第59話 勝負にならないじゃないか

 俺はドロシーについて選手控室まで行った後、生徒用の観戦席へと移動する。


 俺の戦いは第3試合‥‥‥とりあえず第1試合を見てから選手控室に向かえば間に合うだろ。

 最初の試合はアングイスのジャック・ヴェルフェとコルニクスのリューク・エルバド。


 リュークのあの自信‥‥‥それに大賢者の爺さんの子孫だという事実。

 それにこれの勝ったほうとミサキが戦うんだ。一体どれほどの魔術を使うのか気になる。見ておかねえと。


 さて、どこか座れる場所は――。


「おーい、ここだ!」


 レンが席を探してた俺を呼び止め、隣へ誘導する。

 席にはレンの他にベルやミサキも座っていた。


「いや~早速始まるな」


 レンは楽しそうに言う。


「そうだなあ。まさかこんなに大きな大会とはねえ。人の数がやばいのなんの」


「ほ、本当にここで戦うんだよね。‥‥‥かなり注目されそう」


 ベルは相変わらずのチキンっぷり。


「実力を見せつけるチャンスだろ~? 楽しみだぜ。第1試合はコルニクスのリュークの野郎か‥‥‥。ミサキちゃんはこの戦い気になるんじゃない? 勝った方と戦う訳だし」


「そうだねえ。まあ、出来るだけお互いの体力を削り合ってくれると嬉しいんだけどね‥‥‥」


 すると一瞬間をおいて、レンがかっかっかと笑う。


「いいねえ、ミサキちゃんもやる気満々だな~」


「そういう訳では‥‥‥レン君ほどじゃないよ」


「ま、レンは目立ってナンボの男だからな。こういう大会でやる気が出ない方がおかしい」


「さすがギル、よくわかってんじゃねえの。‥‥‥ま、今はこうやって俺たちウルラでのんびりしている訳だが、もし勝ち進めば2回戦以降は当たる可能性があるんだ、お互い真剣勝負といこうぜ」


「わかってるって。‥‥‥ホムラさんの言いつけもあるし、俺たちの中から優勝者が出せればいいけどな」


 レンはパチンと指を鳴らす。


「その通り! うちにはベルちゃんもいるし、全然いけるって!」


「そ、そんなことないよ‥‥‥。皆実力ある人達だから心配だよ‥‥‥」


「おいおい‥‥‥謙虚もそこまで行くと逆に嫌味だな」


 ベルは青い顔で胃の辺りを抑え、う~っと唸り声を上げる。

 本当力に反して自信がないよなあ‥‥‥。


「でも、一番はこの大会のツートップであろうベルとリオルのうち、リオルを1回戦でレン‥‥‥お前が破ってくれることだけどな」


 俺のその言葉に、レンはお茶らけた顔は見せず静かに口角を上げる。


「あいつを打倒する練習はしてきたつもりだ。――まあ、見ててくれよ」


「言うねえ。期待してるぜ」


 と、そうこうしているうちに最初の新人戦が始まるようで、実行委員長の4年生が演習場の真ん中に現れる。

 会場がしーんと静まり返る。


「ご来場の皆さま、お待たせいたしました。ただいまより、新人戦を開催致します!!」


 会場中から歓声が上がる。

 観客もそうだが、上級生たちの座っているエリアも盛り上がりが凄い。


 一通りのルール説明があり、会場の雰囲気もさっきまでのざわざわとした感じから一変、緊張感が漂う。


「いよいよ‥‥‥始まるんだね」


 ミサキが自分に言い聞かせるように、そう呟く。


「そうだなあ。緊張してくるぜ」


「いやいや、レン君は緊張してなさそうだけど‥‥‥」


「ま、多少はするってことよ普段よりはな。俺は第7試合だからまだ緊張する場面でもないってのもあるが‥‥‥――そういやギルは3試合目だったっけか? まだ行かなくていいのか?」


 俺は頷く。


「ああ。最初の試合を見たら控室にいくよ」


 さあリューク‥‥‥。

 お前の力を見せて貰おうか。


◇ ◇ ◇


「ではこれより、新人戦第1試合を始めます!! アングイス所属、ジャック・ヴェルフェ!」


 茶色い短髪をした、少し小柄な男――ジャックが演習場に姿を見せる。

 ジャックはかなり長めのローブの様なものを羽織っている。


 ジャックの登場に、会場からは歓声が送られる。


 あの動き辛そうな恰好‥‥‥何か仕込んでるな。

 ということは魔道具や薬の類か。ダガーなどの小さい武器の可能性もあるか。


「続きまして、コルニクス所属、リューク・エルバド!!」


 さっきより大きい歓声が、会場を包む。

 やっぱネームバリューはかなりあるな。そりゃ原初の血脈‥‥‥しかもベルと同様英雄の血統だ。

 

 注目度はベルと同等か。


 リュークは片手を振りながら、演習場中央に優雅に歩いていく。

 まるで自分が主人公とでも言わんばかりの堂々とした動きだ。まあこの試合に限っては主人公ではあるんだが。


 ――ま、それくらい自信があってもらわなきゃ困る。俺たちを煽った男としてな。


 二人の生徒が、お互いを睨み合う。


「楽しみだね~あいつがどんな戦いをするのか。本当に自分で言ってたほど強いのか疑問だけどなあ~。あっさり負けなきゃいいが」


「そうだね‥‥‥。リオルさんに勝ち越してるっていうその実力‥‥‥どんなものだろう」


 リオルと知り合いだったベルだからこそ、リオルに勝ち越しているというリュークの言葉を重く受け止めているのか。俺たちはまだ本気のリオルを見た事がないからな。


「ま、見てりゃあ分かるだろ。‥‥‥始まるぜ」


 さて、どう戦うのか。見ものだな。


「では、第1試合――はじめ!!」


 カーン! っと開始の鐘がなる。


 ここから、戦闘不能かギブアップするまで、1時間ノンストップの魔術合戦‥‥‥!

