第54話 煽り

「二週間後に迫った新人戦じゃが、みな準備は進んでおるかね?」


 学校長が壇上から生徒に語り掛ける。


 あのアビスの連中の一件以来、殆ど学校長の顔は見ていなかったが、今日の新人戦説明会に久々に顔を出した。


 あれ以来、校内には警備の騎士たちが配置されるようになり、以前よりは厳重になっている。

 ただ、俺から言わせれば警備を厳重にしているよといったただのパフォーマンスにしか見えない。


 その証拠に、警備に来ている騎士達は俺たち生徒からみても新人騎士のような力の劣る者ばかりだからだ。

 ま、形だけでも警備に力を入れていると示すのは大事なことなのだろう。


 俺たち一年の返答を待たずして、学校長は続ける。


「新人戦は伝統ある闘いじゃ。毎年怪我人も出る。それに、そこで突出した実力を示せば三校戦への切符を手にするものも現れよう。それ以外にも、魔術関係者が大勢有望な魔術師を視察に来る。そこで力を認められれば、一気に未来が開けるということはわかっているじゃろう」


 そう、それだけこの新人戦というのは注目されている闘いらしいのだ。

 それだけに、クラスの連中からあふれ出るやる気にはなかなかのものがある。

 そりゃ新人戦を知らないなんて言えばドロシーだけじゃなくて、レンにも驚かれる訳だ。


 まあ俺個人としても、いろんな奴の魔術を見られるのは楽しみでもある。


 一年生総勢18人によるトーナメント戦。

 一発勝負の真剣勝負って訳だ。


「いやあワクワクすんな、ギル」


 レンは俺の方を振り返りそう小声で口にする。


「お前はいつもワクワクしてるだろ。他の奴はまだお前よりは落ち着いてるぞ」


「バカ、そんな訳ないだろ。見てみろよ周りを」


 確かに、皆血が滾っているのはわかる。

 一種のお祭り程度の認識でいたけど、こりゃ結構ガチだな。


「先輩たちも目をギラギラさせてるぜ? 自分のクラスから優勝者を出したいんだろうなあ」


「ま、それが三校戦のメンバーに選ばれる最短ルートだからなあ。自分のクラスから選ばれる魔術師で枠を埋めたいんだろ」


 するとレンは溜息をつく。


「ったく、ギルは夢がねえぜ。現実主義者っつうかよ~。身内の応援に全力を出そうとしてるんだよ! そういう損得抜きにな!」


 まったくこいつはまっすぐすぎるな本当に。


「ま、そういう事にしとくか。‥‥‥でも少なくともホムラさんだけは打算で生きてると思うけどな」


「‥‥‥それは言えてる」


 レンもそこだけは同意見の様子。


 と、そこで丁度学校長からの挨拶が終わりを迎えようとしていた。


「――というわけでじゃ。今宵新人戦の組み合わせが発表される。心して待つように。以上じゃ」


 長い集会が終了し、皆ふぅっと大きく張り詰めていた息を吐く。

 ぞろぞろと生徒達が退場していく。


 すると、俺たちウルラクラスの前に立ちはだかる男が一人。


「お前達がウルラクラスだったな」


 その男は、茶髪の髪をカッコよくセットした、イケメン風の男だった。


「‥‥‥誰だこいつは?」


 俺はレンたちに確認する。

 すると、ベルが答える。


「えーっと確か‥‥‥コルニクスのジュースさん‥‥‥だったかな?」


「リュークだ!! ――まあいい。お前らのところは今年は優勝者は出せないと思っていいだろう」


「あぁ? 言ってくれるねえ~。なあギルよ、俺たちのコンビが居て優勝できねえ訳ねえよなあ? それにこっちにはベルちゃんもロキもいるんだぜ? 最強の布陣だぞ」


 するとリュークはあっはっはと大きな声で笑う。


「残念ながら君たちは眼中にはない――まあベルだけは別だが」


「そ、そんな過大評価されても‥‥‥」


 ベルは相変わらずの自信のなさだな。

 それが逆に怖い部分でもあるか。まさかこんな自信なさげな奴があんなえげつない魔術師とは思うまい。


「なかなかの自信だな」


 何だこいつ、バカか‥‥‥?

 わざわざ煽りに来たのか?


「君たちが優勝できない理由は二つある」


「へえ、そうなの。教えてくれるかしら」


 ドロシーもイライラしているのが伝わる。


「――1つはうちにリオルが居ること」


 そうだ、リオル‥‥‥ベルの知り合いでありかなりの有名人。

 確かに俺のクラスで相手になるのはベルくらいか‥‥‥。


「ははは、リオルねえ。確かに奴は強い。だが、相性次第で勝てるのが魔術だぜ」


「レベルが拮抗していればの話さ。リオルと君たちとではまあ、数世代くらいの差があるだろうさ。魔術とは積み重ねの年月がものをいう世界だ。そして最大の要因、それは――」


 最大の要因‥‥‥。

 なんだ、リオルの存在以上に厄介な要因があるっていうのか?


