パロディ・オブ・ララバイ〜そのころの地獄〜

パロディ・オブ・ララバイ〜そのころの地獄〜 1



 当然のことながら、オリジナルの猛が死んだとき、地獄にはまだ、東堂猛という人間は一人だった。


 閻魔さまはごく普通に、猛の生前の善悪を見て裁決した。


「うーむ。変わった人生を送ったんじゃのう。たくさんの人間の命を救ってきたようだ。しっかーし、それを帳消しにするほど、たくさんの人間を殺してもいる。はい。決定。あんた、地獄行きね」


 猛は覚悟してたので、とくに言いわけもしなかった。


「あ、そう」


「……なんじゃ、気のぬける男じゃのう。ふつう、もっと泣きわめくもんじゃがのう。まあいいわい。じゃあ、あんたの刑罰は地獄岩に封印ね」


「ふうん。なんか、レトロだね。今どき、ほんとに地獄なんて存在するとは思ってなかった」


「うむ。現代人は、みんな、そう言う。しっかーし、ものの三分で後悔するのじゃ。地獄とはそういうところなのだよ。ふふふ。赤鬼、罪人をつれてけ」


 赤鬼は地獄の兵卒長。身長、推定十二メートル。体重は五トンくらいか? 武器は金棒。鬼が持ってる代表的なやつだ。


「ちょっと聞きたいんだけど。地獄に水魚ってやつ、来てるだろ? 本名は水田魚波だったかな。あと、安藤は? 池野は? 龍吾もこっちかな?」


 赤鬼に連行されていくあいだ、猛はいやにフレンドリー。赤鬼はとまどいつつも素直に答える。


「うん。いるよー。安藤や池野は、おれらの子分ねー。地獄の下働きさー」

「なんで下働き?」

「いっぱい、人殺したけど、やつらは悔いて、死ぬまで毎日、お祈りしてたからー」

「悔やむと減刑されるのか。地獄の制度も意外と人道的だな」


「あんたはダメー。ぜんぜん、反省してない」

「おれは自分の生涯に悔いなんかないよ。しいていえば、ずっと蘭についててやれなかったことだけが心残りかな」

「悔いないやつには罰ー」

「わかった。わかった。で、水魚と龍吾は?」

「魚のやつはナイショー。龍のやつは、針のムシロの刑だ!」


「ふうん。やっぱり、やつらも地獄行きか。まさかと思うけど、薫は来てないよな?」

「ええと……」

「東堂薫。おれの弟」

「ああ、あいつは、がんばったから、極楽行き~」

「だよな」

「悪いこと、なんもしてないし」

「だよなあ」


 猛は嬉しそうに笑う。

 変な罪人に、赤鬼は困惑する。


「まあ、いいやー。じゃ、この岩、持っててね。千年くらい経ったら、反省したか聞きにくる」


 地獄岩というのは、山みたいに巨大な岩のことだ。岩の下敷きにされて、支えてなきゃいけない。


「なんか、ギリシャ神話にこういう刑罰あったな。アトラスがやらされてた」

「西洋の話はキライだー! おまえ、背中に羽なんか生えて、西洋の悪魔みたい! だから、地獄岩の刑。はい、下、入って。入って」


 赤鬼は子分をたくさん呼んで、岩を持ちあげさせた。子分のなかには、安藤や池野もいた。


「猛さーん。こぎゃんとこで再会ですか」

「ごめんだよ。わやつでは、どげしようもないけん」

「いいって。いいって。千年くらい、岩の下でおとなしくしとくよ。それに千年も経てば、そのころには……」


 ふふふと、なんだか、わけのわからない妙な笑い声を猛はもらした。


 だが、幼児なみの知能しか持たない赤鬼は、まったく気にしてなかった。


 地獄岩は三十人がかりで持ちあげられた。猛はその下に入った。長い刑罰が始まった……かに見えた。


 ところが、二百年もすると、前代未聞の事件が起こった。

 猛が地獄にやってきたのだ。

 二人めの猛だ。


 とうぜんのことながら、閻魔さまは困惑した。


「……東堂猛? おまえはたしか、地獄岩に封印の刑だったはず」

「ああ。地獄ってあるんだな。それ、おれのオリジナルだろ? おれは、やつから記憶を引き継いだクローンだよ」

