疫神の恋人
疫神の恋人 1
おれの保護者は、とても変わってる。
おれは切れ切れの記憶のなかで、いつも、その人といた。
人工子宮のなかで目ざめると、最初に目に入るのは、いつもその人だ。
彼は、美しい。そして、おれを見て微笑む。おれも、その人を見て笑う。
その人の笑顔を見ると、とても幸せな気持ちになるから。
「じゃあ、つれてくよ。次もよろしくね」
そう言って、彼はおれを人工子宮から出す。
彼の名前は、蓮。
おれは、
いつも、二人で旅をしていた。
地球上は、すみずみ、くまなく旅してまわった。地球の旅も、もちろん楽しい。
でも、もっと、おどろくようなことが、たくさんあったのは宇宙だ。月や火星までロケットに乗って行ってみた。
あれは火星に行ったときの話だ。
火星は今のところ、人類の住む、地球から一番遠い天体。つまり、へき地だ。都会と田舎の差がとても激しい。
片田舎なんかで迷うと、とんでもない事件にまきこまれることがある。
また、そういう事件をやたらと蓮は好むのだ。冒険を求めて、わざと変なところへばっかり行こうとする。
火星の、あの街へ行きついたのは、ぐうぜんだった。非合法な歓楽街があるらしい、というウワサを聞きつけて、行ってみたのだが……。
じっさい、そこにあったのは、ただの酒場と売春宿ばかり。
「なんだ。つまんないなあ。火星でロボット買って、何が楽しいんだよ。帰るぞ。雷牙。次、行こ。次」
蓮は、おれのことを雷人ではなく、雷牙と呼ぶ。クローンになる前のおれのことだ。なんとなくだけど、そのころのこと、おぼえてる。
おれは、昔、化け物だった。とても、みにくい化け物だ。なぜ、蓮が友達になってくれたのか、わからない。わかってるのは、みにくいおれと友達になってくれたのは、蓮だけということ。
ほかの人間なんて、おれを見たら、銃を向けた。オノや包丁で、おそってきた。
蓮だけが、おれの世界に存在する人。
だから、おれは蓮が好きだ。とうぜんのことだが。
蓮が、おれのことをどう思ってるかは、よくわからない。
友達として好いてくれてるのは、たしかなようだ。でも、それが恋愛におよぶかと言えば、 たぶん、そうじゃない。蓮は、ふつうに女の子が好きだし。
「そうだね。すぐに出ていこう。長居するほどの街じゃない」と、おれも賛成する。
こういう街は好きじゃない。
蓮と歓楽街に来ると、いつも、とても切ない思いをする。
おれは、蓮が好き。
でも、蓮は、そうじゃない。
月製のバイオロイドを両腕に抱いて、一室に消えていく蓮を見送るのは、あんまり、いい気分じゃない。
火星のロボットは月製より質が劣る。でも、蓮の気が変わる前に、さっさと出ていくにかぎる。
そう思ってたのに、けっきょく、その町に足止めされた。帰りのエアタク(反重力のタクシー)をつかまえようと通りを歩いていたときだ。
路地から顔をだした客引きに手をつかまれた。そいつが変なことを言いだしたのだ。
「ちょいと、ちょいと。あんたたち、男どうしで歩いてないでさ。よってきなよ。いい子がそろってるよ」
これは変なことではない。ただの呼びこみ文句だ。無視して行こうとすると、変なことを言った。
「それとも、男が好きなの? それなら、そういうのを紹介するよ。うちにはさ。とびきりのがいるのよ」
これも、まだ変なことじゃない。
そそくさと去ろうとする、おれの手を、客引きはつかんで離さない。蓮は、さっさと歩いていくし、おれは弱りはてた。
「いや、そういうわけじゃないんで、悪いけど……」
おれは、むりやり客引きの手をふりほどいた。
蓮に追いていかれないようにかけだそうとしたときだ。今度こそ、本当に客引きが変なことを言った。
「あんたたち、御子とやりたくない?」
蓮の足が、ピタリと止まる。
そして、くるりとふりかえる。
「御子だって?」
客引きは、してやったりと思っただろう。
この世に、御子とやりたくない男なんていないと。
これまで、どんな男も(女は当然ながら)、こう聞いて興味をひかなかった者はいなかったはずだ。
なにしろ、世界の『御子さま』だから。
この宇宙で唯一絶対の美貌の生き神さま。
ふだんは尊崇の対象として、そんな目で見ることはゆるされない。
でも、こんな、へき地でなら、少しくらいハメをはずしても……そんな気持ちになる。
ただ、蓮の場合はちょっと違う。
蓮は御子のクローンだ。
別人格のクローンとして存在が認められている二人のうちの一人。
つまり、この世に御子と同じ顔は三つ存在する。御子と、もう一人のクローンの春蘭は、地球から離れない。火星になんて、絶対に存在するはずがない。
なのに、御子がいると言われれば、御子のクローンとして、興味をひかれないわけはない。
「ほんとに御子がいるの?」
蓮はサングラスのスキマから、客引きをにらむ。
サングラスの上に防じんマスクだ。火星のホコリは、たしかにひどい。が、もちろん、御子と同じ顔をかくすためだ。
とくに、へき地での旅行では、この配慮が欠かせない。御子だ、御子だと、さわがれるくらいはいいが、へたすると、さらわれて何されるかわからない。
「そいつは会ってからの、お楽しみ。絶対、損はさせないから」
「いいよ。前金で買ってやろう」
蓮はアルファケンタウリとか、エウロパの開発権を持ってるので、大変なお金持ちだ。研究所にいたころ、ヒマつぶしにマネーゲームをしてたらしい。最初の資本は研究所の資金を、こっそり借りて。
流通用のムーンドルプリペイドカードを、数枚渡すと、客引きはニッコリ笑って、案内していった。
迷路みたいな路地をグルグルまわって、薄汚い売春宿につれられていった。二階建ての木造建築。今時、地球の歴史美観地区でも見ないようなレトロな建物だ。
今にも、くずれそうな建物の二階を、客引きは指さした。
「あの部屋です。お客さんの前金なら、三時間ね」
「相場の三倍払って、三時間?」
「見りゃわかりますって。三倍でも損じゃないって」
蓮は階段をのぼってく。おれも、あとについていく。
ドアをあけると、安っぽい香水の匂いがした。
乱雑な、せまい部屋。
ベッドに彼がすわっていた。
「御子……?」
思わず、おれはつぶやいた。
薄暗い明りのなかで見ると、たしかに、それは御子に見えた。
黒髪。純白の肌。あわいブラウンの瞳。
完ぺきな美貌。
「どうぞ。来てください」と、彼は言った。
その声を聞いた瞬間、おれは気づいた。
違う。御子じゃない。声が違う。蓮と同じじゃない。
蓮が部屋のなかに入る。
いきなり、彼のあごをつかんで、上からのぞきこんだ。
「なんだ。ベースは別人だな。たぶん、非合法遺伝子整形だ」
まあ、そんなところだろう。
火星の統治権は月の政府が持ってる。
火星は昔、月の植民地だったから、今でも、いろいろ月の影響が強い。
月では、こういう歓楽街の宿で働くのは、みんな、ロボットだ。体は人工細胞、脳みそはAIという、バイオテックス・アンドロイド。略して、バイオロイド。
火星の宿の多くも、そうだ。
でも、目の前にいる『彼』は、少し違う。
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