第38話 魔獣

 俺たちは爆音のする方へと全速力で走る。

 方向は競技場の方……ただの魔術師同士の模擬試合にしては激しすぎる。


 俺は魔力の反応を探知する。


 これは‥‥‥魔術の反応が多い‥‥‥一人や二人じゃねえ、もっと大勢いる!

 それにこの感じ‥‥‥千年前を思い出すようなこの感覚‥‥‥! まさか‥‥‥。


 とその時、前を走るミサキの後ろ姿を捕らえる。


「ミサキ!!」

 

 ミサキはドロシーの声に慌てて振り返る。

 その顔には、焦燥の表情が色濃く出ていた。


「何があったんだ……?! 競技場で何が起きてんだよ!」


「それが‥‥‥‥‥‥魔獣が‥‥‥!!」


「ま、魔獣ですって?! 何言ってんのよ、この時代に、こんな街中に魔獣が出る訳ないじゃない!」


「そ、そうだぜミサキ‥‥‥流石の俺も魔獣がこんなところに出たなんて信じろと言われても‥‥‥」

 

 二人が動揺するのも無理はない。


 俺たちの時代なら、魔神の影響でそこら中に居たからわかる‥‥‥でも今はそんな時代じゃねえ。


 おれが最後に見た魔獣だって、あの森でサイラスと見たグリフィンが最後だ‥‥‥。


 それこそ魔獣が出たら異形狩りが出て行って対処するような時代だろ?

 ドロシーが言うようにこんな街中で魔獣なんて‥‥‥。


 しかし、中から聞こえてくる獣のような呻き声と、立て続けに発動している魔術に、俺はミサキの言うことを否定しきれなかった。


 森や山ならまだしも、こんな人工的な場所で魔獣がでるなんて‥‥‥。


 ミサキは額から垂れる汗を拭い、息を切らしながら先を続ける。


「今、中で先に駆けつけた他のクラスの子達や残ってた先生が戦ってるの! 私も行かないと! 校内で抑えないと街に被害が出ちゃう。それにロキ君も中に!」


 事態は一刻を争うと言う訳か。

 確かに、このまま街へ出て行ったら被害は尋常じゃねえ‥‥‥。


「魔獣は競技場の中だけなのか!?」


「今のところは! 私はあたりを見回ってきたんだけど、他のところに被害はなかったから‥‥‥!」


「競技場だけか‥‥‥。仕方ねえ! 魔獣と戦うなんて殆どしたことないけど、俺たちならできる! 天才っぷりを見せつけてやろうぜ! 援護に行くぞ!」


 レンはそう叫ぶと、一目散に競技場へと走り込んで行く。


「ギルもベルも行くわよ! 入学早々学校を破壊されてたまるもんですか!」


「あ、あぁ……」


 でも本当どうなってる‥‥‥。魔神はもういないんだぞ‥‥‥。

 誰かが‥‥‥もう一度何かをしようとしているのか‥‥‥?


「ギル!」


 ドロシーが、考え込む俺の顔を覗き込む。


「また何か考えてるでしょ? でも今は時間がないわよ! 本当に魔獣がいるなら、1人でも多くの魔術師の力が必要よ!!」


 ドロシー‥‥‥。


「そうだな‥‥‥今は考えてる場合じゃねえ。まずは目の前の危機を乗り切ろう!」


◇ ◇ ◇


 競技場の中は、混沌としていた。

 

 レンやミサキ、ドロシーたちは中の光景に絶句する。


「んだよこれ……こんなの見たことねえよ……!」


「酷い……どこからこんなに……?!」


 競技場で暴れている魔獣の数、その数およそ数十。

 現代でこんな惨状を見れる場所なんて、ここ以外ないだろう。


 マンティコアやグリフィン、ゴブリンやオークなど、俺が見慣れた魔獣たちが激しく魔術師たちに襲いかかっている。


 グリムを始めとした他のクラスの生徒や、先生たちが必死に抵抗していた。


「くそ、加勢に入らないと!」


「あぁ……!」


 今は実力がどうのこうの言ってる場合じゃねえ……!


 丁度、目の前を飛行していたグリフィンが、下で戦っている生徒の背後を狙っているのが目に入る。


(まずい‥‥‥!!)