「この俺、リューク様の存在だ!!」


 瞬間、俺たちは固まる。


「‥‥‥そ、そうなのか?」


「何こいつ、バカなの?」


「バカというなそこの赤髪の女! ――お前達とはレベルが違うのだよ。なんせ俺は、個人的な試合でリオルに勝ち越している男だからな」


「な! まじかよ」


「どうせ冗談でしょ。こんな奴信用できるわけないじゃない」


「ふん、冗談だと思いたいなら思えばいい。だが、確実に二週間後の闘いでわかることだ。貴様たちとではレベルが違うのだよ。なんせ俺は、‥‥‥そこのベルと同じなのだからな!」


 なんだと‥‥‥!

 ということは、まさか俺の知っている奴の子孫の可能性も!?


 き、気になる‥‥‥。


「‥‥‥お前、姓は?」


「ふん、特別に教えてやろう。俺は――俺の名はリューク・エルバド!! 大賢者の血を継し最強の魔術師だ!!」


「「なんだって!?」」


 ウガンの爺さんの子孫だと!?

 そんな、最強じゃねえか!!


「おいおい、ガチで言ってるのか!? ベルちゃん以外に一年でいたのかよ!」


「は、初めて聞いたけど‥‥‥」


「愚民共にはわからんものさ! はっはっは! 精々負けた後のことを――――ぐもっ!?」


 と、その時後ろから走ってきた女の子がリュークの口を抑え込んで強引に引っ張っていく。


「お騒がせしたわね、うちの馬鹿が。気にしなくていいから」


「え、いや‥‥‥」


「は、離せカエラ!」


「こいつ、ウルラにもアングイスにも喧嘩売ってんのよ‥‥‥ちょっと失礼なやつでごめんね。私がちゃんと教育しておくから」


 するとロキが口を挟む。


「ふん、大方血脈だなんだっていうのも嘘だろ。こんな挑発するなんて小物のすることだ。何そこの女、気にする必要はない、俺たちは言われなくても優勝する。――もちろん、この俺がな」


「ちょ、ちょっとロキ君、せっかくまとまりかかってた空気を壊さないでよね」


 ミサキが苦笑いしながらロキをたしなめる。


 すると、リュークを抑えていたカエラがピタリと動きをとめ振り返る。


「――ただ、確かにこいつはバカで人のこと舐めてるけど、うちのリオルと並んで最強の二人なのは事実よ。舐めてかかるとあなた達結局こいつの予言通りになっちゃうわよ。‥‥‥それじゃあね」


 そう言い残し、リュークはカエラに引きずられて消えて行った。


「‥‥‥なんだよ、結局あの子も煽って帰ったじゃねえかよ」


「そういうクラスなんでしょ。ああもう腹立つ! いい、あんた達負けるんじゃないわよ、一回戦なんかで! 全員一回戦は突破するのよ!」


「おいおい、ドロシーちゃんまで敵視してんじゃねえかよ」


「どのみち全員倒すんだ、関係ないだろ」


「ま、それもそうか。よしゃ、俺たちのクラスも一致団結して優勝目指そうぜ!!」


「別に一致団結する必要はないだろ。俺は俺のやり方で優勝する。お前たちは好きに遊んでいればいい、俺がコルニクス含め全部のクラスの人間を倒すんだからな‥‥‥勿論、お前たちも含めて」


 そう言ってロキはクールに去っていく。

 相変わらずブレない奴だな。


「たく、協調性のない奴だぜ」


「いいじゃない、みんなそれぞれのスタンスがあるのよ! ね、ドロシーちゃん、ベルちゃん! 私達もがんばろ~!」


「――そうね。少なくともロキは魔術の戦闘においては頼りになるわ、ムカつくけど。あのジャスパーとかって奴よりはムカつかないってだけで信頼出来るわ。‥‥‥あとあの女。自分がさも出来る女です感だしてるのが鼻につくのよね」


「おいおい、そんな感じ出してたか?」


「出してたでしょ! わざわざ割って入って‥‥‥私あいつにも負けないわよ」


 俺たちは、ドロシー自体も結構そういうオーラだしてるだろ、という言葉は言わないで飲みこんだ。

 同族嫌悪というやつだろうか。


 まあ何にせよ、少しは楽しくなってきたな、新人戦!

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