攻撃をしようとしている俺を非難する声があるのも当然だ。


 しかし、リオルはそんな雑音に一切耳を貸さず、俺だけを見据えている。


「続けようか‥‥‥ギルフォード‥‥‥!」


 いつもの余裕のあふれる、冷めた眼をした男ではない。

 その眼には、ギラギラとした熱いものがあふれ出していた。


 これが、腹の底をさらけ出した本当の姿‥‥‥力を追い求める魔術師の姿だ。

 こいつは、と同類だ。


 俺は不思議と笑みが零れる。

 共感してしまったのだ。


 周りに何を言われても関係ない。こんなところで終われる訳がねえよなあ‥‥‥!


「このまま止まれるわけねえよなあ、リオル‥‥‥! だけど、後悔しても知らねえからな!」


 リオルも笑みを浮かべる。


「後悔などするか‥‥‥! これ以上の刺激はない‥‥‥これで俺は更に一段、進化できる‥‥‥!」


 戦う気が満々のリオルに、観客も固唾を飲んで見守る。

 片手を失いそれでもなお死の物狂いで挑む者と、笑みを浮かべ戦いを続ける者。


 もう止められるものなどいない。


 リオルは雄たけびを上げ俺に切り込む。


 身体の一部を欠損した状態で戦うなど、リオルの人生で今まで一度もなかったはず。既に邪魔者となった右腕が重りとなって、明らかに身体のバランスを崩している。それに大量に血を失ってしまっている‥‥‥緑刀で応急処置をしたからと言って、平然と立っていられるわけがない。加えて、第7の剣"コールブランド"はその発動自体かなりの魔力を消費するはずだ。


 つまり、万全の状態で動くことなど出来るはずがない――――にもかかわらず、リオルの動きはさっきまでとほとんど変わらない。


 驚異的な精神力。

 文字通り、満身創痍の中でリオルを突き動かすのは、魔術師としてのプライドと闘いへの執念のみ。


 ここまでの本気を見せるリオルに、俺は一切の躊躇もしないと決めた。

 きっと観客からは大いにバッシングを受けるだろうが、もう関係ない。


 これは俺とリオルの戦いだ。


 俺は"サンダーボルト"でグリムの動きを牽制する。

 リオルは器用に左腕を掲げ、俺の雷をその剣で絡めとる。


 しかし、ほんの一瞬の隙‥‥‥リオルが防御にその剣を使ったその一瞬。俺にとっては十分すぎる程の刹那。


 "コールブランド"で俺の"サンダーボルト"を弾き返そうと掲げ振り出した、リオルのその手を掴む。


 バチっと、魔術の反応が迸る。


 ――そして‥‥‥俺はもう一度、特異魔術を発動する。



「"ブレイク"」



 先ほどまでと同じ光景が繰り返される。

 観客の悲鳴と、グリムの左腕から噴き出す鮮血。


 手に握っていた"コールブランド"は、粉々に砕け地面に落ちる。


 俺は触れていた手を放し、返り血を拭うように手を振り切る。


 リオルは両腕をだらりと垂らし、苦悶の表情を浮かべその動きを止める。

 苦痛がこみ上げてきているはず。

 だがしかし、その顔にはニヤリと笑みが浮かんでいる。


 リオルは何かを言いたげに口を開くが、そのまま力なく前のめりに倒れこむ。


 左腕からあふれ出る血が、どんどん地面を赤く染めていく。


 俺は地面に伏すグリムをゆっくりと見下ろす。


「‥‥‥リオル。お前は大した奴だよ」


 俺はリオルの横に座り込むとその腕を見る。

 両腕とも完全にぐちゃぐちゃだ‥‥‥。ねじ曲がり、骨は完全に逝ってるな‥‥‥。


 だが、何かの魔術で守られていたのか‥‥‥いやもしかすると"第7の剣"には防御か治癒の効果もあるのかもしれない。ダメージは少し軽減され、腕は全壊しているとまではいっていないようだった。


 これならまだ望はある。


 俺はリオルの左腕に触れると、回復魔術を掛ける。

 さっきまで噴き出ていた血の勢いが、みるみる弱まっていく。


 ピクリと指先が動く。

 うつ伏せに倒れながらも、リオルはまだ少し意識があるようだ。


「大丈夫か?」

 

「はぁはぁはぁ‥‥‥。さすが‥‥‥だな‥‥‥。俺の聖剣の‥‥‥斬撃も突きも見切られ‥‥‥鎧さえ躱された‥‥‥」


「おいもう喋るな。本当に逝っちまうぞ?」


「今の‥‥‥気分は最高だ‥‥‥! これこそ俺が求めていた‥‥‥‥‥‥闘いだ‥‥‥! 悔いは‥‥‥ない――」


 そう言ってリオルは微笑んだまま気絶する。

 その表情はどう見てもズタボロにされた人間とは思えない。


 まったく、自分だけ楽しそうな顔しやがって。このざわめきが聞こえないのかね。

 観客席は、悲鳴にも似た叫び声でパニック状態だ。


 とその時、治療魔術師のアシェリーが大慌てで駆けつける。


「どきなさい、ギルフォード君! ‥‥‥大変、両腕とも肘までぐっちゃぐちゃじゃない‥‥‥!!」


「アシェリーさん! な、治るか‥‥‥? 治るよな?」


「私を誰だと思ってるの! それより早く血を止め‥‥‥って、止血がされてる‥‥‥? これあなたが?」


 驚いた顔でアシェリーは俺を見上げる。


「まあ、左腕の方は‥‥‥」


「そう――‥‥‥とにかく、一旦治療室に運ぶわよ、担架を待ってられないわ。あなたも手伝って!!」


 俺は言われるがままリオルの肩を持つと、アシェリーと会場を後にする。


 あれだけ盛り上がっていた観客席には変な空気が流れ、もはや勝ち負けなど関係ない雰囲気だ。

 司会も唖然とした様子で俺たちを見守っている。


 会場を後にするとき、後方で司会が俺の勝利を告げたが、歓声が上がることはなかった。


◇ ◇ ◇


 治療室へとリオルを運ぶと、俺はお役御免という事で部屋を追い出された。

 アシェリーは腕は時間かかるが治るだろうと言っていた。

 一先ずその点だけは安心だ。


 決勝戦が、終わったんだな。

 想像していたのとは違う終わり方ではあるが‥‥‥。


 リオルは格上と全力を出して戦いたかったのだろう。

 俺の全力を引き出すには正直遠く及ばなかったが‥‥‥それでも、俺は真剣にリオルを相手したつもりだ。


 結局、特異魔術を少し使っただけで終わってしまったが、その俺とリオルの距離を、リオルは正確とは言わないがある程度は測れただろう。それは、リオルにとってはこれ以上ない収穫だったはずだ。


 しかし、あの退場時の会場の空気‥‥‥それに俺へ浴びせられた冷ややかな視線から察するに、それを理解している観客は多くはなさそうだ。魔術を齧った程度の観客たちは、恐らく俺をリオルをいたぶる外道か何かと思ったかもしれない。片腕を失ったリオルに、更に追い打ちをかけたんだ。完全に悪役だよ、まったく。


 準決勝までは俺が相手といい勝負を見せていただけに、そのギャップは激しく映っているに違いない。


 ――だが、この試合は俺たち本人同士がわかっていればそれで十分だ。

 強さを求める魔術師なら誰もが通る道だ。そうだよな、リオル。

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