 俺はグリフィンに狙いを定めると、魔力を練り込む。


「雷槍……!!」


 激しい稲妻と共に俺の手に生成された雷の槍が、勢いよくグリフィンめがけて発射される。

 そのあまりの勢いに、周りにいた仲間たちは顔を覆い、激しい衝撃に身体を仰け反らせる。


「ギエアアアアア!!」


 命中した雷槍は深々とグリフィンの脇腹へと突き刺さり、更に雷での感電によりグリフィンは自身の身体の制御を失い地面へと落ちていく。


 その余りの手際の良さに、レンたちは唖然とした表情を浮かべる。


「ぎ、ギル君‥‥‥!」


「本当なんなのよあんた‥‥‥」


「おいおい、なんだよ今の威力‥‥‥! 授業で見たことないぞ!? つーか魔獣と戦ったことあんのかよ、落ち着きすぎだろ!」


「た、ただの汎用魔術の応用だよ! 戦闘は‥‥‥小さいときに少しな。――それより他のも早くやらねえと!」


「わかってるっての‥‥‥!」


 俺の魔術に続き、レンも自分の魔術で魔獣に応戦する。


 腰から短剣を取り出すと、軽快なステップでゴブリンへと近づき、一気に斬り刻む。

 あれは‥‥‥肉体強化か。シンプルだが対人戦においてはかなり厄介な魔術だ。


 それをサポートするように、ベルが鎖で応戦する。


 この二人ならなんとかなるか‥‥‥。


 下はさらに地獄のようになっていた。


「どうなってますか?!」


 俺の声に気づいたのは、魔術基礎のフロイト先生だった。


「君たちもきたのか! 見ての通りだ‥‥‥! 先ほど騎士団に連絡したが、ここに来るまでまだ時間がかかる‥‥‥!!」


 隣で戦う生徒が声を張り上げる。


「くそ、こいつら、なかなかしぶといですよ‥‥‥! 戦闘に特化した先生や上級生がみんな遠征に出てしまってるのが完全に裏目にでていますよ‥‥‥!」


 確かに、戦う姿を見てみると、決して戦闘に慣れているという感じではない。


 当たり前だ‥‥‥。戦闘なんかが日常にあったのは遠い昔の話だ。それに、魔獣と戦うこと自体初めてのやつが多いだろう。

 これだけ対抗出来ているのでも十分すぎる。


 こんな人の手薄な日を狙うなんて‥‥‥この混乱を狙ったとしか考えられねえ‥‥‥!


「どこかにこの混乱を狙った魔術師がいるはずです!! 何か知りませんか?!」


「くっ……わからん! 今はコイツ達の相手で手一杯だ!」


 くそっ。

 魔獣が自然湧きしない以上、絶対にこれを意図的に起こした奴がいるはずなんだ‥‥‥そいつを叩かないとこの騒動は終わらない‥‥‥!


 こんな俺たちの時代の手法を使えるやつなんて‥‥‥一体‥‥‥。


 俺は注意深くあたりを見渡す。

 

 どこかに……どこかにヒントが……。


 みんな一生懸命戦っている。

 さすがロンドールに入学できるだけあって苦戦しているがなんとか戦っていけている。


 他の先生たちも……。


 その時俺は、ハッとする。


「いない……」


「いないってだれが?!」


 俺の後ろに居たドロシーが反応する。


「カイン先生とキース先生! 2人は学校に残る側だったはずなのにこの場にいない!!」


「えっ!?」


「フロイト先生、2人は!?」


「――ここでは見ていない!」


 まさか……図書館か?!

 まだ来てないだけという可能性も‥‥‥いや、もうそれしか考えらんねえ!


「くそっ!! そっちが狙いか!」


 俺は踵を返し一気駆け出す。


「どこいくんだよギル!」


「ここは任せた!! 街に出ないようになんとか討伐しててくれ! 俺は本体を叩く!」


「おいおい、それじゃあ手が回んねえよ!」


 レンが声を張り上げる。

 くそ、確かにこのままじゃ‥‥‥。


「いや、行ってこい。ここは俺たちだけで十分だ」


「グリム‥‥‥!」


 グリムはその鮮やかな動きでマンティコアを鎮めると、落ち着いた声でそう俺に言う。

 戦い慣れているとは思っていたが‥‥‥。


「‥‥‥任せた!」


「待って! 私もいくわ!」


 俺に続きドロシーも走り出す。


「危険だぞ?! こっちにいた方が……」


「何言ってるのよ、図書館の可能性があるんでしょ? 私も当事者なんだから連れて行きなさい! あんた1人に背負わせるつもりはないわよ」


「言って聞く訳ねえか‥‥‥」


 ドロシーの顔は、決意に満ちている。


「――さっさと行くぞ! この騒動を止める!」

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