疫神の恋人 2
たぶん、彼を製作したDNAデザイナーが、故意に御子に似るよう、御子の遺伝子情報を盗用した。
セキュリティの甘い、どっかのコンピューターから、断片的な御子の遺伝子情報を手に入れたのだろう。その情報を、ぱっと見、御子に似た人間をベースに、遺伝子操作したのだ。
薄暗い光のなかなら、そっくりに見える。
でも、近づいて、よく見ると、それほど似てなかった。蓮のほうが、数倍、美しい。
「なんだ。つまんない。帰ろう。雷牙」
とたんに興味をなくして、蓮は言った。
その瞬間に、彼の目が悲しげに、くもるのを、おれは見た。ズキンと胸が痛んだ。なにしろ、顔は愛する人に似てるわけだし。
「ごめんなさい。傷つけるつもりは、あいつ、ないんだ」
おれが謝ると、彼は、ふしぎそうな顔をした。
イラだったように、蓮が戸口から声をかけてくる。
「雷牙。なにやってるんだ。そんなやつ、ほっとけよ。こういうロボットのAIは、人間に何言われても、なんとも思わないようにできてるんだ」
「ああ、そうか」
でも、なんだか、悲しそうに見えた。
おれは後ろ髪をひかれる思いで、蓮のあとを追った。
その夜は、けっきょく、その町で、すごすことになった。あれこれしてるうちに、夜になってしまったからだ。
「もう、しょうがない。そのへんの宿でロボット抱いてくか。あんな御子もどきがいるくらいだから、非合法のすっごいハードな機能のやつがいるかも」
「う……うん」
「ほら。雷牙。おまえにも、金やるから。明日、昼ごろに、ここで集合な」
へき地の歓楽街。しかも犯罪的な。危険だ。
ほんとなら、一刻も早く出ていったほうがいい。
なのに、蓮は悪いクセが出たらしい。例の危険な場所を好んで冒険したがるクセだ。
「蓮。一人になるのは、あぶないよ」
おれは、あわてて、蓮の手をつかんだ。
蓮は、たぶん、無意識だったと思う。
瞬間的に、おれの手をふりはらう。
そこには、たしかに、おれとの接触を嫌う気持ちが、うかがわれた。
「あ、ごめん……」
「うん……」
いつも、こうだ。
蓮は、おれに、ふれられるのを、すごく嫌う。
たぶん、あのことのせいだ。
うっすらと、おぼえてる。
何度か前のクローン再生のとき。
おれは、思いあまって、蓮に言った。おまえが好きなんだとかなんとか。あまつさえ、抱きしめて、キスしようとした……ように思う。
おれのほうは再生のとき、記憶複写を受けない。だから、前の再生のあいだの記憶は失われてしまう。でも、蓮は複写を受けてるから、何代も前のことも、全部おぼえてる。
きっと、最初のおれが化け物だったからだ。
だから、おれに、さわられるのがイヤなんだ。
たとえ友達でも、それは、しかたないと思う。
立ちつくしてるうちに、蓮は去っていった。
おれは、また、あのみじめな気持ちで、蓮の背中を見送った。
(蓮。金なんか、いらないよ。この金で誰を買えって? つながりたいのは、おまえだけなのに)
一人で路地に立ってると、あちこちから、バイオロイドがよってくる。それをみんな、つきとばして、おれは走った。
どこでもいい。どこか遠くへいきたい。
そのとき、ふと、思いだした。
彼は、どうしてるだろう?
あの、御子に似せて作られた、偽りの『彼』は?