「クローン……」


 地獄にはクローン技術がなかった。

 閻魔さまの常識の範ちゅうではない。


 しかも、ここに、もっと困った事情がある。地獄の裁判はアメリカ式だった。つまり、一回、刑罰の確定した人間を、同じ罪で裁くことは、二度とできない。


 閻魔さまは、クローンの猛の処置に困った。


「ええと……おまえは、もう罰されちょる。しょうがない。おまえは地獄には存在してないものとみなす。好きにしちょれ」


 キランと、猛の目が光る。


「え? ほんと? そんなんでいいのか? へえ。サンキュー」


 のちになって、閻魔さまは語った。あいつの目が光るのを見たとき、なんか悪い予感がしたんじゃ……と。


 二人めの猛(クローン一号)は、しかし、予想に反して、とくに何かするわけじゃなかった。地獄のなかをヒマそうにブラブラするだけだ。


 閻魔さまは、ほっとした。


 しっかーし、さらに二百年後。

 また、やつが来た。猛だ。クローン二号が地獄にやってきた。


 しかも、猛だけじゃない。

 そのころになって、閻魔さまは気づいた。

 なんと、水魚や龍吾や、安藤、池野、田村。梶原や真島、柴崎——猛の仲間たちが続けざまに地獄に送られてくる。


 それも、同じ人間が何人も……。


 オリジナルで処罰ずみの連中は、地獄でブラブラ遊んでる。

 いや、遊んでるわけじゃないのかも?

 猛のクローンが中心になって、なにやら、毎日、こそこそ話しあっている。


 閻魔さまは不安になった。


 百年、二百年と経つと、さらにクローンがウジャウジャ集まってきた。

 猛のクローンは、もう四体めだ。

 すると、クローン四号の猛が言った。


「そろそろ、いけるんじゃないか?」

「だな。やってみるか?」

「でも、水魚のオリジナルがどうなってるかが、わからないんだよな」

「赤鬼もナイショって言ってたしな」

「ナイショってことは知ってるってことだよな」

「……よし。やろう。巫子の筋力は常人の十倍近いからな。あの岩も持ちあげられる」


 猛たちは相談して、四人で地獄岩を持ちあげた。千年ぶりにオリジナル猛の登場だ。


「やっぱ、おれのクローンだな。考えることはいっしょか」と笑う。


「ついでに、こうしよう」

「もちろん」

「考えてないわけないだろ?」


 五人がかりで、地獄岩をなげとばした。落ちたのは赤鬼の上。ていうか、狙った。


「おい、おまえ。水魚がどうなったか知ってるんだろ? 言えよ。言わないと、ここから出してやらないぞ」

「ぎゃああーっ。助けてー。死ぬー。重いよ」

「じゃあ言え。ほら言え。死んでも言え」


 赤鬼は泣く泣く白状した。


「閻魔さまの寝所にいますー」

「寝所……まさか、愛人か?」

「それは、かわいそうに。一番、つらい罰かも」

「いや、水魚って、そっちだろ。あんがい、へっちゃらかも?」

「でも、メンクイだぞ。水魚。閻魔のおっさんはないんじゃないか?」

「出してー。そんなこといいから出してー」


 赤鬼が泣きわめくので、まあ、出してやる。すると、赤鬼は泣きながら走っていった。


「閻魔さまにチクっちゃるもんねー。バカー。バカー」

「なんか、かーくんっぽい。あの赤鬼」

「あそこまで、ぬけてないだろ」

「でも、ほっこりするなあ」


 あっはっはっと、声をそろえて笑う猛たち。


 そのころ、赤鬼は閻魔さまにチクっていた。


「猛のやつが、ひどいんです。赤鬼をいじめるんです。地獄岩からぬけだして、赤鬼の上に落としたんです」


「なんと! 罪人が勝手なマネを。これは一大事じゃ。謀反……そう、謀反じゃ。やつらをこらしめるんじゃー! 赤鬼、全軍をひきいて、やつらを捕まえるんじゃ」

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