 やっぱこの雰囲気はワクワクすんなあ‥‥‥!


 先に動いたのはジャックの方だ。

 リュークの魔術を知らないのか、警戒するようにまず一気に距離を取る。


 リュークもあえて深追いはしない構え‥‥‥お互い様子見と言ったところか。


 するとジャックはローブの内側から小さなビンを取り出す。


 取り出したビンには青い液体が入っている。

 ジャックは親指でその蓋を開けると、一気に飲み干す。


 あれは‥‥‥。


 飲み終えたジャックの身体に何か変化が起きているのが分かる。

 一瞬苦しそうにもだえていたが、すぐに平静に戻る。明らかにさっきとは雰囲気が違う。


 眼が血走り、微かに溢れ出る特異な魔力反応‥‥‥これは――。


「霊薬か‥‥‥!」


「霊薬!? おいおい、いきなり珍しいもん出してくるなあ~‥‥‥」


 なるほど、錬金術の流れを汲む魔術師という訳か。さすがロンドール、いろんな奴を揃えてやがる。


 するとリュークは余裕の笑みを浮かべ、両手を広げる。


「別にその1本だけじゃないんだろう? 全部飲んでもいいんだぜ」


「‥‥‥わざわざ俺に強化の暇を与えてくれるっていうのか?」


 リュークはハッと鼻で笑う。


「それくらいしないと勝負にならないじゃないか。――それだと面白くないだろ?」


 完全なリュークの煽り‥‥‥だが、霊薬を使うタイプの魔術師ならその時間をくれるのは願ってもないはず。


 霊薬を戦いの中で摂取するには、相手の隙を伺う必要がある。彼にとって一番最悪なパターンは霊薬を取る間もなく瞬殺されることのはず。これは、これ以上ない提案だ。挑発に乗ってでも飲むべき‥‥‥!


「――いいだろう。リューク、お前のその余裕に感謝しよう。これで勝ちの目が見えてきた‥‥‥!」


 ジャックはローブを脱ぎ捨てる。

 腰にはさっき飲んだものと同じようなビンが2本。


 腰から残りの2本、赤と黄の霊薬を取り出し、一気に飲み干す。


 顔色が青白くなり、血管が浮かび上がっている。

 霊薬を同時に3種摂取か‥‥‥身体の負担も相当大きいだろう。

 

 精々もって数分といったところか。短期決戦になりそうだな。


「ほう、なかなかな圧だ。これで退屈な試合にはならなそうだ」


「言ってろ‥‥‥!!」


 瞬間、ものすごい勢いで地面を蹴り、一瞬にしてジャックがリュークとの間合いを詰める。


「むっ‥‥‥!」


 ジャックはリュークへ向けて拳を振り下ろす。

 普通のパンチとは違う‥‥‥霊薬で強化された拳! 直撃すれば大ダメージは避けられない。


 リュークはギリギリのところでそれを躱す。

 避けられたジャックの拳はそのまま地面へと振り下ろされ、激しい地鳴りと共に地面が割れる。


「凄い威力だな‥‥‥まるで化物だ」


 そう言いながらリュークは空中で体制を立て直すと、指を1本、ジャックへと向ける。


「まずは1本――――"レイ"」


 瞬間、魔法陣がリュークの手首の辺りに浮かび上がり、指先から光の線が、まるで矢の如くジャックへと放たれる。


 光の線はジャックの胸部を直撃する。

 その衝撃にジャックは後方へ身体を仰け反らせる――が、その肉体には傷一つ付いていない。


「‥‥‥ほう、さすがに1本では貫通しないか。霊薬3本、かなりの効果があるとみたぞ」


「筋力増強、速度上昇、硬度上昇――。パワー、スピード、防御、全てにおいてお前を上回った。お前に勝ち目はないぞ、リューク」


「ふん。所詮霊薬、もって数分だろう」


 ジャックは笑う。


「数分あれば十分! 一気に決める!」


 次の瞬間、ジャックが地面を思い切り蹴り、一気に速度を上げてリュークの周りを旋回する。


 会場に歓声が上がる。


「お前の敗因はその慢心‥‥‥。勝負は俺が強化を終えたところで既に決まっていたんだ!!」


「ぬかせ。その程度の筋力も速度も硬度も、俺の敵ではない。身体能力の良し悪しで魔術の勝敗が決すると思っているとは‥‥‥所詮貴様はその程度の小粒よ! 数分あれば十分? 笑わせるな! 俺様には一瞬で十分だ!!」

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