おれは、どうしても、その誘惑に打ち勝つことができなかった。
御子にーー蓮に似た、あの人と、偽りの一夜をすごすことに。
偽りの人とすごす、偽りの一夜。
おれの恋には、それで、きっと、ちょうどいい。
そうでなければ、生涯、むくわれることはないから。今回の生もまた、ただの友達として終わってしまう。こんなチャンスは、もう二度とない。このさき何度、再生されても。
それで、迷路みたいな路地をさんざん探しまわって、あの宿についた。客引きの男は、おれを見て、ニヤっと笑った。
「一時間、三百ムーンドルですよ」
「ほら。これでいいだろ」
おれは蓮のくれたプリペイドカードを、ありったけ渡してやった。
あの人は、やっぱり、さっきの部屋にいた。
薄明かりのなかで、おれを見て、ほほえんだ。
「お帰りなさい。あなたは戻ってくると思ってた」
「今夜だけでいいんだ。夢を見させて」
「みんな、そう言う」
抱きあって、くちづけた。
ひとつに溶けあうと、至福のひととき。
でも、その幸福には、いちまつの悲哀が、まじっていたけど……。
うたたねしていた。
何度めか、至福をわけあったあと。
目ざめると、電気スタンドの光のなかに、彼の寝顔があった。バイオロイドも眠るのかと、少し、おどろいた。
寝顔は、あまり、蓮に似てない。
起きてるときは、意識して似せようとしてるからなのかもしれない。
髪にふれると、彼は目をさました。
「ごめんなさい。寝ちゃってた」
「いいよ。おれも、今、目がさめたから。バイオロイドも寝るんだね」
彼は答えない。
かわりに、枕もとのナイトテーブルから、水差しをとる。
「水だけど、飲む?」
「うん。もらう」
コップに水をそそいで、手渡してくる。
おれが飲んだあと、彼は自分も水を飲んだ。体は生き物だから、水を必要とするのは、不思議じゃない。でも……。
「君、名前は?」と、おれは聞いてみた。
「名前なんてないよ。でも、僕のオリジナルは、フリーデルって女の子だったみたい。だから、フリーって呼ばれてる」
なんて皮肉だろう。
このせまい一室にとじこめられて一生を終えるのに、フリー。
「フリーは、いつから、ここにいるの?」
「さあ。気がついたら、ここだった」
「イヤじゃないの? 毎日、違う客の相手をさせられて」
やるだけやっといて、それはないだろうというもんだが、聞かずにはいられなかった。
「みんな、やさしいよ。お客さんはね。たまに怖いことされることもあるけど。でも、なぜ、そんなこと聞くの?」
「蓮は君が傷つかないと言ったけど、おれには、そうは思えなかったから」
すると、とつぜん、フリーは笑った。
「同情したの? 同情して、どうなるの? どうせ、あんただって、朝には去ってくくせに。僕のこと、助けてくれるわけじゃないんでしょ? だったら、同情なんかしないでよ」
笑いながら、涙を流す。
そのようすを見て、おれは確信した。
「フリー……君は、ロボットじゃないね? 人間なんだ」
フリーは、おれを見つめて、うなずいた。
「遺伝子を一から設計して、人造ロボット作るより、クローンを一体作ったほうが安上がりだからね」
ショックだった。
歓楽街でロボットを働かせるのは、もちろん、人権問題があるからだ。非合法ロボットどころか、人間を働かせるなんて、罪の重さが違う。
「ここから逃げよう」
おれは、夢中になって言った。
「月まで逃げだせば、ここのやつらを訴えることができる。君は自由になれるんだ」
「でも……そんなの、ムリだよ。見つかったら、殺される。あなたも」
「おれはいいよ。おれが死んでも、誰も悲しまない」
「あの人は? さっき、いっしょに来た人。あの人は、あなたの恋人じゃないの?」
「……違う。蓮は、ただの友達だ。あいつは、おれのこと、なんとも思ってないから」
「だけど、友達が死ねば、悲しむでしょ?」
「悲しまないよ。今のおれが死んだら、また新しいクローンを作るだけだ。あいつにとって、おれは、そのていどのものだから」
言うほどに、自分で悲しくなってくる。
(そうだ。蓮には、おれは、そのていどのもの。いつでも代わりが作れる便利な友達。なら、今のおれが、蓮でなく、フリーと行ってしまっても、きっと、蓮は悲しまないだろう)
「……ほんとに? ほんとに、僕をここから、つれだしてくれる?」
涙目でフリーは、おれを見つめる。
見つめかえすと、また、あの幸福な心地になった。
こんなふうに蓮に求められたことなんてない。
おれを必要としてくれるのは、フリーなんだ。
「約束する。君を助ける」
「でも、どうやって? ここから出てくことなんて……お客さんは気づかないだろうけど、見張りがいるよ。用心棒も、いっぱい」
「窓から、ぬけだそう」
「窓には、格子が」
「このくらいなら、おれの力で、こわせるよ」
「ムリだよ。人の力で、こわせるとは思えない」
たしかに、窓には固い木の格子が、はめてある。でも、おれは昔、化け物だった名残だろう。ふつうの人間より、かなり力持ちだ。
窓枠に手をかけて、力をこめると、かんたんに格子は外れた。
「ほら。ここから、ぬけだせる」
「すごい……」
おれは窓から一階の屋根の上におりた。
フリーを支えて、外に出してやる。
「ダメ。ここから下まで、おりることなんて、できないよ」
「じゃあ、おれが下で受けとめるから、とびおりて」
「でも……」
「おれを信じて。ちゃんと受けとめるから」
おれは、さきに地面におりた。
怖がるフリーをはげまして、なんとか、とびおりさせた。
「ほら。ちゃんと、受けとめたろ?」
「うん……」
フリーは、そのまま、おれの首に両手をまわして、くちづけてきた。そんなことしてる場合じゃないけど、おれは甘いキスに酔った。
「行こう。急がないと。ありったけ払ったから、朝までは、のぞかれないと思うけどね」
「そうだね。朝までに、街を出ないと」
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